第5話 かわいすぎ

「よいしょっと…」



!!


座った拍子に左目の視界に入ってきた今まではなかったもの、いや、今まではいなかった人物に一瞬体がビクッとなります。



ベンチに腰掛ける自分の左隣には

さっきまで自分がイメージしていた通りの着物姿の美しい女性が座っています。


凌は心の中で呟きました。



「えっ、なんでそこ?」



桜の木の下辺りに召喚されるといったベタな展開をいとも簡単に裏切ってくれた女性にツッコミを入れてやりたかったのですが

凌にはそれが出来ませんでした。



なぜなら、その姿は余りにも美しく余りにも清らかだったからです。




いいえ

めちゃめちゃタイプな顔だし、このロマンチックな展開をぶち壊したくなかったからです。



とりあえず何か言わなければと思った凌は咄嗟に言葉を捻り出しました。




「星が…綺麗だね。」



ミスりました。

まずはこんばんはの挨拶からがどう考えても鉄板なのですが

あろうことか凌は幾つかの段階をすっ飛ばしてしまいました。



「ふふっ、面白いお方ですね。」

女性がにこやかに笑いかけます。



「ええ、ほんとに。」

凌が答えました。


またやってしまいました。



ツッコミ担当であれば間髪入れずに「お前のことだよ!」とツッコミを入れてくるでしょう。



「緊張していらっしゃるのですね。どうかそう畏まらずに。」



おそらく二十歳前後程であろうその女性は

とても年相応とは思えない程の落ち着きと言葉使いをしていました。



凌はまた心の中で呟きました。




「なにこの子かわいすぎ。」




かわいすぎな子を召喚できたのは良いのですが

凌には疑問があります。



まず、この女性はサタン同様魔族的なものなのか。



そして、なぜ美味しそうに人のココアを飲んでいるのか。




「あの、失礼ですが貴女はその…悪魔的なものですか?あと、なんで俺のココアを飲んでいるんですか?」




「あっ、すみません!これは貴方の物だったのですね!温かくて、甘い香りがしたので気になって、つい…。それと、私は悪魔ではありません。遠い昔この地に住んでいた者ですよ。人間です。」



どうやら召喚されるのは魔族だけではないようです。



サタンはともかく、穏やかに眠っていた人を目覚めさせてしまったことを申し訳なく思った凌は言いました。


「ほんとにごめんなさい!穏やかに眠っていたところを呼び出してしまって。魔方陣を消せば戻れると思うので、どうかまた安らかに眠って下さい!」



中2病ではありますが、こういう時はいたって常識的な凌です。



「お気になさらずに。せっかくですから少しの間一緒に星を眺めませんか?貴方のおっしゃる通り星が綺麗ですよ?」

女性はまた微笑みます。




「ありがとうございます。あの、名前教えてくれませんか?俺は凌っていいます。」



「凌さん。素敵な名前ですね!私の名はハルといいます。そのまま季節の春と書きます。」



「ハルさんも素敵な名前ですね。」



互いに紹介を済ませた後、二人はしばらく他愛もない会話をしていました。



数秒の沈黙の後、少し寂しげな表情を浮かべたハルがまた口を開きます。


 

「はぁ、ほんとに楽しいです。

…実は私、恥ずかしながら貧しい村で育ったもので、患った病を治す手立ても無くこの歳でこの世を去りました。


もしその後も生があったのなら、こうして殿方と星を眺めたり、各地を巡り鮮やかな景色に触れたり……とても素敵な日々を過ごしたのでしょう、と思いまして。


…あっ、ごめんなさい、暗い話になってしまいましたね…私、そろそろ戻ります。


夜も更けてきましたので気をつけてお帰りになってくださいね!今日は、その…ありがとうございました。


最後に魔方陣を消して頂けますでしょうか。」




「……そうですね。こちらこそありがとう。俺も今日は楽しかったです。寒くなってきたので家に帰りますよ。」



「はい。お気をつけて!」




凌は着ていたジャケットを脱いでハルの背中にそっと掛けました。



「えっ?その、これは?これを頂いては凌さんが道中冷えてしまいます。私はもう戻りますので大丈夫ですよ。」



「えっ?だから、寒くなって来たので帰りますよ!早く!」



「えっ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る