25話【配】
三人はロビーで千尋、灯と雅の二対一に分かれた。理由はシンプルに着替える為だ。
雅と灯は更衣室に入ると、まず制服を脱いだ。
首元を飾る臙脂色のアスコットタイを外し、ブラウスの前を寛げる。次に胸下まである同じく臙脂色のスカートにあしらわれている金色のダブルボタンを外していく。
今日び臙脂色の制服などアニメや漫画でしか見掛けない。そんなレベルの物珍しさのせいで、見る人が見れば雅や灯が槍ヶ崎の生徒であるとすぐにバレてしまうのだ。NOAHに籍を置く者としては非常に困った話である。
「…なんでウチの学校ってこんな目立つ制服なのかねぇ。別に私立校でもないのに」
灯はささやかな抵抗としてスカートの丈を弄っている。本来は雅と同じくらいに膝に掛かるか掛からないかといった具合になるのだが、灯のスカートは太ももをしっかりと見せるミニ丈になっていた。その脚は白いニーハイソックスに包まれている。
勿論もっと大胆な改造をしている生徒もいるにはいるのだろうが―。
「比較的柔らかい校風だけど、頭からつま先まで指定だもんね…」
少子化も改善されたこのご時世に資金繰りの為なのか、ハイソックスまで指定の物を購入することになっている。
実際は少子化対策によって高校生が妊婦としても通学することが可能になった為、それの補助金用といったところだろう。
「…んー、と。とりあえずそれっぽい服持ってきたけどいいかなぁ…?」
「いいと思うよ、お兄ちゃんも言ってたし」
二人が話しているのは、肝心の着替えについてだ。高校生の身でスーツなどそうそう持っているはずもなく、代替品として何を着るべきか困っていた。
雅は聖から事前に、TPOをわきまえていれば私服でも構わないと助言をもらっていた。
それを聞いて灯はあっと何かに気付いた。
「あ、そっか…悩まなくても雅ちゃんにメッセージ送ればよかったんだ」
そう言って灯が鞄から取り出したのは、白いブラウスと紺のスキニーパンツだ。足元はローファーでは味気ないと比較的フラットなパンプスを選んだらしい。
対する雅は襟元をレースで飾られたオフホワイトのブラウスに黒のリボンタイを結び、黒地にパールグレーのストライプが入ったスカートを用意してきた。こちらはローファーのままで、ソックスだけを履き替えている。
「やっぱり雅ちゃんって服の趣味が可愛いよね。細いからさらに似合うんだよね〜」
さらりと褒める灯も雅よりは肉付きが良いものの、背は比較的高く脚も長い為、全体的に見てスタイルがいい。
雅はあまり背も高くない為、自身をお子様体型だと思っている。女性の多くが成長期に一喜一憂する部分においても灯には大敗を喫しているのだ。
「ありがと…っていうか、灯ちゃんだって。スタイルが良いから脚も出せて、羨ましいな」
「アタシはむしろ雅ちゃんの細さが羨ましい…けど、食べるの大好きだからもう諦めた!」
良い意味で開き直る灯のその性格がやはり雅は好きだと思った。そんな灯と自分の間にはお世辞がない確信がある。だからこそ今の褒め言葉も素直に受け取れる。
「さて、千尋くんは多分もう上に上がってそうだし―」
最後にコートを羽織れば着替え完了である。
「アタシ達も行こっか」
*
案の定、会議室には既に千尋、黒宮、蒼亜がいた。
「あらら男性陣はお揃いみたいですねー」
「因幡さんは?」
雅が尋ねると、熱心に携帯端末を操作していた黒宮がそれに答えた。
「班長は今ちょっと事務仕事中〜」
「忙しいんですねぇ…」
「おっせーよ」
そう悪態をつく千尋は、白いワイシャツに黒いスラックス、果ては革靴まで、きちんとしたオフィス用のファッションに着替えていた。
「千尋くんだって気合い入ってるじゃない」
「あ?これは親父が…」
「お父さんから借りたんだ?」
「……そんなとこ」
ふぅ、と珍しくため息をつく千尋に、雅は何となくいつもと様子が違うように感じた。
テスト期間に入ったあたりからそれは時折感じている違和感だが、何か、千尋は困っているのだろうか。
「……」
「…なんだよ?」
物言わず千尋を見つめていた雅は千尋本人からの咎めるような視線でようやく我に返った。
「ううん、何でもない」
「あれ?みんなもう集まっていたのか」
仕事を切り上げられたのか、因幡が会議室へやってきた。これで全員集合となる。
因幡は何かの箱を小脇に抱えており、それを事務テーブルへ置くと、雅達へ手招きした。
「みんな、配布物がある。こっちに来てくれ」
「なんだそれは?」
蒼亜が指差したそれは、1ダース毎に束ねられており、見た目には細い筒のようであった。よく見るとボールペンのようにノックする部分がついている。
「これは対字持ちの鎮静剤だ。これを各自携帯して欲しい」
「鎮静剤?」
どうやらこれは注射器らしい。携帯しやすいよう、針をノック式にしていると因幡は言った。
確かに、針が露出していない状態での持ち運びならば事故も起きにくい。変な形だと思ったが意外と理にかなっているようだ。
「なんでまたこんな急に…」
「実はこの鎮静剤、以前から開発に取り組んでいたんだが、中々完成に至らなくてな」
「これを携帯させる理由は?」
千尋が聞くと、因幡はすぐに返答した。
「君たちより下の世代にはそれ程多くいないが、私達くらいの世代になると字持ちはかなりの数がいる。彼らの多くは君たちより字の扱いには長けているだろう。彼らが犯罪を犯した際にその全てと交戦し、逮捕するのはあまりに非効率的だし、不要な戦闘は可能な限り避けるべきだと思う」
いくら因幡や黒宮が戦闘に慣れていたとしても、絶対に確保出来るとは限らない。遠藤律の件においてもそうだった。
「つまり、手っ取り早く無力化出来るように、という訳だ」
「なるほどねー。不要なリスクを取り除けば、無駄に怪我もしなくて済むしな」
黒宮は班員が負傷するのを特に嫌っているらしい。それは雅も同じで、千尋や灯が無茶な戦い方をするのが避けられるなら、と大きく頷いた。
「とりあえず現在は多少時間は掛かるが複製も可能になっている。今後の任務ではぜひ活用してもらいたい」
そう言って因幡は一人に三本ずつ注射器を配った。
中の液体は透き通った青色で、少々怪しくも思えるが因幡が言うには一本打てば字持ちは字が使えなくなるだけでなく意識まで失わせる事も出来る代物らしい。
間違っても味方には使わないように、と念を押されながら、さてどこにしまおうかと思案していると、因幡はコートの内ポケットを指した。
「完成させる前提で作らせたからな。その内ポケット、丁度注射器が入るようになっているだろう?」
「…あ、本当だ。―太さと本数までぴったり」
流石NOAH、といったところだろうか。これならば多少激しく動いても落としたりすることはないだろう。一つ心配するとすれば割れないか、という点だ。
「因幡さん、これガラスですよね?」
「いや、針の部分だけだな。そこに至っては基本中に入っているから割れる心配はないし、シリンジはアクリル製だからまあ…トラックに轢かせたりしなければ耐えられるよ」
「もしかして…水族館の水槽みたいな感じですか?」
「そうだな。それを応用した感じだ。劣化版ではあるが」
一体NOAHの技術力はどこからやって来ているのだろうか。考えてはいけない事のような気がして、雅は大人しく注射器を内ポケットへと納めた。
「さて、と。勿論いい事だが、今日は特に任務もない。各自待機時間は自由にしてくれ」
「ま、別に毎日字持ちが事件起こしてる訳じゃねぇしな。武藤、暇なら訓練でもするか?」
「うーん…あ、そっか。行く行く!」
先日個々のスキルアップを目標に掲げたことを思い出したのだろう。灯は少し迷った後、すぐに勢いよく立ち上がった。
「あ、それなら私も行きたいです。千尋くんは?」
それに追随するように雅も立ち上がった。千尋を振り返ると、彼も半分腰が浮いている。
「体鈍りそうだし行くわ」
「では俺もついて行こう」
黒宮も予想はしていた事だが、気付けば因幡以外の全員が参加表明を出していた。
「おいおい…結局みんな来るんかい。ま、いーけどさ。班長は?事務仕事ならさっき片付けてきたっしょ」
「ふむ…では付き合おう」
黒宮は一瞬いつぞやのマンツーマントレーニング(という名のサンドバッグ役)の記憶が蘇り頬を引き攣らせたが、誘ったのは自分であるし、今回は面子も増えているのだからと腹を括った。
「よーし、トレーニングルーム行きますかー」
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