第4話 金って悲劇を産んだり喜劇を産んだり
4. 金と魔法と男と女
結論から言えば、そこにあったのはコンビニだった。いや実際には違うのだろうが、その外見は紛うことないコンビニだった。というよりも、バス通学組が毎日バスから眺めていたコンビニそのままだったのだ。
それを認めた潦子は悲愴感を漂わせながら「なんで……」と呟き足を止める。相当なショックを受けたに違いない。
多少なりともゲームをしたことがある男子二人は「分からなくもない」という表情を浮かべてはいたのだが、女子他三人はそんな潦子を気遣うこともなくぞろぞろと中に入っていく。無駄に知識がなければ適応も早い、というかそういうものだと思うから適応以前の問題なのかもしれない。
中はといえばやはりパッと見た印象はコンビニ以外の何物でもなかった。良く良く見てみれば陳列されている商品は今までに見たことがないものばかりなのだが、それにしたって雑誌が売られていた棚には武器防具の扱い方のHOWTO本が置かれているしジュースが入っていた冷蔵庫には「死んだら遅い!死ぬ前にポーション!」と賑々しく書かれたPOPが貼られた飲み物が入っているし、やはりほぼコンビニで間違いはなさそうだ。
未だ納得のいかない顔をしている潦子を引っ張りながら真矢が浮き浮き顔で店内を見て回る。先程手に入った全財産は真矢ががっちり握っていた。というよりも誰にも譲らなかった、というべきか。
「なにか気になる商品はございますか~?」
レジの方から声が聞こえた。恐らく店員だろう、と目を向けてみると確かにそこにはにこにこと微笑む人がいた。ただし耳が長くとんがっている上に、その額には十円玉大の緑色の石のようなものがくっついている。髪の毛なんて爽やかな空色だ。何人かが「えぇ……?」という表情を浮かべたのが目に入ったのだろう、明らかに地球人ではない店員は眉を下げて苦笑する。でもそれは一瞬のこと。すぐににこにことした笑みに戻って説明を始めた。
「私はこのゲームで設定されているNPCです。簡単に言うとガディア様と同じくゲームをしてもらう側の存在ですね。怪しい者ではありません~」
そう言って額の緑に指をさす。
「ゲームがこの星を支配している間は私達がこのようにあちらこちらで皆様方のサポートをすることになっています。石があるのがNPCの証となっていまので、何かありましたらお気軽にご相談くださいませ。よろしくお願いします~」
なるほど目立つ場所に明らかな差異があるのはその為なのだろう。あれなら遠くからでも一目瞭然だ。そして耳は特に関係がないらしい。……色々なパターンがある、ということなのだろうか。
「商品ってこれで買えるの?」
真矢が握っている袋を持ち上げる。中にはもちろん、先程手に入った金貨が全部入っている。
「はい~。どちらもそちらのお金で購入が可能になっております。……あ。すみません、忘れてましたが皆様方の中で魔法を使う職業の方はいらっしゃいますか~?」
にこにこと笑いながら頷いたところで何か思い出したのだろう、手を打って今度は店員が六人に問いかける。すぐさまに反応したのはやはり潦子だった。
「あっ、はいっ、石井さんと静川さんと私……ですっ。石井さんが霊媒士で静川さんが守術士、私が攻術士……ですけれど」
「あ、霊媒師の方はいいです~。守術士と攻術士のお二方はいらしてくれませんか~?」
ゆるゆるとした手招きで店員が呼ぶ。それを見てまずは潦子が見るからに興味津々といった様子でレジカウンターの前に立ち、香夜はそれを見てから小首を傾げつつ近寄っていく。そうしてその後ろからいいと言われたのに真矢が続いてやってきた。
「魔法を使う方はこれが必要なんですよ~」
店員がひまわりの種のようなものをカウンターの上に置く。白い布の上に置かれたそれは一つが淡く赤く、もう一つが鮮やかに青い。その青い方を香夜が指で摘んで持ち上げる。自然界にはちょっと無さそうな青さ。
「これは魔法の種と言いまして~、飲み込まないと魔法が使えない仕組みになっているんです」
「魔法?」
「はい~。一部の職業の方だけが使える不思議な力です」
首を捻る香夜に答えてから「どうぞ~」と赤い方の種を潦子に差し出す。潦子は目をキラキラとさせながら受け取ってそれを上から下から眺めだした。
そんな香夜と潦子の間に真矢が割って入る。
「これ、売り物なの?」
「はい、そうなっております~」
「二つでいくら?」
「合わせて500ラックになりますね」
「ラック?」
首を捻りっぱなしの香夜がまた問いかける。彼女にとってはどうにも専門用語が多すぎるのだろう。もっともこれは本当にこのゲーム特有の専門用語だ。
「皆様が今やっていただいているゲームの通貨の単位です。この星で幸運を示す言葉をガディア様がそう定めました~。皆様に幸運がありますように、とのことです」
「そっかー。やっぱりお金は幸せのもとなんだね!」
説明を聞いて笑顔で真矢が頷いた。
「遠回しに無駄遣いすんなって言ってんじゃねぇの?」
呆れたように言う勇希の言葉も聞こえないふりをしながら握っていた袋をカウンターの上に置く。
「で、これは全部でいくらなの?」
「はい、700ラックですね~」
「へー、700……え?!」
金貨が十数枚だったから少なくとも1000はあるんだろう。そんな期待だらけの胸算用は脆くも崩れさる。真矢の顔が一瞬青く、だけどすぐに赤くなる。そして信じられない!といった様子の勢いでカウンターからつま先立ちで身を乗り出した。
「なんでこんだけあって700ぽっちなの?!なんで?!」
「え? あの、全部同じ硬貨ではなくて、10のものと100のものとが交ざっておりますので……」
良く見てみると確かに大きさの違いが三種類ぐらいある。多分50のものもあるのだろう。
「じゃあせめてその種もっと安くならないの?二つで500とか酷くない???」
「ですが、この価格は共通のものなので……」
「いいじゃんそのくらいー!せめて合わせて200とかにしようよ!ねー?!?」
せめてとは到底言えない値下げの要求だが当人はいたって真面目に言っている。だからこそタチが悪いとも言える。あまりの勢いに店員はたじたじになって思わず一歩引いてしまっている。
それを好機とばかりになおもと口を開こうとした真矢の肩を勇希が掴んで引き寄せて留める。
「ちょっと風ちゃん何するの!」
「何すんの、じゃねーよ。店員さん困ってんだろ?」
勇気の言葉に「信じられない!」の気持ちが完全に彼女へと向いた。くるりと振り返ると今度は勇気に食って掛かりだす。
「だってあんなの二つで500円なんだよ?!酷いと思わないの??」
「別に。そういうもんなんだからしょうがねぇだろ?」
「他になんにも買えなくなっちゃうかもよ?!」
「200残ってんだから買えねぇってこたないだろ……ってか、今の通貨は円じゃなくてラックとかやらだろ」
「そんな細かいところ気にしてる場合じゃなくて!」
「ありがとうございました~」
「え?!」
不意に耳に飛び込んできた言葉に真矢が慌てて振り返る───と、今まさに潦子が魔法の種の代金を支払ったところだった。うっかり金貨入りの袋をカウンターの上に置き去りにしてしまったが故の事故である。いや寧ろ潦子が珍しく目敏かったと言うべきか、それとも。
「なんでそれ買っちゃってるの?!」
「え、だって買わないと魔法使えないって言うから……」
……使いたかったからチャンスを逃したくなかった、というべきなのかもしれない。
「そういう問題じゃなくて!」
「でも、そっち長くなりそうだったし」
これは香夜だ。なおも反論しようとした真矢の口を勇希が塞ぐ。それこそ長くなりかねない。
「……これ、本当に食べて大丈夫なのかなぁ?」
とはいえ今までに見たこともないものを口に含むというのはやはり勇気がいるものだ。色味が青いというのもためらう原因の一つになり得るだろう。
「大丈夫……だと思うよ。今更そんなところで変なことしないと思うし。うん」
そんな香夜を潦子がなだめる。これはガディアに対しての信頼感というよりは、やはり魔法が使えるようになるのなら早くなってみたいという一念に因るものに違いない。
「んー……ま、そっか。そうだよね」
元々楽観的なところがある香夜だ、慎重派よりの潦子に(理由はどうあれ)そう言われて悩む理由はあまり無い。すぐに頷くと、顔を見合わせてせーので口に放り込んだ。
すると───
「……え?!」
声を上げたのは武だった。
無理もないだろう。二人がふわりと僅かに浮かび上がり、光りだしたのだ。飲み込んだ種の色に対応しているのか、潦子は赤く、香夜は青く光っている。
それはほんの数秒のことだった。光はゆっくりと弱まっていき、それと共に二人の体がゆっくりと下がっていく。そのまま足が床につき……けれども二人とも立てはしなかった。ぐにゃりと崩れ落ち、そのまま床に寝そべってしまう。
慌てて駆け寄って、潦子の傍にしゃがみこんで様子を窺う。香夜の方も見て、また潦子に目を戻す。二人とも身動ぎすらしない。とはいえ体を揺するのは流石にためらわれる。
「大丈夫ですよ~。すぐに目を覚ましますので~」
「本当に?!」
食い気味に武が顔を上げる。焦る様子の武とは対照的に店員はすっかりニコニコとした笑顔に戻っていた。
「はい。なので、少しそっとしておいてあげてください~」
そう言われてまた潦子に視線を戻す。ちっとも様子は変わったようには見えない───
「みーうーらーくーん? 少しはしーちゃんも気にかけてあげないと可哀想じゃなーいー?」
そんな武の肩越しからにんまりとした笑顔を覗かせたのがいた。真矢だ。二重三重の意味で武の体がびくっと震える。
「いっいやっ! 気にかけてる! かけてる!」
「ふーん? なーんか沖田さんばっかのような気がするんだよねー?」
さっきまでの不満顔はどこへやら。思いがけないところでおもちゃを見つけた!と言った様子でニヤニヤと武を追い詰める。
「……ああ、だから最初から名前知ってたのか」
そんな様子を眺めながら「なるほど」と言った様子で勇希が呟く。
「ついでに、さっき最初に賛成したのもそうだな」
直人が捕捉を付け加える。全く面白いレベルで下手を打ったものだ。
「あれ、最初から知ってた?」
「こっち来た時、正直面白いことになったと思った」
ん?となった勇希に直人はくすりと笑って頷いた。実のところを言えば、沖田潦子だけは知っていたのだ。主に武のせいで。
「折角知らん振りしててやってたのになぁ」
知ってたら「なんで知ってるのか」みたいな話になるしあらぬ誤解も生まれると思って誰も分からないと言ったのに、バレるのが早すぎる。とはいえ、そういう意味では初対面時に突っ込まれなかったのが奇跡とも言えよう。
「……まー、遅かれ早かれだったらさっさとバレてたほうが気持ち的に楽なんじゃねぇの?」
内緒にしてた期間が長ければ長いほど「なんで言わなかったのか」という方面でも弄られる可能性がある。とすれば、心構え的にも先に知られていた方がマシなのではないか。……多分。
あんま変わんないかもな、なんて実に楽しそうに真矢に突かれる武を見ながら勇希は独りごち、直人はプッと吹き出したのだった。
「───で、残りはどうする?」
なんだかんだで二人とも目が覚めて、特に不調は無さそうなことを本人たちの口から聞き、そうして六人は改めて店内を見て回っていた。
取り敢えずポーションは人数分買うとして、それで60ラック。あと140ラックほど残るというわけだ。
「買わなくてもいいんじゃない?」
「えー。せめて一個ぐらい石井さん自分で選んで買いたーい」
確かにここまできて必要に迫られたものしか購入(予定も含む)していないのだ。流石に他五人も「一つくらいは……」という気分にもなる。
「じゃあ、何にするの?」
香夜が問いかける。彼女は既に「アクセサリが欲しい」と提案して見事否決されていた。そういったものに興味があるのが他にいなかった上に装飾品は全部が全部高かったのだ。
「んー……あ、じゃあこれ!」
「あなたの身を守る!お守りコーナー」の棚から真矢が手に取ったのは500円玉大のペンダントヘッドのようなものだった。銀色の表面には刃がぐねぐねと湾曲した短剣が刻まれている。
「それはタリスマンですね~。描かれている短剣は悪運を切り払うとされているそうです~」
効果は保証しますよ~とにこにこ顔の店員が説明を挟む。
「だって! 良かったねー、三浦君?」
ニンマリと笑った真矢がタリスマンを武に押し付ける。不意を突かれて「え?」となりながら思わず受け取ってしまう武。
「三浦君幸薄そうだからさー、こーゆーの持ってたほうがいいと思って! 石井さんやっさしー!」
と、幸薄くさせる気満々の当人がいい笑顔でのたまう。それと対照的に武の顔に青みが差してきた。これからが容易に想像ができる……いや、したくない。したくない!
「……そうなの?」
「そうなの?」
潦子が隣りにいた香夜に聞き、聞かれた香夜が武に問いかける。
聞かれた武はといえばどこか青い顔のまま、力なく笑って首を横に振るしかできなかった。
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