第12話 参拝

新年を共に祝い合った二人は気付けば眠りに落ちていました。


1月1日、お正月。


ただいつもの様に1日が終わり、いつもの様に新しい1日が始まった

というだけのことですが、人は正月というものを特別視しています。


これは凌も例外ではありません。


ここで「人は」と言ってしまうと、ここまでのナレーション、というか語り部はまるで人ではないみたいだ。と勘繰りを入れられてしまうかもしれませんね☆


しかし、その話はまだまだ先送りにしておきましょう。




午前5時過ぎ。

思いの外早く目を覚ましてしまった凌は

せっかくだから初日の出を見られたらいいなと思っています。


ハルに目をやると、やはりまだ静かな寝息を立てている最中。


起こしてしまうのも悪いので、一人で日の出だけ見てすぐに帰ってこようと思った凌は

なるべく音をたてないように上着を着ます。


スマホで本日の日の出時間を調べると6時45分頃となっています。


「なんだ、今出るにはちょっと早すぎるな…」


もう一眠りするには時間が足りないので、上着を着てしまったついでに缶コーヒーでも買いに行こうと思い立った凌。


玄関を出てみると辺りは夜の延長線を保ったままで、まだ日の光を浴びていない外の空気は冷えきっています。


白い息を吐きながら近くの自動販売機へ向かい、いつもの様に赤の缶コーヒーを買うと

帰りは小走りで家へ戻ります。



部屋のソファーに腰掛けると缶コーヒーのタブをゆっくりと押し上げて

そのまま一口…




「へっくしょん‼」


おっと、くしゃみですね。


せっかく"夜の延長線を保ったまま"とか、"日の光を浴びていない外の空気は"とか

洗練された表現を駆使してオシャレなシーンを演出していたのに、それをぶち壊してくれた凌です。



どうやら今のくしゃみでハルも目を覚ましたようです。



「凌さん?大丈夫ですか?あっ、こーひー私にも一口くださいな。」



「ごめん、起こさないようにと思ってたのにくしゃみで起こしてしまうとは、俺も罪な男だな…

はい、コーヒー。」


手渡されたコーヒーを飲みながらハルが話し始めます。 


「それにしても、凌さん起きるのが早かったですね。

私は初夢を見ていたところでしたよ。」



「へー、どんな夢だったの?」


「うーん、よくわかりませんが、見知らぬ土地で凌さんと旅をしている夢でした。

よくわからないというのも、その土地が全く見覚えのない場所…見覚えのないといいますか、そもそも日本ではないような…」



「ふーん。海外かな?

今年はいろんな場所に旅行に行って、ハルにいろんな景色を見せてあげたいと思ってたから正夢かもね!」


「そんなことを考えてくれていたのですか!

すごく嬉しいのですが、夢で見た場所はとても観光向きの場所ではありませんでしたね…」



ハルが最後に言っていたことは少し気になりましたが

そろそろ日の出の時間も近づいてきているのでハルを誘ってみることにしました。


結局二人で初日の出を見に行くことになり

そのまま初詣を済ますというプラン。



見晴らしのよい場所、となればやはりハルを呼び出した高台がベストであり

更に言えば高台に行く途中に神社もあるので一石二鳥です。



まさかこの短期間であの場所へ何度も出向くことになるとは思ってもいなかった凌。

なにか運命的なものすら感じます。


凌に買ってもらったコートに着替え

ご機嫌のハルと共に高台へ向かいましょう!



15分程で高台に着いた二人ですが

グッドタイミングのようです。

空と地上との境はオレンジ色に輝き始めていました。


「わぁ……とても綺麗ですね凌さん。」


「うん。なんか嬉しいな。ハルと一緒にこんな景色が見られて。

…本当に嬉しいんだ。あれ?…」


凌の頬には涙が伝っていました。


「りょっ、凌さん!?大丈夫ですか?お腹、痛いのですか!?」


「よく分かんないけど涙が出てたんだよ。きっとよっぽど感動したんだね。」


しばらくの間ベンチに座り空を眺めていた二人。



凌の鼻からは少しだけ

ほんの少しだけ鼻水が出ていました。


「凌さん!鼻水!」


幸せな一時です。



さて、鼻をかみ通常の顔に戻った凌と、ポケットティッシュを再びポケットにしまったハルは

高台を下りた先にある神社へと向かいます。



普段はあまり人を見かけることのない小さな神社ですが

正月ということもあり既に先客がいました。


お賽銭箱の前で手を合わせている二人組の後ろに並ぶ凌とハル。



後ろ姿ではありますが先客の二人の内、一人の頭からは立派な角が見えています。


そうです。

神出鬼没のサタン君です。


参拝が終わり振り返る二人は凌と目が合います。


「あれっ!凌君じゃないか!」


まず声をかけてきたのはサタンの連れの人。


「あっ、佐久間君!

サタンがお世話になったみたいで悪かったね。あと、バイトすっぽかしてごめん。」


どうやら先客の二人組はサタンと佐久間君だったようです。


「あぁ、いいよいいよ!サタン君からだいたい事情は聞いてるよ。

にしても、凌君キミは一体どんな設定なんだい?

悪魔召喚しちゃったり、女の子召喚しちゃったり、アニメの主人公か何かなのかい?」


佐久間ジョークが炸裂します。



凌「誰だって主人公なんだぜ?自分という物語のな!(ドヤ)」


佐久間「…」

サタン「…」

ハル「…?」


凌が自爆します。



沈黙に耐えかねた凌が佐久間君にハルを紹介します。

「この子がハルだよ。あっ、そうだ、今年はすぐにでもハルと一緒にしばらく旅行、というか旅に行こうと思ってるんだ。

いろんな場所を見せてあげたくてさ。だからしばらくはバイトを休もうと思うんだ。」



「そっかそっか!店長には僕から言っておくから任せて!」


佐久間君はいつも通りにこやかに答えます。

そして、一連の流れを聞いていたサタンが切り出します。


「それでしたら、凌様の代わりにわたくしが出勤いたします。


わたくしこれでも魔界の王ですので、実を言うと退去の儀式が無くとも自身の魔力で魔界に帰ることは可能なのです。


しかし、それでもこちらに留まっているのは自ら働くという体験を積みたい、そして、まだこちらの世界での経験を楽しんでいたいという思いからです。


ですので、凌様がよろしければ引き続きバイトを代わらせて頂ければと。」


それを聞いた佐久間君が提案します。

「凌君の代わりにサタン君がバイトに入るなら、その間家に住ませてあげるよ!凌君は気にせず行っておいで!」


とんとん拍子に話が進みましたが

これでなんの問題もなく旅に出ることができます。


サタンと佐久間君によくお礼を言った後、参拝を済ませ家へと戻る凌とハル。


「早く起きちゃってあんまり寝てないし、今日は家でゆっくりしよう。

明日早速旅の為の買い物にでも行こうか!」


「はい!楽しみです!

では、最初の目的地も決めましょう!」



ワクワクしている二人はまるで修学旅行前の小学生のようです。

明日は旅の為の買い物、そして明後日からはいよいよ素敵な旅が始まるのでしょう。


小さな部屋には二人の楽しそうな笑い声が響いています。








次回、魔界突入編!


凌「えっ?」

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