第五話 イベントっていつだって突然降ってくる



   5. 強制的な何かと何か

 

 

 コンビニから出たところで「さてどうしようか」となり、六人は数歩歩いて立ち止まる。ここまではガディアに示唆された通りに動いてきたが、この先のことはなんにも言われていなかった。魔王に扮したガディアを倒すのが最終的な目標だとは教えられたけれど、そこに至るには一体どうしたらいいのか。


「沖田、お前なんか分からねぇの?」


 潦子は"こういうもの"に詳しいものだという認識になってしまっている勇希が潦子に問いかける。


「え?! え、えっと、その……」


 だけど問われた潦子は戸惑って考え込んでしまう。それもそうだろう、小説なんかで知識はあってもそれは眺めてるだけのものであり自分でどうしようかなんて考えたことなんてなかったのだ。


「……ゲームとかだとどっかに移動したりするよな?」


 途切れた言葉の先を拾い上げて武が「な?」と直人に同意を求める。その首元には先程押しつけられたタリスマンがさがっている。

 潦子の方を見ないのは視線を合わさないためだろう。潦子に、というよりは真矢に、と言える。


「そーだな。イベントとか起きないんだったら場所移動はセオリーだな」


 急に話を振られて直人は一瞬キョトンとしたが、すぐに武の意図を理解し笑みを深めて頷いてみせる。これはファンタジーのというよりもコンピュータゲームのセオリーなのだが、ガディアは「ゲームをやってもらう」と言っていたのだしそういう考えかたの方がいいのかもしれない。


「移動って、バスとか電車とか?」


 今度は良く分からないといった様子で聞いていた香夜が問いかける。学生が思い浮かべる移動手段と言ったらそんなところだろう。その隣で潦子がなんとも言えないような表情を浮かべている。コンビニショックをまだ引きずっているのだろうか、それともまだそういう現実を受け入れがたく思っているのだろうか。


「バス停は向こうにあったよな」


「じゃあ走ってるんじゃない?」


 コンビニがそのままで営業されていたのだ、バスだって走っててもおかしくはないはずだ。取り敢えずは目標地を最寄りのバス停に定め。


「よーし、じゃあしゅっぱーつ!」


 先頭に立った真矢がそう言って右手を突き出したときに、どこからともなくヒュルルルルル… という不思議な音が聞こえてきて六人は顔を上げた。音は空から聞こえてくる。だけど飛行機のようなものは飛んでいない。なんだろう、と当たりを見回す最中にそれは突然やってきた。


「見つけた! 助けてー!」


 ヒュルルル!

 空から物凄いスピードでやってきた何かは六人の周囲をぐるりと巡ると真矢の前でピタリと止まり、ふよりと彼女の顔の高さに浮かび上がる。大きさは大体手のひら大と言ったところだろうか。全体的に青くどこか透明感もあり、人型を成してはいたが完全には留まってはおらず、身動ぎするたびに一部が欠けてはまた作られていた。


「なに? これ」


 真矢が無遠慮にそれを指差す。するとそれは両手で人差し指をぐいっと下に押しやった。顔はどちらかと言うとのっぺらぼうに近いがどことなく不満そうな表情を浮かべていそうなのは分かる。


「これ!じゃないわ! あたしはアイレ。シルフィードのアイレよっ!」


「えっ、シルフィード?!」


 胸に手を当てて強く主張するそれに反応したのは真矢ではなくて潦子だった。後ろから前に出てきて横から後ろから眺めだす。熱心すぎる視線に思うところがあったのか、思わずふよりと距離を置くシルフィード。


「や、なんかピンチだったんじゃないのか?」


 微妙な緊張感の中に直人が一石を投じた。そうだ、彼女は「助けて!」と言ってここに文字通り飛び込んできたのだ。


「あ、そうそう! そうだった。あの───


「あ、いた!」


 手を叩いて何かを話そうとするのを邪魔するようにまた違う、今度は男の声が飛んできた。

 見ると向こうの方から誰かが走ってきている。六人と同じぐらいの年頃だろうか、真矢と同じような軽装と身長で、少しだけ長い髪を首の後でちょんと結っている。すばしっこそうな見た目通りのスピードでみるみるこちらに近づいてきて───顔が見えて慌てて武が二・三歩前に出る。と同時に男子は何かに気付いたように武の前にポン、とジャンプした。


「たけちゃん! こんなところで会うなんてビックリだな! 大丈夫か生きてるか?」


「たろー! お前何助け呼ばれるようなことやってんだよ!」


 二人は同時に叫んで同時に「?」という表情を浮かべた。話が噛み合ってない。それはつまりお互いにお互いが思う状況とはズレてるということだ。

 武はバッとシルフィードのアイレを振り返る。それはマジマジと追ってきた疑惑の男子の顔を見つめるとポンと手を叩いた。


「ああ、アンタさっきの!」


 やっほーとばかりに手を振る様子を見る限り、取り敢えず武の懸念が杞憂であることは確定したようだった。

 

 

「さっきはビックリしたよ、急にビューンって飛んでっちゃうんだもんな」


「ああいうときってあたしにはどうにもできないのよねー。ほんと、ごめんねぇ」


 アイレと和気あいあいと話しているのは六人と同じクラスで武と同じ中学校出身の山田太郎。用紙の記入例に使われそうな名前と明るく調子のいい性格が相まってクラスの中ではちょっとした存在感の持ち主だ。四月中に彼女を作ったなんていう噂もあるが、真偽の程はさて。


「にしてもさ、たけちゃーん?」


「ん?」


「良かったじゃーん。お前今年の運使い切ったんじゃ


 武が太郎の襟元をガッと掴んで無意識に締める。いきなりそんな大声でなんてことを!


「たけちゃんかおこわーい」


「だ れ の せ い だ」


 目が本気である。しかし顔が恐いと言ってる当人はへらへら笑っているのだから雰囲気は台無しだ。


「いいじゃんいいじゃん、これいつまで続くか分かんねぇけどチャンス続きってことになるじゃん? これをキッカケにして、こう───」


 襟首締められながら愉快げに喋り続ける太郎に武が「お前なぁ…」ため息をついたちょうどその時だった。

 太郎の頭がかくんと後ろに傾く。見ると彼の髪を後ろから引っ張っている人がいる。やはり同じ年ぐらいの年頃のいわゆるローブ姿の眼鏡の───男なので残念ながら噂の彼女ではない。


「何こんなとこで油売ってるんだ。戻るぞ」


「えぇ、来るなりそれは酷くね慎ちゃん」


「ちゃん呼び止めろって言ってるだろうが」


「こっちこそせっかく同じグループになったんだしお近づきの印にって言ってんじゃん。クラスでちっとも話したことなかったんだしさ」


「クラスで?」


 口喧嘩なんだか漫才なんだかが始まりかけたところで香夜が口を挟んだ。クラスで、ということは、つまり。


「あれ、やっぱ慎ちゃん覚えてなかった?」


「ちゃん呼びするな。…つか、普段関わってない人間とか普通覚えないだろ」


 太郎の頭を軽く叩きながら、言葉を返すために初めて六人の、もう少し言えば四人の方に目を向ける。僅かに眺めて、するとほんの少しだけ笑ったように見えた。


「同じクラスの数本慎也。まぁ、別に覚えておかなくてもいい」


 一応、という言葉がピッタリなほど雑な態度で名前を告げるとまた太郎に視線を戻す。交友を深めるだとかそういう頭は彼にはなさそうだ。


「とにかく。お前のかわいいかわいい彼女が待ってんだよ。早く戻れ」


 うんざりしたように言う辺り、恐らく普段連呼しているのだろう。もう一度結っている髪を引っ張ろうとして、だけどその手は空を切った。捕まえようとした当人はいつの間にかアイレの反対側に移動して話を続けている。


「そう言えば、さっきなんで急に飛んでったんだ?」


「あ、それいく? いっちゃう?」


 人で言えば口元にあたる場所に指を当てて首を傾げる仕草をするアイレを見て、傍で見ていた武と直人は思わず顔を見合わせた。悪い予感がする。フラグ的な意味で。


「あのね……実言うと追われてるの───」


「見ぃつけたゾー!!」


 声を潜めて答えた瞬間、どこからともなく黒い小人の集団が降ってきた。それらは蝙蝠のような羽を生やし、キーキー言いながら八人+1の少し上をぐるぐると飛び回っている。体長は決して大きくはないが鉤爪のような尾とぽっこりとした腹、何より頭から生えた角が不気味だった。


「あ、インプ!」


 指さして叫んだのはやはり潦子だ。どこか黄色い声染みていたのは気のせいか。


「へー、沖田さん詳しいんだねぇいがーい。ゲームとか好きだったり?」


「!?!」


 意外そうに、かつ面白がりながら太郎が潦子に真後ろから顔を覗かせて声をかける。かけたものだから、即座に真っ赤になった潦子が慌てて隣にいた勇希の後ろに隠れてしまい、勇希が太郎を睨みつける羽目になってしまった。


「……なんでそう余計なことをするんだ」


 眉間を蹙めながら慎也が独りごちる。その顔は雄弁に「とっとと戻りたかった」と語っていた。


「いやほら、知り合ったなら少しでも親しんでおかないと損じゃん? 慎ちゃんもさー、こうなったら手助けすんでしょ?」


「慎ちゃんと呼ぶなってんだろ」


 笑っていう太郎の頭を慎也がはたく。もしかしたらこの二人は随分と仲がいいのかもしれない。


「だったらさっさと手助けしてこいよ」


 ため息混じりに慎也が言うのと太郎が跳躍したのはほぼ同時だった。

 それはまさしく跳躍だった。まるで棒高跳びをしたかのように高く飛び上がると、くるりと回転をしながらいつの間にか出していた幅広のナイフで空中のインプへと斬りつける。


「なっ、たろーなんでそんなかっこいいことできるんだよ?!」


「なーんかオレの職業のやつ?がこーゆーことできるやつらしくってさ。そこそこ練習したんだぜ」


 自慢げに、にししと笑う太郎に直人がヒュウと口笛を吹いた。それはそれはまたなんというか。実に格好いいじゃないか。


「んじゃ、俺らも負けないように頑張んねぇとな」


 な、と武の背中を叩いて前に出る。

 剣を出して走っていく背中を見て武も慌てて追いかけていく。



「風ちゃーんっ、風ちゃんもあれやってよ!!」


「できるか! 少しは常識的に考えろ!!」


 太郎のくるりんザシュッを見ていたのは男子二人だけではなかった。その様を見て目を輝かせた真矢は勇希の腕を引いてねだったのだけど、即座に却下されてしまってあからさまな不服顔。


「だってさー、こうやってえーいって……」


 言いながら真矢はひょーんと飛んだ。ほんの一歩分のつもりで本人は飛んだつもりだった。だけどその体は思いの外高く長く飛んでしまい、着地したのは勇希よりもインプの群れに場所。


「……。ほら!できた!」


「ほらじゃねぇよ後ろ見ろバカ!!」


 両手を上げてヤッター!状態の真矢に勇希が怒鳴りながら駆け出した。真矢の頭上にはインプが襲いかかろうと降下していた、が。


「えーと、多分、こう!」


 さっきの"できてしまったこと"を今度はしっかりと意識して、真矢は振り返りながら飛び上がる。そうしてさっき太郎がやったように空中でナイフを取り出すと、そのまま向かってくるインプを切りつけた。

 ギャア!とインプが喚く。痛そうに空中でジタバタしながら真矢を横殴りにひっぱたき、叩き落とす。既に落ちかけていたのが幸いしたか、地面に落とされてもすぐに上体を起こしてうへぇという表情を浮かべる余裕を見せていた。

 それと入れ替わりのように勇希が突っ込んできて、喚いていたインプを切り落とす。


「お前が前に出てどうすんだバカ!!」


「ほらでも、石井さんもできたし風ちゃんもきっとできるよ?」


「できるよ、じゃねーだろ! いいから下がってろ!」


 言い張る真矢と押し戻そうとする勇希。そんな風に言い合っている間に新たなインプが襲いかからんと急降下する。羽音が聞こえたのだろう、勇希が振り返る。が、間に合うかどうか───


「風よ、吹け」


 それはただの二言だった。

 けれどその二言が響いた瞬間、どこからともなく強烈な風が湧き起こる。それは強く強け吹き抜けて今まさに勇希に襲いかからんとしていたインプに激しく打ちつけた!

 空中でジタバタしていたのは一瞬のこと。苦悶に歪む口から「グァ…」と力ない声が漏れたかと思うとそのまま地面に落ちてしまい、ゆっくりと消えていく。

 突然の一連の出来事に勇希はすぐに反応ができずにいた。見開いた目を何度か瞬かせて、そうしてようやく振り返った……が、潦子は激しく首を横に振っていたし香夜はキラキラした目で慎也を指さしていて、その慎也はよそを向いていた。だから勇希は顔を顰めさせて、だけど何も言わずに残りのインプを倒しに向かうことにする。


「──…今の! 魔法?!」


 そうやって勇希が行ってしまったら急に現実味が湧いたのだろう。興奮した様子で潦子が慎也に詰め寄るような勢いで問いかける。

 突然に勢いよく来られたものだから慎也の表情が渋いものとなり、それを目の当たりにしてしまった潦子は我に返ってしまい、思わずそのまま一歩二歩後ずさる。それを見て慎也の表情は訝しげなものへと変わり、それを見た潦子は更に───


「私達その…魔法?ってやつのやり方分かんないんだよねー。教えてくれない?」


 そんな堂々巡りの悪循環に陥りそうだったところを、香夜が潦子の肩を捕まえて押し留める。にっこりと笑って問いかける様子はまるで空気を読んでないようにも見えるが、さて。


「……あの宇宙人に聞かなかったのか?」


「そーいえば聞かなかったねぇ? 他のこといろいろ聞いちゃってさ」


 二人の言葉に潦子の顔色が変わる。見るからに青くなったが肩が捕まっているから逃げ出せない。確かにそうだ。なんであのとき聞かなかったのだろう?!

 慎也はといえばそんな潦子の様子に気が付くことはなく、ただ香夜の返答に眉を顰める。とてもじゃないけれど「クリアした時のご褒美について聞いていた」なんて冗談でも言えない顔である。


「出したいものをどう出すのかをちゃんと考えながら、思い浮かべながら言葉で示せばいい。と、言っていた」


 慎也は眉を顰めながら二人を見比べて、そうしてややあってからぶっきらぼうに言葉を返す。

 つまり先程の風は、インプに風をぶち当てるように考えながら言葉で風に命令した、ということなのだろう。


「思い浮かべながら……?」


 ピンとこない様子で香夜が小首を傾ぐ。今まで生きてきた中でそんな想像などしたことが無いのだろう。

 対して潦子は合点がいった様子で勢いよく何度か頷いた。これは考えるまでもなくそういった想像を良くしているということなのだろう。持っている杖を遠慮がちに構えて口を開いて───けれどそのままぶつぶつと何かを呟きだす。


「言葉……つまり呪文だよね……だとしたらせっかくなんだしちゃんとした呪文っぽく……でも言葉の由来とか今調べられないし……せめて辞書があれば……んん……」


「沖田さん?」


潦子の肩を掴んだままの香夜が後ろから潦子の顔を覗き込む、と。どこかから意識が戻った潦子はものすごく近い位置にあった香夜の顔にまずビクッとなり、思わず顔を逸した先にあった慎也の冷たい眼差しにまたビクッとなった。これはどう考えても拘っている場合ではない。


「え……えっと、じゃあ……Iwillorder,Fire,blowitup!」


ブルブルと頭を振ってギュッと目を瞑る。そうしていつもからは想像もつかないほど流暢な、そしてハッキリとした声で言葉を放つ───と。


      ドッカーーーン!!!


 空中にいるインプの集団の中心から激しい爆音が鳴り響いた。まるで特撮映画のような爆発がそこに起こっている。


「うそ……」


 思わぬ威力に潦子が腰を抜かしてへたり込む。爆炎は一瞬大きく広がり、黒煙を残して消える。そこから多くのインプがキイキイ言いながら落ちて消えていく。

 幸い直撃を免れた数匹のインプは少しの間クルクルと上空を彷徨っていたが、やがてそのまま何処かへと飛んでいった。戦意喪失というのはまさにこの事なのだろう。


「すごーい!!すごいじゃんちょっと!!」


 未だ潦子の肩を掴んでいた香夜がそのまま勢い良く潦子を揺さぶった。だけでは飽き足らずその肩をバシバシと叩く。思いがけない出来事にテンションが高くなっているのだろう。

 と、そこに勇希が勢い良く走ってきて


「沖田! お前あんな危ない事すんなら先言えよ! 危ないだろ!!」


 その勢いのまま潦子の頭をはたいて怒鳴る。どうやら巻き込まれる寸前だったらしい。魔法の当たり判定がどうなっているのかは不明だが、それをわざわざ検証したいかどうかといえばしたいものではないだろう。そもそも勇希にそんな概念があるかどうか。恐らくは、ない。

 そんな可能性に今気付いた潦子は首まで竦めて小さくなってしまっていた。なおも言い募る勇希を香夜が「まあまあ」と言った様子で押し留めている。


 そんなやり取りをちょっと離れたところでニヤニヤと眺めていたのは真矢だった。どうしてそんなところにいるのかと言うと、先程勇希に言われた通りに離れて下がっていたからである。たまには言うことを素直に聞くことだってあるのだ。

 そこにアイレがふわふわと降りてくる。


「あ、えーっと……妖精?だっけ?」 


「妖精でもないってば! アイレ! シルフィードのアイレよ!」


もう、と怒ったように腰に手を当てて言い返し、溜息をつくような仕草をする。口がないから実際についたかどうかは分からない。


「……ま、でも頑張ったわよね」


「え、何が?」


「何、って。ちゃんと前に出て戦ったでしょ?」


「え? …あー、まぁね! 楽しかったよ!」


 きょとん、となったのは一瞬。すぐににまーっと笑ってピースサインなんてしてみせる。

 真矢にしてみれば頑張ったつもりなんて毛頭ないのだ。ただ単に思いがけないことができて楽しかった。ついでに動揺した勇希が見られて楽しかった。ただ、それだけのこと。


「……もうっ」


 そんな真矢を見てアイラはもう一度ため息をつく仕草をする。けれどその声色は寧ろ笑っているかのよう。


「いいわ。あなた面白そうだし」


「ありがとー! で、何が?」


「イベントクリアよ。あなたに力を貸してあげる。手を出して?」


 褒められて嬉しそう笑いながら真矢は両手を差し出した。どうしてなのか、なんて分かってはいないだろう。幻獣に気に入られないといけない、なんてことも今頭に残ってないだろう。ただ、これもきっと「なんか面白そうだから」

 差し出された両手を見てアイラも笑い、その上に自分の両手を重ねた。……すると。



   パアアァァ



 アイラの体が光りだし、ゆっくりとその光の中へと溶けていく。


「私の名前はアイラよ。忘れないでね。名前を呼んでくれれば私、いつでもあなたに力を貸すわ」


 そんな言葉を残してアイラだったものは完全に光へと姿を変えてしまった。一瞬、それは一際強く輝く。そうして重なっていた手のひらの上から吸い込まれるように真矢の中に入り込み、最後にそっと光って姿を消す。その、最後の辺りを真矢は不思議そうに表から裏からしげしげと眺める。いつもの自分の手のひらのように見えるのだけど。


「いっ……石井さんっ! いまっ、今の光、は一体……」


 真矢の元に潦子が慌てた様子でやってくる。どうやらようやっと勇希が開放してくれたらしい。

 そんな潦子を見上げて、見つめて真矢はにまっと笑う。そうしてこう言ったのだった。


「友達が増えた証、だって」


 いーでしょー?と。




「それにしてもさ」


 と、一息ついたところで太郎が言った。


「戦うとき楽だったし、やっぱ人多いと楽しいよな?」


「まぁ、確かにな」


 さぁ帰るぞ、と言わんばかりに太郎の首根っこを捕まえようとしていた慎也は訝しげに頷く。突然何を言い出すのか。


「だからさー、このままみんなまとめて一緒に行ったほうが良くね?」


 何を言い出すのか。の答えは予想以上に突拍子もなかったものだから、慎也は一瞬反応もできずに固まってしまう。それをいいことに太郎は勝手に同意だということにして、他の皆に「な?」と笑顔で問いかける。


「はいはいいいと思う!さんせー!」


 いの一番に反応したのは真矢だった。何しろ真矢だ、判断基準は「楽しそうかそうではないか」ぐらいしかない。そしてこの提案は考えるまでもないものだった。

 近くで勇希が好ましくなさそうな表情を浮かべてはいたが、なにか言うことはなかった。個人的な感情は隠しようもなかったが、メリットの方も考慮してのことだろう。

 香夜は興味深そうにそして楽しそうに成り行きを見守ってるし、潦子はと言えば見知らぬ人が増えそうな気配に可哀想なくらいに顔が青ざめている。三者三様ならぬ四者四様だ。


「ま、いいんじゃねぇの?」


 そんな彼女たちを見回してから軽く手を上げて直人が言う。

 取り敢えず積極的に反対している人はいない。もちろん潦子の顔色は見たけれど、意思表示と言うには他人任せすぎる。とすれば賛成意見に傾くのは当然の流れだろう。

 人任せすぎると言えば武もそうだ。チラと見てみるとひどく難しい顔をしていたものだから直人は笑いを噛み殺す羽目になってしまった。太郎は中学からの気安い友人だから一緒に行動できるのはありがたいんだろうけれど、パーティーに潦子がいるからという一点がどうにも気にかかってしまうのだろう。

 ……なんて予想が簡単についてしまう程度に、どうしてそんなに分かりやすいのか!


「よーし、じゃあ佐奈たちを呼んでさっそく合流───


「それはいけない」


 突然に声が響き、全員の中心付近にあたる箇所に青い光が現れた。それは人の形を型どっていく。他でもない、ガディアだ。


「えええー、なんでダメなのー?!」


 脊髄反射のように反応したのは真矢だ。と、頭に当たる部分がぐるりと真矢の方を向く。正面はそちら側らしい。


「何故なのか。それは、これがゲームだからだ」


 右手の人差指を一本立ててガディアが答える。その声は重々しく真剣味に溢れている。


「もしもこれがサバイバルであるならば、それもただの一つの選択肢だろう。けれどこれはゲームだ。ゲームとはルールに基づいて行われるものである。そしてこのゲームでは『パーティーを分割したり合同したりしてはいけない』と定めてある。だからだ」


「えー!そんなこと言ってなかったじゃん!」


「聞かれなかったからな」


 ますます頬をふくらませる真矢にガディアは事もなげに言葉を返す。

 確かに始めに質問タイムはあった。あったが、あの時点でこんな状況を予測できたりするものだろうか? いや、無いに違いない。


「つまり、どうあってもなし、という事でいいんだな?」


 慎也が念を押すように問いかける。後々裏をかくような行動を取られると面倒だと思ったのだろう。強いて「誰が」とは言わないが。


「いや勿論、何事にも例外というものはある。例えばパーティーがバラバラにはぐれてしまい長期に渡り───三日と仮定しよう、合流できなかった場合。あるいはパーティー内に何人ものリタイアが出てしまった場合。そのままではゲームを続けるに支障があると判断された場合には、他パーティーとの合流が認められることになる。」


 特例措置のようなものだろうか。自主的にはできない、という話だと考えれば分かりやすいようには思える。


「なので今回はこのまま別れてもらいたい。でないと、私が三秒に一回のペースで皆の視界を遮らねばならなくなってしまう」


 それは大変に鬱陶しく煩わしい由々しき事態である。各々の「うわぁ…」という顔を見回して満足したのか大きく頷くと、「では、さらばだ」と手を振りガディアは消えていった。


「……あーあ」


 つまんねぇの、と口を尖らせて太郎がひとりごちる。その表情がいかにも彼らしい。


「……ま、ああ言われちゃ仕方ないよな」


 どこかホッとした顔で武が太郎の肩を叩く。どちらとも自主的に選びづらいところを強制的に決定付けられたものだから気分が楽になったのだろう。これも彼らしいと言える。


「なんだよたけちゃん冷たいなー」


「だってしょうがないだろ?」


「ほんとにか?本当にそう思ってるか?」


「ほんとだって」


 呆れたように言うもののどこか狼狽えたイメージは拭えない。それを見抜いているのかいないのか太郎は未だ不満顔。と、そこに真矢がそそそっとやってくる。

 そうしておもむろに武の首にさがっていたタリスマンを掴み上げて引っ張ってこう言った。


「そんな山田君にはこれをあげようー!」


「石井ちゃん?!」


「石井お前何やって!!」


「 グエ 」


 うっかりカ踏んでしまったカエルのような声が武から漏れる。首にかかってるものを引っ張られているということは、つまり締め上げられているも同義であって。

 慌てて飛び出してきた勇希が真矢の頭を強く引っ叩いた瞬間が一番苦しそうに見えたのは気の所為ではないかもしれない。


「なんかさ、悪運を…なんか、なんとかするお守りなんだって。ほらよく言うじゃん、袖ぶつかるのも多分縁?って」


「最初と最後しか合ってねぇよ!!!」


 なんにも説明できてない説明にツッコミも大雑把になる。


「大体それ、お前が三浦にあげたやつだろ?」


「え? だから石井さんが良いって言ってんだよ?」


 キョトンとした顔で真矢が答え、それを見た勇希ががっくりと肩を落とす。「会話が通じない」と思っているのは恐らく、両方。


「……別に、俺はそれでも構わないんだけど……」


 そんな中で武がそっと声を上げる。そうして視線を太郎に移して、


「こういうの、貸し一つになると思うし」


 そう言ってニッと笑う。パーティーのメンバーにとっては珍しく思える表情だけど、太郎の前ではひょっとしたらそうではないのかもしれない。


「たけちゃん言うねー」


「あのさ、いい加減『たけちゃん』は止めないか?」


「そんな慎ちゃんみたいなこと言っちゃってー」


「俺を巻き込むな」


 不意に名前を出された慎也が不満そうに眉を蹙める。太郎はそれを見て悪びれずに笑う。そんな二人に武は苦笑を浮かべる。確かに、これは。合同にならなくて良かったような気がする。


「たろー」


 外したタリスマンを太郎に向かって放る。太郎はそれをキャッチしてしげしげと眺めるとそのまま慎也へと突き出した。


「はい、慎ちゃん」


「……は?」


 思わぬ展開にツッコミも忘れて慎也の目が丸くなる。


「おかしいだろ? それはお前が貰ったもんだろうが」


「だから、貰ったオレが慎ちゃんにあげるっつってんの」


 こんな流れをついさっき見た気がして武は少し難しい顔になる。自分の意志が尊重されてない辺りが特によく似ているように思う。

 ……やっぱり合同にならなくて正解だった。変なところで武の結論は下された。


「ほいっ」


 今度は太郎が慎也に向かってタリスマンを放り投げる。放る、というにはそれは直線的に慎也に向かっていったものだったから慎也は思わず受け取ってしまい、なんとも言えない表情を浮かべる。それで終着だった。


 たらい回しにされたタリスマンにご利益があるのかどうか。

 そもそも慎也がそれを身につけるのかどうか。

 それらはさておき。


「じゃあ、またなー!」


「またがあるんならな」


 一行は再び二つのパーティに分かれたのだった。

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