第1話 珍客乱入

 1. 始まりは唐突に。

 

 

 2000年5月13日木曜日、天気は晴れ。

 先程出てきた市立港高校内部にある一年六組の教室が始まりの舞台である。その中ではまだ初々しさを残す生徒たちが喋ったりじゃれ合ったりしながら朝のHRを待っていた。


 その中に少し不思議な取り合わせの二人がいた。椅子に後ろ向きに座って喋っているおさげの女子と、足を組みながら椅子に腰掛けて話を聞いているざんばら髪の女子である。

 小柄な方の女の子は見ている限りずーっと喋っており、放っておいたら一日中喋っているんじゃないかという勢いなのに対して話を聞いている子の方はたまに相槌や突っ込みを入れる位しかせず、後は黙って聞いているだけなのだった。

 傍から見ると「なんでこの二人が仲良く話をしているんだろう」という疑問も浮かんでくるものだろう。けれどそもそも話を聞いている女子が「なんでこいつと行動しているんだろう」なんて何かと悩んでいるぐらいだったのだから、真実は藪の中としか言いようがない。


「にしても、二人とも遅いね~」


 ふと、喋っていた女子が会話の矛先を変えた。小さな身長もさる事ながら、にこにこと笑っているので愛らしく、どこか憎めないような印象を与える子ではある。


「また渋滞でもしてんじゃねーか? 駅前、工事し出したらしいし」


 対して答えた女の子は、挨拶を除けばこれが本日初めてのまともな台詞である。ぶっきらぼうな口調にハスキーな声が良く合っており、スポーツをやっているのか周囲の女子よりもガッチリとした体格なのが見て取れた。


「ま、そろそろ来るんじゃねぇ?」


 軽く伸びをしながらそう付け加えた時。


「あ、おはよう」


 噂の二人のうちの片方だろう一人の女子が、二人の元にやってきた。

 分厚いブレザーに着せられているような外観は、痩せているというよりは貧弱なイメージを持った子である。短すぎる髪型がそれをいっそう際立たせてもいた。


「よぅ」


「沖田、おはよーっ!」


 返ってきた挨拶に少しだけ遠慮がちに微笑むと、カバンを自分の机に下ろしてから改めて二人のそばに寄る。


「今日は遅いんだな?」


「あ、うん。何かすごく道路が混んでて……そのせいか普段乗ってるバスが満員で、一つ遅らせなきゃいけなかった位だったんだ」


 普段ならもう十分ほど早くに着ているはずなのだ。もっとも普段がそうだったからこそ、道が混んでいてもバスを一本遅らせても遅刻せずに済んだのだろう。疲れたような複雑な表情を浮かべた彼女を見上げて、よく喋っている子がにんまりと笑った。


「沖田も石井さんくらい早く来ればいいのにー」


「あのなぁ……お前は朝練で早く来てるんだろ? 沖田まで巻き込むなよ」


 テンポの良い突っ込みに、複雑な表情がたちまち和んでいく。

 と、ふと周りを見渡して。


「あれ? 静川さんはまだ来てないんだ」


「彼女もバスだったろ? ……お、ほら噂をすれば」


 時間ギリギリだと言うのに急いだ様子もなく入ってきた女子を軽く指でさす。それに気がつくとその女子はにっこりと笑って手を振った。スタイルの良い体つきといい、いかにもな茶色い髪といい、うっすらと分かる化粧といい、この四人の中では一番「現代女子高生風」である。


「おはよう、石井ちゃん、沖田さん、風原さん」


「おっはよー、しーちゃん!」


「おはよう、静川さん」


「よ」


 カバンを持ったまま会話の輪に交ざりこむ。この四人、石井真矢・沖田潦子・風原勇希・静川香夜は、大抵一緒に行動していた。特に共通点があるわけではなく、部活もバラバラ。性格などはすれ違いまくっていたりするのだが、何故だか四人、仲が良かった。


「今日の一時間目、確か変更だって言ってたよね」


「うん、先生出張だって言ってたもん」


 真矢が答えた瞬間、教室内に閃光が走った。

 一瞬教室という存在が無くなったかのように感じた。それは長い一瞬。けれどすぐにまた足元には床が戻ってきており、閃光が消えたあとには教室はちゃんとそこにあった。何が起きたのか分からないほど変わらない風景。

 いいや、


「地球人諸君!」


 エコーがかかった、パイプオルガンのような不思議な声が教室内響いた。見ると教卓の前に、ほんの少しだけ宙に浮いているぼんやりとした人型のシルエットがある。目を凝らしてもそれ以上はっきりとした何かは見えなかった。それが大きく両手を広げる。


「私はジョカーレ第三惑星スコータの者だ。名をガディア、と言う」


 突然の出来事に、言葉に、教室内にいた生徒たちは誰一人として動けず、また言葉を発することができなかった。心底驚いたときには身動ぎすら叶わないものなのだと、一年六組の生徒たちは期せずして知った。


「そんなに緊張しないでほしい。急に現れて驚いたのかもしれないが、私の姿はこの星全ての者に見えているし、この声は全ての者に聞こえている。夢や幻ではない。現実なのだから」


 ガディアと名乗るシルエットはそう告げるとゆっくりと教室内を見回すような動作をとった。本当に全員に見えているのだろうか。ここにしかいないようにしか見えない───けれど、そうだ。もうとっくに来ているはずの担任がまだ姿を見せていない。


「いいかね? では、本題に入る。突然の話に思えるだろうが、この星はこの数年の間に私ではない見知らぬ星の者に侵略され、滅ぼされるだろう。明確な時期は定かではないが来ることは違いない」


 その言葉にざわめきが起こり、教室内の雰囲気が変わる。当然だ。外れた予言とはいえそれはまだ去年のこと。



    ───1999年の7の月に人類は滅亡する



 忘れているはずもない。


「嘘だ!」


「そんな予言、嘘っぱちだったじゃない。外れたじゃん!」


 そんな声が次々と挙がる。けれどガディアは気にしたような素振りを見せなかった。それこそが「ここだけに現れているわけではない」ということの証明になるのだろうか。


「無論、諸君らはそのような事実など受け入れられるものではないだろう。突然の話なのだし、何より諸君らはまだまだ生きていたいだろう?」


 続いた言葉にざわめきの色合いが変わる。それは問いかけの言葉だ。返答が聞こえるのかどうかはさておき、判断をこちらに委ねている。

 それは、つまり。ただ滅亡する事実を伝えに来ただけではない、ということだ。


「…っ、当たり前だ!」


 最前列にいた男子が絞り出すように叫ぶ。それは学級委員になったばかりの子だ。叫んだ言葉は責任感からか、それとも単純な生存欲からなのかは分からない。分かるのは、やはり言葉は届いていないらしい、ということだけだ。シルエットは依然として真正面だけを向いている。


「私にはそれを止める手段と能力がある。……だが、それには条件をつけたい」


 シルエットが指を一本立てる。それは分かりやすい、いわばお約束の展開といえるのだろう。自称宇宙人が無償でよその星を助ける義務など無いのだし、なにより後から恩に着せられる方が恐いこともある。

 ともあれその条件とやら次第ではあるのだが───


「私はゲームが大好きでね」


 教室内の空気が明らかに変わった。何しろまだ高校生だ。その言葉は多少よりも軽い響きを伴って聞こえ、困惑や動揺、唖然としたような表情が大半のものになっていた。

 もちろん、あの四人組も含めて。


「先日開発されたばかりの代物がある。是非テストプレイをしたいと思っていたんだ───諸君らにはこれをプレイし、クリアしてもらいたい」


「そんなことでいいなら、お安い御用だぜっ!」


 今度は別の男子が勢い良く叫んだ。ゲームに自信があるのか両手でガッツポーズなどしている。どんなゲームなのか聞いていないのに宣言できるのだから大したものだ。


「ああ、特に拒否権はない。リタイアは自由だが、全住民がプレイし終わるまではこちらにも帰れないことはよく覚えておいてくれ」


 教卓の前にいる異星人の声色がほんの少し軽くなったように思えた。だからだろうか。シルエットにすぎないその顔が、笑ったように見えた。


「では招待しよう。ようこそ我が世界へ。存分に楽しんでくれたまえ」


 ガディアがそう言い終えた瞬間、再び教室は光に包まれた。そしてまた光によって四方八方が消え失せたように見える。見えた。きっとまたすぐに教室が───と考えたのは浅はかだったことがすぐに分かった。

 光はいつまでも消えず、そのまま生徒たちまでもを包みこんでいき、それはあらゆる方向に飛んでいってしまったのだから。



「嘘だろ!?」


「ええっーっ!」


「いやぁーーー!」


「おお~!」



 幸か不幸か。あの四人は皆、同じ方向へと飛ばされていく。


 



 そして数秒後。

 二人分の光が、四人の後を追って飛んでいった。

 

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