第2話
二)
久しぶりに私は恵美子を伴って現代画廊を訪ねた。画廊主である州之内氏は、芸術新潮のコラムニストなので画廊に居ないことが多いのだが、何故か私の行く日は、居ることが多い。
二人で四方三話をするのが常で、その日は「もうこのあたりで現代作家は出尽くしてしまったようですねー!鴻巣さん」その問いに対し私は、「四十八文字ある文学なら微文・積文のように様々な言葉を紡ぐ奥深さがあるかもしれないのでは!」と答えていた。
その実、新しい作家の文学には馴染めないでいた私であった。
その日の画廊では松田正平展を催していたので多くの客が居た。
私も「俺に金があれば欲しいのだが……。」と詠嘆するばかりで、見物するだけしかできない己が情けなかった。
当時、松田正平氏の作品は一号五万円であった。それが今では五十万円になっている。それでも私は、なけなしの金を使い二枚のデッサンをコレクトしている。
その内の一枚は別れた家内が持っていってしまった。「油絵のほうが大好きだが」と私は思ったのだが、三十歳までに己の店を持とうとしている私には無理だった。
二十坪ほどの展示スペースしかない現代画廊は、人で込み合っていた。事務員の佐藤さんもその日は汗だくで対応していた。私は恵美子に目配りして外へ出た。
「見ているとあなたも欲しくなるでしょう。」それらの絵は具象画で、品性とポエジーがあった。配色も明るくてよかった。
「そりゃそうさー、俺だって欲しい」
「喉から手が出るほど欲しいんだ」と答えておいた。
銀座や新宿や、池袋渋谷と違い、客引きがいないのがいい。しかしネオンサインはピカピカ輝いている。まるでゴージャスな絵巻物を見ているようだ。
私と恵美子は、まるで別世界にいるように言った。
「実家の母が、精神病を患ってしまったようで、父が毎日勤務先に電話をしてくるんだー」
「病院に入れちゃった方がいいんじゃない。」
「俺もそう思うんだ。父にもそうしろと言ってはいるのだが……。」
「お母さん、おいくつになるの?」
「六十四歳だ」
「まだまだ若いのにネー」
二人はまだまだ話し足りないので、恵美子のお勧めの焼き鳥屋に入った。
ここも人いきれで酷く込んでいた。それでも恵美子は二人分の席を見つけて私を座らせてくれた。私は、腰痛ヘルニアに罹患していた。
彼女は船主団体という政府の外郭団体で働いているせいか、半ば公務員のようなものだった。うまい物屋を良く知っていて、先週はステーキハウスへ行き、美味しいサーロインを食べた。
私の叔父と叔母が市役所へ勤めているので、そば屋や寿司屋には何度も連れて行ってもらった。
「もう九時になるわ。私は帰らないと」
と言って伝票を持ち会計を済ませてきた。
「それじゃあ俺も侘び住まいに帰るとするか。いつもご馳走になってばかりで済まないな。」
「あなたはいつも考え事をしている……。」
「何とかなるさ。それもよりも精神病院へ入れた母親が気になるんだ。」
「だからと言って故郷に帰る訳じゃないでしょう。」
「……。」
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