第12話

(十五)

 父に催促され、恵美子はとにかく会うだけ会うと返事をした。

しかし、彼女には私の真意がわからなかった。人間は自然に枯れていくことはできない。避けては通れない道なら、早めに道を決めるべきだと、自分で自分に言ってきたことも思い出された。

自分が迷っている以上に恵美子も迷っていた。それは判っていた。しかし、私によって女にされた恵美子には夢の中で私の体を求めていた。

 彼女の見合いの日がやってきた。食事は、父が郷里のあるレストランの一室を用意してくれていた。後で知ったことだが、そのレストランは、私がコックの修行をしていた時の場所だった。

向こうは彼一人で、こちらは両親が付き添うことになった。留守番で姉が来ていた。

姉は朝のうちに来ていた。今更取り消すわけにもいかず、自室で帯をしめていた時、姉が上がってきて、

「恵美子、大丈夫?」

姉の言いたいことはわかっていた。姉の旦那さんは埼玉大学を出て都庁に勤めている堅い役人であった。だから尚更私の仕事を嫌っていたのである。

 会うその日の朝になって恵美子は、決めたのを後悔した。

しかし今から取り消す訳にも行かなかった。恵美子は、姉には私と付き合っていることを打ち明けていた。だが義兄も、「水商売の男はやめておけ」と言っていた。

姉は既にその男に恵美子が女にしてしまったことを気づいていた。

「大丈夫なの?」

「大丈夫よ!」

「今日のこと、話しているの?」

「どうしようかと相談はしたの。」

「そしたら……?」

「酒を飲んでいたわ。」

「わからないわ」

「私にもわからないのよ。」

 人間は正確な生き物ではない、と姉に説明しても仕方なかった。姉は堅いお役人さんと生活していて、一人の娘がいた。

 支度ができて、両親と家を出たのは十一時だった。

 この前お見合いをしたのは、五年前だと恵美子は思い出していた。義理で見合いをしたのだったし、恵美子の裡に特別な感情はなかった。

今度も義理には違いなかったが、どこか前のお見合いとは違っていた。確実に今の私が体中に入ってしまっていた。

恵美子の気持ちは乱れていた。

 一時に食事を終え、二時にレストランを出た。帰宅したら三時だった。恵美子は自室に上がってきた。

「お父さんも、お母さんもいい人だと言っていたわ。あなたはどうなの?」

「そうね、いい人らしかったわ」

「まとまるといいけど」とも言って姉は帰っていった。

恵美子は、着物を脱ぐとしばらくぼんやりしていた。

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