第6話 ココア

あまり状況を把握しきれていないハルは口を開けたまま凌を見つめています。



「気がかわりました!貴女はまだ帰しません!暖かい飲み物でも買って帰りましょう。」



「あの、帰りましょと言われましても私には帰る家など御座いませんし、第一私は今を生きる人間では御座いません。」




「今を生きる人間でないはずの貴女は今こうして俺と喋ってます。


そして俺は、お節介かもしれませんが、叶えられなかった貴女の願いを叶えてあげたいなと思っています。


普通の幸せくらいなら俺にもきっと叶えてあげられます。


帰る家がないなら俺の家へ帰ってきてもいいです。


さ、行きますよ!」




言っていることはめちゃくちゃですが、凌は本気です。



彼女が想い焦がれていたのはなんでもないようなありふれた幸せ。


明確に思い描く未来がありながら、生前それを成し得ることの出来なかったハル。



これまでただ何となく流れに任せて生きてきた凌の心は

ハルによって少し動かされたようです。




ベンチに座ったまま動こうとしないハルの手を、凌は優しく握り引っ張り上げました。



少し戸惑いながらハルが口を開きます。


「お節介だなんて思っていませんよ。ただただ…嬉しいのです。


会ったばかりの私にここまで優しい言葉をかけて下さって。


では…その…少しの間だけ、お言葉に甘えさせて頂いてもよろしいですか?


もちろん、一度死を迎えた人間が生前果たせなかったことを再び生を受けて果たそうなど、許されることとは思っておりません。


ですが、叶うことなら…少しだけ…ほんの少しだけでも感じてみたいのです。幸せな日々というものを。」




「俺でよければいくらでも付き合いますよ。さ、行きましょうか!」





「ありがとうございます。」

また凌に向かって微笑みを浮かべたハルの目は、少し涙ぐんでいるように見えました。



そして凌はまた心の中で呟きました。





「なにこの子、ほんとにかわいいんですけど。」



AM1:25


二人は今までいた高台を後にし、神社へと続く下り坂を歩き始めました。



「あっ。あの、今は何年の何月何日なのですか?」


ハルは思い出したかのように凌に訪ねました。





「今は20○○年の12月30…あっ、日付が変わったので31日です!もうすぐ今年も終わっちゃいますね。」




「20○○年!それでは周りの景色も私が知っている頃とはもう随分と変わっているのでしょうね。


なぜ年の瀬にあのような場所で、その…召喚?を?」




「今までの経緯を一からここに記すのも作者が大変なので割愛しますね!」



「えっ?作者?………あっ!すごい!凌さんのこれまでの経緯の情報が何故か私に伝わって来ましたよ!


そうだったのですね。ではサタンさんという方が今は凌さんのバイト先?とやらにいらっしゃるのですか。」




「そうなりますね。そういえばハルさんっていくつなんですか?俺は今年21になりました。」



「二十一歳ということは、私のひとつ上ということになりますね!凌さんはどこかあどけないので年下なのではと思っておりました。」



凌は思いました。

「心は中2のままだからか!?そうなのか!?」



そう思いながらも「ハハッ、そんなことないですよ!」と笑って受け答える凌。クールです☆




そんなこんなで坂道を下り平坦な道へ出た二人。



そこは元々人通りの多くない道であるのに加え、深夜2時前ということもあり人通りは全くありません。


高台へ行く前にココアを買った自動販売機が寂しく光っています。



「暖かいものでも飲みながら帰りましょうか。ハルさん何がいいですか?」

凌がハルに訪ねます。



「ここで飲み物が買えるのですか?私には何がどのような物なのか分かりませんので凌さんが選んでください。


あっ、今更ですが、ハルでいいです!ハルとお呼びになってください。あまり敬語を使われるのに慣れておりませんので。」



「じゃ…じゃあまたココアにしよっか。ハ…ハル、さっき、おおお美味しそうに飲んでたし。」



初めての呼び捨て&タメ口になった凌は照れ臭さでしどろもどろです。


まるで強敵に対面して緊張したアニメキャラのセリフ並みのしどろもどろ感です。



「はい!ココア、また飲みたいです。」



自動販売機に小銭を流し込み、ホットココアのボタンを押した凌は

出てきたココアをハルに手渡します。



「暖かいです!熱々です!」



熱々のココアを手渡され上機嫌のハルを見て

またもや「なにこの子かわいすぎ。」と思いながら、自分の飲み物を買おうと財布から小銭を取り出します。



するとハルがあわてて言いました。



「あっ!一つでいいのですよ。一緒に飲みますから。あっ、気になるようでしたらごめんなさ…」


「いやいや全然!一緒に飲むよ!一本もいらないなと思っていたところさ!☆」



間接ちゅーのチャンスを逃すまいと食いぎみで凌が返します。


語尾に「~さ!☆」なんて今時流行りません。



それはさておき、凌は思いました。

「ドキドキしすぎて本調子じゃないぞ。 

この子は俺をキュン死させるつもりなのだろうか。」と。




「あの、これ、開けて頂けますか?仕組みが複雑なようでして…」



「あっ、あぁ。そういえば。」


凌は改めて思います。

この子はやはり現代を生きる人物ではない。

過去の時代を生きた人なのだと。



「プシュ…」

スチール缶を開けた時の独特の効果音が静かな路面に響き、また辺りは直ぐに静寂に包まれます。



小さな飲み口から白い湯気をゆっくりと昇らせた熱々のココアをハルに手渡すと

ハルは満足そうにニッコリ微笑みました。


「いただきます!」



たかがココアをこんなに嬉しそうな顔をして飲むハルを見て

小さな幸せを感じている凌はふと、さっきのハルの言葉を思い出します。


「少しの間だけ、お言葉に甘えさせて頂いてもよろしいですか?」



少しの間だけ…


ハルの生前果たせなかった幸せを叶えたら、やはり当然のように別れはやって来るのだろうか…


いやいや、そもそもさっき会ったばかりの子だぞ、なんでそんなこと考えちゃってんだ?俺は…



こんなことを今考えるのはやめておこう。

そう思った凌でした。




「凌さん?どうぞ!」


ハルから手渡されたココアを凌も一口飲みます。


「どうですか?美味しいですか?」



「うん!とても。」



「それなら良かったです!」



二人は寒空の下また歩き出します。

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