第10話 答え合わせ

 桐島さんは落ちていたカーディガンを拾った。

 手にしたそれを開き、臭いを嗅いで――犬じゃあるまいし、それで分かるわけ、


「私のものですね」


「それで確信するんですか…!?」


 流石は変わり者、常識が通用する相手では――


「冗談です」


 なんだ、冗談か。


 突如として場を支配した妙な空気を、桐島さんは咳払いで飛ばして気を取り直し、改めてそれを見つめる。

 昨日、リルとの別れ際に桐島さんが渡したもので間違いはない。間違いはないのだけれど――貸して、それに礼を言って着込んで走っていって、ここに差し掛かった瞬間に落としたということになって、それはとても失礼というか、子どもでも許していいものか。


 と、そう思うのは、相手がただの人である場合。

 ことリルという少女に於いては、その限りでないことは分かっていた。


 だからこそ桐島さんも、驚きこそすれど疑問を持たない。


「神前さん」


 桐島さんは僕に振り返り、同意を求めて来る。


 ああ、決定だ。

 ジブリール・ベニーニ。彼女は、ここで”消えた”のだ。


「灯台の下は暗いものですね。こんなに近くにヒントがあったとは」


「そういうものですよ。僕たちは来た道すら逆だったんですから」


「そういうものですかねぇ?」


 そういうものだ。

 結局、大体の事件もの推理もののラストは、一番身近な物や人に収束する。


 一先ずとそれを持って、今度こそアル・コデガへと戻る。




「幕引きにはまだほど遠い気がしますね」


 見慣れた一室に入って座るや否や、桐島さんがそんなことを呟いた。


 リルが何者であるかの確固たる証、葵からまだ何も聞いていないことを踏まえて、それは確かにまだまだ遠い道のりだ。

 何とかして、葵からリルとの会話内容を聞ければいいのだけれど。


「って、そんなことを口走っている時点で、葵にはもう色々とバレてるんじゃないんでしょうか?」


「吹っ切れちゃいました。もうストレートに聞くこととします」


 ストレートにって――まさか。


「葵さん。昨日、リルちゃんと何を話していたのですか?」


 ――やっぱり。


 吹っ切れたからって、いくら何でもそれはドストレートが過ぎるのではなかろうか。

 もっと聞き方なり言葉なりを選んで考えて、せめてそのくらいでないと葵も答えてはくれない気がする。


 当の葵は、当然「えっと…」と言葉を詰まらせている。


 その程度で引き下がらない桐島さんの吹っ切れた意地は、もうどうにも収拾のつかない暴走でもって葵に詰め寄っていく。

 しかし、それはただ考え無しに突っ込んでいるわけではなく、


「葵さんの力に、リルちゃんの力になりたいのです。ですからどうか、何があったのか話してはいただけませんか?」


 慈しみ、愛の籠ったそれだった。


 普段は”何でも出来るスーパーお姉さん”的な見方をしている桐島さんがこうも感情的になっては、流石の葵も観念して「ベッドがいい」と椅子から移行して腰を降ろし、向かいのベッドに桐島さんを座らせた。


 まず語られたのは、昨日出ていった時のことだった。

 宛てもなく彷徨って迷ってしまってはいけないからと、万が一のことを考えて近場で知っている所に足を運んだ――と、そこまでは僕の推論通りだった。

 そこで少しの間たむろしていると、リルの方から声をかけてきたのだと言う。

 どうしたの、と聞かれて一人で飛び出してきた経緯を話すと、リルは見た目にそぐわない大人っぽい口調で以って葵の相談に乗り、また明日溜息橋で会おうと切り出した。理由は、私の相談にも乗って欲しい、というものだった。

 自分も聞いてもらった義理があるからと葵はそれを了解し、その日は終了。

 そのタイミングで、僕と鉢合わせ――フリだが――して、宿へと帰った。


 そして翌日の今日、約束通りに溜息橋で合流し、街をと歩きながら、話を聞いた。

 内容はシンプルなもので「とある場所に行きたい」というものだった。

 それだけでは分からないだろうと、迷わないよう気を付けながら適当に練り歩き、それがどういったものかを解説してきたらしい。


 そんな中で得られたいくつかのワード。


 一つ、大きな木とレンガ。

 その二つが周囲をぐるりと取り囲み、まるでそこから出られない様子。


 二つ、上空から見ると四角。

 これといった特徴なく、ただ一部建物と小さな何かが整然と並ぶ様子。


 三つ、そろそろ十二年。

 それが何を意味するのかはリル自身忘れているようで答えは得られなかったけれど――


「やはり、そういうことでしたか」


 と桐島さんは頷いた。


 僕と葵が視線を集めると、桐島さんは僕に「バッグから地図を」と指示。言う通りに取り出した一枚図を手渡すと、桐島さんはそれをベッド上に広げ、ある一点を指さして名前を口にする。


 僕らがいるここサン・マルコ本島より更に北、海を挟んだところにある小さな小島。

 アクセスは船のみ。渡された橋はなく、ひっそりと佇んでいる。


 僕も、名前は聞いたことのあるその島は。


「サン・ミケーレ島」


 桐島さんがそう言った後で、葵の小さくその名前を復唱した。


 サン・ミケーレ島。

 北の沖合に位置するその島は、ヴェネツィア本島には一切ない”墓地”ただそれだけを集めている。

 ヴェネツィアで亡くなった者の亡骸は、神父と共にゴンドラに揺られその島に運ばれる。後には遺族たちと供花とを乗せたゴンドラが続き、埋葬と祈りの儀が執り行われる。


 桐島さんのなるほどに続いて、僕の中でも合点がいった。


 大きな木とレンガ。

 取り囲まれているのはミケーレ島しかなく、であればその木とは”糸杉”のことだ。

 島全体が四角で綺麗に立ち並ぶ建物というキーワードにも当てはまる。

 十二年、というキーワードに関しては、


「ここの取り決めでですね。一般区画の棺は、十二年で別の島に埋葬しなおされるのだそうです」


「十二年……埋葬!?」


 それを聞いた葵の目から、一瞬にして光が失われた。

 そう。十二年というキーワードに当てはまるのは、そのことだったのだ。


 リルが答えを持たなかったのは、不完全な状態でここにいるから。

 そんな中で曖昧に覚えていたものだから要領を得なかった。

 そろそろ十二年。それは、そろそろ別の所に移されるという意味なのだ。


 しかしそれに関する諸々を忘れてしまっていたから、ある場所に行きたいなどという依頼に変わってしまった。

 きっと、本当の依頼はこうだったはずだ。


「移される前にもう一度、あの場所を見ておきたい」


 と。


 移されるくらいならいっそ、元々その新しい場所とやらに埋めておけばいいだろう。と心無い人は言うけれど、一説にはヴェネツィア民にとって、ミケーレ島に眠ることこそ人生の終着点だといった考え方もある。

 ここの子だよね、という初対面時の質問に対して頷いたリルも、きっとそうなのだろう。


「そ、んな……リル、死んでたの…?」


「――残念なことに」


 項垂れる気持ちも分かる。言葉を失うのはもっともだ。

 彼女には確かに実体があって、触れられて、言葉も話せるしコミュニケーションも取れる。

 名前も覚えているから――確認のしようはある。


「私……そんな、なんで…」


「葵さん…」


 震える葵の身体を、桐島さんがそっと優しく抱き寄せる。

 それでも足りない様子で、葵はずっと震えて、抵抗も弛緩もしない。


 ただ、同じようにずっと震えて、泣いているだけ。


 ふと桐島さんは葵を話して、バッグを漁り始めた。

 やがて取り出されたのは、新しい衣類に下着、化粧品の数々。


「私のベッド、今日は神前さんが使ってください。私はお風呂を頂いたあと、ソファで少しゆっくりしていので」


「え、でも――」


「いいから。きっと、今日はその日なのです」


 と、また訳の分からないことを言って桐島さんはバスルームへと姿を消した。

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