第5話

(六)

 その根津神社近くに明日香という喫茶店があって、私はよく立ち寄った。その日も、恵美子を呼んで、

「珈琲でも飲んだ後、その辺を散歩しない?」と聞いた。そうでもないと、二人の睦み事を承諾しない女であった。その頃は、まだあったトルコ風呂もラブホテルになってしまった。

時の流れとはいえ、男には絶対必要な場所が消えてしまった。私と恵美子は、その喫茶店で骨董品と、まずいコーヒーを味わうのが常であった。今では戻らない、六曜館であり、明日香である。

 店内には乱雑に骨董品が並べられた黴臭い空気の中でコーヒーを飲んでいた二人であった。

 湯島天神の周りはラブホテル街だ。それが自然のように二人でそんな安ホテルの一軒に吸い込まれていった。付き合いだして三年目だった。

女のほうが糞度胸があるのか、私が逡巡している間に彼女は風呂に入ってしまった。

部屋は何か変な匂いがする。人間が腐ったような匂いがしていた。そんな環境の中で二人の睦事が始まるのであった。

私も恵美子もあまり馴染めず、彼女は時々品川のプリンスホテルまで、私を呼び出すのであった。私は自分の動揺を彼女に見透かされないようにわざと言動を荒くした。

「まずはビールでも飲もうか?」

そして冷蔵庫をあけ二本の缶ビールを取り出し、一本を彼女に渡すのが常だった。

 それからの行動がわからぬ私は、一時逡巡してしまい、まだまだ貞操観念が残っていた世代でもあった。

私も風呂に入ろうとし、恵美子の見ている前で裸になった。

 私は十五分程で風呂を出、裸のまま布団に入ってタバコを吸っていた。たまには、彼女が私のタバコを口にすることもあった。

長谷川利行を信望する宇野氏は、描けば描くほどにどんどん利行から退嬰して行くのだった。

 私は恵美子に言った。

「もしどこかで彼に会うようなことになったら、優しい対応をしてやってほしい。彼は時ならぬ成功で高揚することはあっても、所詮は才能に恵まれているのに、酷い区分障害を持つ天涯孤独な淋しい男なんだ!」

 独り住まいに慣れきった私にはいくつかの気まぐれ、火のような他愛も無い恋、束の間の連鎖と失望・煩悩。私はいつかくるだろう恵美子との別れに執着しすぎているのであった。

その思いは恵美子にも話していない。もし、彼女に言ったら、

「妄想を見るのは辞めたほうがいいよ!だってあなたは永遠性も見てないし、あなたに永遠性なんて見えないよ!己だけを見つめよとしつこく言っていたじゃないの。」と言われてしまいそうな気がした。

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