第9話 再会の双子
毎日通いはしたけれど、この資料室然とした空間で時間を過ごすのは、随分と久しぶりだった。
いつもなら課題をさせてもらっているか、たまに桐島さんの暇つぶしに三題噺で戯れるか、何れにせよ奥部屋で時間を過ごしている。
目下の重要な課題も終わり、本格的に桐島兄――修一さんからの依頼、もとい勘違いの清算と兄妹仲の修正を手伝わなければと思い立ち、仕方なく資料を漁っているのだ。
桐島さんは何も言わず、いつも通り楽しそうに僕を弄っては笑っているけれど、何かしら気付いていない筈はない。あの人にあの”眼”がある限り、誤魔化しがきかないのは語るまでもない。
ただ、何も言って来ないからには、きっとそれもまだ時期ではないのだろう。そう勝手に決めつけて、落とし込んで、何食わぬ顔で僕はお兄さんから聞いたキーワードに沿いそうな本のページを捲っては閉じ、新しいものを手にとっては返す、そんなことを繰り返している。
姉さんや葵なんかがこの光景を見れば、文明人ならスマホを使おうよ、とでも言いそうだな。
しかし生憎と、僕は機械よりも紙を信用する性質だ。
それは置いておいて。
どうにも検討がつかない。いや、当然と言えば当然なのだけれど。
何せ、お兄さんから得られたキーワードは『寒い、北、甘いウニ』という謎の三つだ。
北でウニが美味しいといえば、東北に北海道だ。寒いというキーワードを付け足しての候補なら北海道が一番なのだろうけれど、それならそれで尚絞り辛い。
広い、似たような景色が多い、離島が多いの三拍子揃った北陸の地は、最悪足でも探せない。
(さりげなく場所だけ聞いてみるのは……いや、ダメか)
それはもう、自白してるも同じことだ。
あくまで依頼されたのは僕で、お兄さんとしてはあまり彼女には知られたくないことなのだ。
何とか自力で、掴めるところまで掴まないと。
「――で、私たちに協力しろ、と」
「えぇ、まぁ」
迷惑だったら断ってくれて構わない。そう言って、ダメ元で話しはしてみたのだが。
「いいよ!」
「当然ね」
特に質問なく、二つ上の双子姉妹は頷いた。
記憶堂で情報が得られなかった僕は翌日、大学構内の第三多目的室――天文部部室へとやって来ていた。
葵は受験勉強、遥さんは最近ここに来ない程に忙しそうで、桐島さん本人及び僕は頼りにならない。となれば、もう残るはこの人たちしかいない。
とは言いつつも、案外と軽いノリで来たのだ。
何となくこの人たちなら手が空いていそうだ、と楽観視して。
「桐島さんの頼みではないにせよ、その身内とあっては――ねぇ乙葉?」
「請けない手はないわ。ねぇ琴葉」
妹は姉に同意を求め、それに姉は目を伏せ頷く。
本人でなくとも身内なら請けるとは。どれだけの仲良しだ、あの人と。
などという小言は置いておいて。実際の所、誰より頼りになるらしいことは明白だった。
聞けば、天文部の活動として全国各地を割と回っているようなので、僕や葵、同じ部でも一つ下の遥よりかは知識もあろう。
「さて聞いたところによると。ヒントは三つ。北の寒くて甘いウニが食べられるところ、か。乙葉、心当たりある?」
「悪いけれど、それだけだと何とも。北といえば東北は――と、流石にそこまでは掴んでいるわよね、貴方も」
視線を向けられた僕は頷いた。
「おそらくは北海道だと踏んでいるのですが、何せ広いですから。お二人は、北海道へ行ったことは?」
僕の問いに、琴葉さんが「何度かあるよ」と答えた。
田舎で且つ広大なあの平な土地には、星空がよく映えるのだとか。
遥さんとも、プライベートでも、十は行かないまでもそれに近い回数は言っているらしい。
しかし、それでも二人は少し苦い顔。
カニにラーメン、白い恋人はその度に食べて来たが、ウニはあまり聞いたことも、身近で食べられる所も知らなかった故に情報がないのだそうだ。
「旅行へ行く為に調べた時に資料とかスクラップって、まだ家にあるっけ?」
「あるにはあるけれど……ウニに関しては、私たちも調べてはいないんじゃないかしら?」
「不要だって切り捨てた部分に、何かあるかも」
琴葉さんがぽそりと呟く。しかし、
「捨てられてなきゃいいのだけれど…」
「そこなのよねー」
家に置いていては、確かにそのリスクはある。
万一に残っていれば有難いことこの上ない。
「あれば持ってこようか? 望みは五分五分だと思うけど」
「本当ですか…! 助かります!」
あれば願ったり叶ったりだ。
今日のところは、二人に委ねさせてもらおう。
と、そこまで話して、とりあえずのプチ会議は終了。乙羽さんがどうぞと出してくれた菓子をつまみながら、しばしの世間話に興じる。
そろそろ就職も考えなきゃな、しっかりしないとな、そう語る二人は、語るまでもなく大学三回生で、そういう時期であるのだ。今回請けてくれたのも、おそらくは忙しい中での――いや、それはどうだろうか。
この部室にいたということは、机の上に何も広がっていないということは、つまりはそういうことか。
言う通り時期ではあるのだろうけれど、まだ少しは先の話なのだろう。
しかし、そうは言っても三回生も後期。きっとこれが、最後のお願いだ。
来年になって道も決まっていれば、またぞろ旅行にでも行くかもしれない。
その時はまた、葵も――
「そういえばまこっちん」
「ちん……?」
「あぁごめん、まこっちゃん。まぁどっちでもいっか。それより聞いたよ、葵ちゃんと旅行に行ったんだって? それも海外」
「誰情ほ――遥さんか」
否定しない僕に、二人はにやりと不敵な笑みを浮かべる。
この空気も、っそういえば久しぶりだなぁ。
などと思っている僕に、
「どこまで進んだの?」
なんともなしにそう聞いて来た。
どうしてこう、女というものはそういった話が好物なのだろうか。
頭を切り開いて脳の構造を見てみたいものだ。
しかし、どこまでとは、これまたおかしな話だ。まるで、かねてより僕が――いや、僕らがそういった仲であったかのような。
「大前提として、僕らは付き合ってませんから」
「「は……?」」
やはり。
大勘違いであった。
「初めて来たとき、一緒だったじゃん」
「遥さんに道案内を頼まれて」
「その後も一緒に食事をしたそうじゃない」
「事情聴取です」
「私らの家では一緒に寝てたし」
「勝手に入って来てぶっ倒れ――って、見てたんですか…!?」
「ヴェネツィアの夜も一緒のベッドで一夜を」
「それも勝手に――いや待て、誰だ全部喋ったの…!!」
遥さんしかいないけれど。内一つは覗き見だな。
やいのやいのと喚く僕に、二人は顔を見合わせて疑問符を浮かべている。
それが分からず同じように疑問符を浮かべる僕の方へと向き直り、二人は口を揃えてこう言った。
「仲、良過ぎない?」
「それはもう知人ではなくないかしら?」
……ごもっとも。
言われてみれば確かに、会って間もない二人の過程ではなかった。
基本は葵の勝手な行動によるものだったけれど、それを良しとして気に留めず、なんとなくで流していた僕も僕である。
流れではあるが一緒の布団で寝て、流れではあるが一緒に旅行に行って、流れではあるがまた一緒の布団で――
「見なさい琴葉、たらこ君が真っ赤よ。本当にたらこみたいね」
「うっわほんとだ。恥ずかしいこと聞いちゃった?」
口々にそう言いながら近寄って来る二人。
恥ずかしいことと言うか、改めて考えると恥ずかしかったことと言うか――誰がたらこか。
「あぁいえ、思い返すとちょっと……」
「あらあら初心なこと。今になって自覚したということは、あの子の方が貴方にゾッコンなのかしらね」
「そうだねぇ。天然で優しさ振り撒くまこっちんに、葵ちゃんの方がちょっとずつ惹かれていったのかと」
「……もう」
好きにしてください。
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