19話【装】

作戦は無事に決まり、今日は解散となった。

蒼亜は『すずのいえ』―吉川小鈴の運営する孤児院―へ帰り、子供達の面倒を見なくてはならないと言って、一人別方向へ歩いて行った。

因幡と黒宮に仕事を任せるのは心苦しいが、現状半人前である雅達に残られてもむしろ邪魔だと黒宮に追い出されてしまった。

結果、いつもの3人は今NOAHの前に立っている。


「千尋くんはどっち?」


雅は灯と途中まで一緒に帰ることにしたが、千尋はどうするのだろうと訊ねた。

千尋は切った腕とは反対の腕で鞄を持ち直し、こちらを向いた。


「いや、送ってく」

「ほんと丸くなったよね、千尋くんは」


雅も内心そう思ったが、言わない方が良いだろうと思っていただけに、灯の正直さには今でも驚かされる。


「うるせぇよ。おら、おめぇら家どっちだ」

「千尋くんの気持ちは嬉しいけど、アタシちょっと雅ちゃんと話したいから…ごめんね」

「そうかよ。もう時間遅せぇから―」

「ありがとう。気を付けるよ、大丈夫」


雅が代わりに続きを言うと、千尋は満足そうに鼻を鳴らして、また別の方向へ歩いて行った。

後ろ姿が人混みに混ざって見えなくなったのを確認し、二人も歩き始めた。


「千尋くんって相当優しいよね」


それには灯は何も答えなかったため、雅の言葉は独り言となった。


「…さっきさ、作戦みんなで考えたじゃん?」

「うん」

「アタシ決めたんだ、覚悟」

「覚悟?」


雅が繰り返すと、灯はぎゅっと拳を握りしめて言った。


「うん、いつまでも怖がってはいられないからね。…もう負けない、今度こそ雅ちゃんを絶対守ってみせるから」


灯は真っ直ぐに雅を見た。


「灯ちゃん…」

「あっ…でも、みんなのことも守らなきゃね!」


ぱっとおどけた調子に戻るのも灯らしい。だが、そんな灯が腹を括ったというのなら、自分もそうするべきだと雅は思った。


「…私も覚悟決めた。ここからは本気でいく」

「頑張ろう、一緒に」


『みんなと』一緒に、雅はこっそり付け足して心に刻んだ。


「うん」



*



翌日も一同はNOAHに集まり、律と紅麗の居場所を探す事にした。だが、早々に頭を抱える事態となった。今日は監視カメラや目撃情報が入っていないというのだ。


「やっぱり、警戒してるのかな…」

「だろうな。―さて、どうするか」


本当なら今もあまり気は進まないが、もうつべこべ言っている場合ではない。雅が切り出した。


「先日因幡さんが言っていた通り、たまり場に行きましょう」

「そこに遠藤と浅井紅麗が一緒にいるとは思えねぇけどなぁ」


監視カメラには律単体で映っているものもいくつかあったと黒宮は言った。なら四六時中一緒にいる、という訳ではなくなる。それに蒼亜から聞く限りでは紅麗はそういった不良グループとは関係がないように感じる。

渋る黒宮に、雅が付け加える。


「確かに、遠藤さんとしか接触出来ない可能性が高いですけど、あれだけ親密な関係なら遠藤さんを捕まえれば浅井紅麗も来ると思います」


昨日紅麗は律を守る、と言っていた。その言葉が偽りでないのなら、必ず助けに来る。雅はそう確信していた。


「では、遠藤から狙っていこう。―目撃情報や映像を見ていて気になったんだが、遠藤はずっと制服を着ているが…」

「彼女はもうずっと登校していません」


表向きは病欠とのことだったが、実際は何か良からぬ付き合いに走っているのだ。


「そっか。なら家にも帰ってないってことになるね」

「なるほど、どこかに身を潜める場所があるかもしれないな」

「桐生、お前は前に遠藤と面識があると言っていたな。―いや、正確には見掛けたことがあると。どこで見た?」


千尋は記憶を辿り、最後に律を見掛けた場所を告げた。


「西公園脇の路地。そこに入っていったのを見たことがある」

「―よし、そこに行こう」

「班長、その前に」

「ああ、そうだった。少し待っていてくれ」


黒宮に促され何かを思い出した因幡は資料室を出ると、宣言通り少しして戻ってきた。―大きめのダンボールを抱えて。


「新入りの分の採寸で納期が一日遅れてしまってな。本当なら昨日には届くはずだった―ああ、気にしなくていい」


そう言って因幡はダンボールの中身をそれぞれに配った。


「これって…」


ビニールで包装されたそれは、NOAHのバッジが付いたコートだった。


「わあ…」


早速着てみると、予想はしていたがサイズも丁度よかった。生地は裏地も含めて特殊な繊維を使用しているのか、綿とも麻とも違う、不思議な触り心地だった。


「今まであまり気にしていなかったんだが、NOAHにも人数が増えてきたからな」


団結を深めるためにも、共通の物は欲しい所だったと因幡は付け加えた。

目新しいコートと対面し、雅もこれには思わずはしゃいだ。


「これ、やっぱり特殊な機能とかあるんですか?」

「現代科学を甘く見てはいけない。勿論限度はあるが耐熱、防刃、防塵、防水、緊急無線、パラシュート、収納など多くの機能を備えた万能コートだぞ」

「かがくのちからってすげー!」


黒宮もどこかで聞いたような台詞を口にしながら、隻眼を輝かせていた。


「ん、収納?…あ、なんか入ってる」


灯がポケットを探ると、中から箱が出てきた。他のメンバーも同様に同じ箱が取り出された。


「中は…これ、手帳ですか?」

「ああ、NOAHのIDだ。遊園地の時までは私しか持っていなかったからな、今後の任務でも役立つと思う」


きちんと顔写真付きの―いつ撮ったのだろうか―身分証明書だ。字持ちに対しては警察手帳とも言える代物である。

箱の中にはもう一つ、それも見覚えのあるものが入っていた。


「因幡、なんで通信機が入ってんだ?両耳に着けろってか?」


千尋が普段耳に入れているものと比べながら言った。表面は以前と変わらずパーソナルカラーで彩られている。


「いや、それは今桐生達が着けているものの改良型だ」

「改良型?」


雅は新しい方の通信機に付け替えた。感触はあまり変わらない。

音声アナウンスの後、3秒ほど指を触れる。生体認証登録は無事成功した。


「今まではみんな、私としか通信が出来なかっただろう。それをこの通信機をオンラインの状態にしていれば誰にでも連絡を取ることができるように改良してもらった」


確かに今までは因幡と通信が出来ていれば事足りたが、5人―いやそれ以上の人数で今後も動くとなればその機能はとても助かる。


「ただ、その分若干サイズアップしてしまったがな」

「どうやって掛けんだ?」

「横のダイアルを回すとチューニングが出来る。それぞれのコードを教える。ちなみに一番下のダイアルで全員に繋ぐことも可能だ」


コート、通信機、IDカード―これらの装備品はつまりNOAHの看板を背負うということと同義だ。より一層NOAHの一員としての自覚を持って行動しなくてはならない。


「―武装も完了したことだし…行こう」

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