28話【窮】
「雅ちゃん、頑張って!」
「うん」
灯の応援に力強く頷き、雅は深く息をついた。
指示を飛ばす声や、それに応える声、瓦礫を退かす音が鼓膜に響く。
自分の鼓動でさえ、カウントダウンのように聞こえる中で、左耳がノイズを発した。
〈中に入った。…ちょっと息苦しいが、これならまだ大丈夫だろ〉
無事トンネル内へと入った黒宮の声である。
「黒宮さん、中まで何メートル位ですか?」
〈3メートルちょいかな〉
「中の人達は?」
因幡が続けざまに質問する。
黒宮はすぐに返答した。
〈まだ残されてるのは5人だったよな?いるのは…4人だ〉
黒宮の語尾は焦りを帯びていた。
「4人…!あとの1人は…!?」
〈見当たんねぇ…まずいな。車ごと潰れちまってたら流石にどうしようもねぇぞ…〉
そこに割り込むように蒼亜の声が響く。
〈子供はいないのか?〉
〈行方不明なのは成人男性らしい〉
多少生存確率は上がったが、だからといって安心出来る訳ではない。
「力ずくで吹っ飛ばそうと思ったけど…埋まってる、って可能性を考えたら…」
余波で最悪の事態を招くことになるかも知れない。自分自身に雅は内心ぞっとした。
当然ながら因幡もこれには同意し、一度プランを練り直すために黒宮達を呼び戻すことにした。
「ああ、そうもいかない。思ったより時間が掛かりそうだな…黒宮、とりあえず外に出せそうな人を連れ出してくれ。一度情報を整理したい」
〈了解〉
すぐに動かせたのは確認できた4人の内軽傷の2人だった。2人共長距離トラックの運転手で、後続になっていた方がクラクションを鳴らしたことで前を走った運転手も落盤に気付いたらしく、すぐにトラックを降りたそうだ。そのおかげでトラックと商品は駄目になったものの、かすり傷や多少の打撲で済んだのだと彼らは話した。
「ガス漏れとかはなかったですか?」
蒼亜は少し眉を寄せながら言った。
「なかった。ただ、閉じ込められてる状態だから酸素は少し薄くなっているな…」
「どちらにしろあまりゆっくりはしていられないな。中の様子を詳しく話してくれ」
「ざっと確認しただけだが見つけた車は例のトラック二台と、重傷者二名の一台。それが落石やら土砂やらでほぼ埋まってる。けど入り口からは結構離れてたな…さっきも言った通り3メートルちょっとまで瓦礫で塞がれてるから、もし力押しで行くとしても中に影響は無いだろう」
因幡は首を横に振った。
「落盤は心臓部まで届いているかもしれない。…私が運搬するから森山は…」
「私はその分別と、粉砕ですね」
一見地味な作業に思えるが、(傍から見れば)軽々と瓦礫を砕き分別するというのは、後々重機を動員して行われる事を考えれば非常に意義のある作業となる事を雅は理解していた。
「並行して生き埋めになっていないか捜索もしていこう」
「せーので動くわけにもいかねーし…佐久間、俺の字でもう一度中まで連れてく。何人いれば連れ出せる状態まで処置出来る?」
佐久間、と黒宮が呼んだのは黒宮に同行した救命士の青年だ。
「あまり人員に余裕もないので…私を含めて三名同行させてください。帰りは7人同時の移動になりますが…」
黒宮の負担を考えたのだろう。佐久間は遠慮がちに言った。
「心配すんな。それくらいなら余裕だから」
「―分かりました。では、お願いします」
佐久間は一礼し、救命士達に声を掛けに行った。
因幡は雅を振り返って言った。
「では、私達は先に作業に掛かろう」
「了解です」
雅は頷くと、因幡から少し離れた位置に立った。煙くさい風が髪に絡む。
因幡の
「【脚】―!」
雅が目を逸らした矢先、因幡の長くしなやかな脚はアスリートをも凌駕する筋肉を纏う。軽く屈むと、その勢いのまま高く跳び上がった。
その光景には一瞬黒宮達も目を奪われたが、その間にも自身の仕事を見失わない救急士達に、雅は一種の尊敬と畏怖を覚えた。
「―ふッ!」
トンネルの天井辺りの高さまで降下した因幡は、そのままコンクリートの塊へつま先を掛ける。いくら筋量を増していたとしても、およそ人間が扱うには不可能な大きさのそれを、因幡は軽々と蹴り上げた。
大きな影が現場を駆ける。
それを受け止めるべく、雅は視線をコンクリート塊に合わせた。
「【音】…―」
雅は唇から何かを紡いだ。すると同時に、重力に敵わず降ってくる巨大な質量は、まるでその重さを抜き取られたかのようにふわりと浮いた。
「やれば出来るものだね。…これは、砕いちゃおう」
雅は音の作用を利用してコンクリート塊に浮力を持たせていた。だが、これだけ大きな物となると持続時間は長いとは言えない。
瞬時に雅は振動波で切断し、その欠片を遠藤と交戦した時と同じように小爆発で破壊していく。
「ここまで小さくなれば動かせるね」
雅は破片を器用に操り、一箇所に纏めていく。
巨大な瓦礫を蹴り上げた反動で再び宙に浮いていた因幡は次に狙いを定め、また高く飛ばした。
雅も応えるように徹底した粉砕を繰り返す。工場のように淡々と作業を続けていくと、ある程度大きな物は退かし終えたようだ。
ここからは埋められてしまっているかもしれないあと一人を探すことに集中していこう、と因幡は指示した。
「班長、俺らも入ります!」
「分かった!気を付けてくれ!」
「了解!」
再び黒宮達の姿がトンネル内へと吸い込まれていった。
「因幡さん!」
それを見届けた因幡の元へ、灯と千尋が駆け寄ってきた。
「見てるだけなのは流石にもう無理だ」
「アタシ達も手伝います!」
「二人共…しかし…」
中々首を縦に振らない因幡を見かねてか、雅が頭を下げた。
「因幡さん、私からもお願いします」
力があっても何も出来ない無力感は、力がない者と比べて大きく、そして辛いものだと雅はあの時の任務で学んでいた。自分がサポートするからと言い添えると、因幡は苦笑した。
「私がそれを言う立場なんだがな…分かった。二人も行方不明者の捜索にあたってくれ」
二人はほっとしたような表情を見せたが、すぐに顔を引き締め、瓦礫の元へ向かった。
「おーい!聞こえますかー!」
可能性は低いが、意識があって、どこか体に自由の利くところがあれば反応が返ってくるかもしれない。灯は声を張り上げた。その間にも【移】の字による瓦礫の除去は欠かさない。
「…【虎】」
一方で千尋は瓦礫の上でしゃがむと、辺りを見回しながらふんふんと鼻を鳴らした。
「…人の匂いってのは良くわかんねぇけど…こんだけ瓦礫が降ってきたら血の匂いくらいすんだろ」
千尋は匂いを辿ろうとしているらしい。彼の言う通り、この事故に巻き込まれた以上、大なり小なり怪我はしている筈である。
不謹慎ではあるが、今は大事な手がかりの一つだ。
「…ッ、くしゅん」
「大丈夫?」
コートの袖で拭こうとする千尋を制し、雅はポケットから科学繊維で出来たタオルを手渡した(勿論これは全員所持している)。
それを渋々受け取り、千尋が言った。
「砂…っくし…あ゙ー…くそ、土の匂いが強くて分かんねぇな」
砂が鼻腔を刺激したのか、二、三度くしゃみを繰り返し、千尋は場所を変えた。先程と同じように周囲の匂いを辿っていき、千尋はある場所で止まった。
「……いた」
「見つけたのか?」
「多分な。…この辺、血の匂いがする。鉄じゃねぇ」
確信めいた言い方に、雅は慌てて駆け寄った。
「この辺りを重点的に退かそう!」
灯と因幡も集まり、4人はそこにいるであろう人間を探し始めた。
「せめて、せめて一部だけでも見えたらアタシが必ず助けるから…!早く…!」
灯はふわりと巻いた茶髪を振り乱すように、猛然と瓦礫を転移させ続けた。灯の額を汗が伝うのに気付き、雅は必死になって灯を止めた。
「灯ちゃん、セーブして!これ以上は
「…っ、でも…!」
灯はほとんど涙目になりながら訴えた。
「落ち着いて!灯ちゃん、瓦礫の隙間を覗くみたいに感知してみて」
言われた通りに、灯は目を閉じて見えない手を伸ばした。
掬いとるように、瞼の裏のイメージから人の形を切り出していく。
「…みえた、男の人」
「じゃあ慎重に、転移させよう」
その時、轟音と共に激しい揺れが雅達を襲った。
「な、何っ!?」
「まさか―」
立ち上がれない程人を萎縮させるその音に、その場にいた全員が青ざめた。
因幡は嫌な予感がした。
〈…―班長!因幡ッ、誰でもいい!聞こえるか!〉
「黒宮!」
つんざくようなノイズと共に届いた無線は、黒宮からのものだった。
〈落盤がまた起きた!〉
予感は的中していた。
思考が削れるような感覚になり、因幡は酷い目眩がした。
だが、班長として自分が冷静さを欠く訳にはいかない。そう自らを鼓舞し、因幡は状況確認に頭を切り替えた。
「やはりか!蒼亜は、他の皆は無事か?」
〈俺達は大丈夫だ。けどまずいことになった…〉
「何があった」
〈同行した救命士が落石に当たりそうだったんで俺の字で回避したんだが、除細動器が駄目になってな…〉
「そんな…心肺停止状態の人がいたのか…!」
〈ああ。一人は何とか持ち直したけど、他の医療器具もいくつかやられた〉
通信を共有していた雅が真っ白な頭で呟いた。急な状況変化に弱いのか、雅の背中ににじむ汗は止まろうとしない。
「もう時間が無い…」
「ここにいる男の人も早く助けないと!」
先程の落盤のせいでまた瓦礫の位置が変わってしまった。大まかには変わっていないとはいえ、救出作業は瓦礫の撤去からまたやり直しになる。
中にも外にも、もう時間は残されていなかった。
「因幡、どうすんだ」
因幡が何か答える前に、黒宮が応答した。
〈焦んなガキ共。森山、お前こっちに来い〉
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