18話【姿】
「すみません、お待たせしました」
会議室ではそれぞれもう座ってはいるが、例の反省会…もといミーティングはまだ開かれていないらしい。
灯と話していた黒宮がこちらを向いた。
「おう、二人共何ともないか?」
「だから、ちょっとかすっただけだ。何回言わすんだよ」
「その小さい傷が命取りになったりするって言ってんだよ」
ロビーでは納得していたように思えたが、やはり心配性なのか再びこの流れになってしまった。
「はいはい喧嘩しなーい。雅ちゃん、こっち座って」
灯もこちらへやってきて、黒宮の千尋の間を割いて雅の手を取った。
「あ、うん」
席に着くと灯が心配そうに雅を見た。包帯にそっと手をやり、小さく言った。
「雅ちゃんも…傷大丈夫?」
「うん、私は平気。灯ちゃん達は医務室に来なかったけど―怪我は無いんだよね?」
律はこちらが相手をしていたが、紅麗がどう戦ったのかは霧と洪水以外に分からない。
「アタシも因幡さんも、それに蒼亜さんも怪我は無いよ。浅井紅麗はアタシ達に直接手を出してはこなかったから」
「そっか…」
雅が安心したように呟くと、因幡班恒例となりつつあるそれが開こうとしていた。
「では、ミーティングを開始する」
「先に班長、次は俺も連れてってくださいよ」
「ああ、次は全員で事に当たる」
「よっしゃ」
咳払いを一つした後、因幡は情報を整理し始めた。
「現場に着いてまず私達は霧で分断された。蒼亜、あの霧は幻覚だな?」
今度は雅も(未だ疑ってはいるが)黙って蒼亜が話すのを待った。
「そうだ。紅麗は【幻】の字で自分の姿を変える他に、本来そこには無いものを見せることが出来る」
「あの時千尋くんが匂いを辿って私を見つけてくれました。浅井紅麗がコントロール出来るのは多分、視覚だけです」
反響定位で微かにだが周りを探ることもできたと雅は付け加えた。灯はそれに疑問を抱き、雅に訊ねた。
「アタシは空間認識能力が使えなかったよ?」
「灯ちゃんの字が視覚をベースに機能してるからだと思う。私は聴覚で空間を捉えるから」
雅の説明に眉を上げ下げしながら、灯はとりあえずは頷いた。
「森山、桐生。二人は遠藤の方と接触したな。何か分かったことはあるか?」
「刃物に関係する字持ちだと思うんですけど…ナイフとかを瞬時に生み出して攻撃してきました」
「あいつ、人を傷つけることに関しては躊躇いが無かったな。本気で殺す気だったかどうかは別にして」
雅は先程感じた恐怖を思い出し、少し指先が冷えるような感覚がした。だが同時に、それくらいでなければ今後の任務でもやっていけないのではないかとも思った。
「…みんな―特に二人。さっきは動揺して紅麗を無力化することが出来ず、すまなかった」
蒼亜はようやく全て話す気になったようだ。
「覚えていないか、去年の夏に起きた字持ちによる集団テロ事件を」
その事件は連日ニュースで報道されていた。当時は既に字持ちを取り締まる法も整備されていた為、彼らは既にいない者である。
「当たり前だ…覚えているとも。死傷者を34人も出したあの字持ち達は、私が取り押さえたんだ」
誇らしげどころか、苦しそうに因幡は言った。因幡が自分の班を持つ前のことだ。当時は戦闘向きの字持ちも少なかったため、NOAHが班を編成したのはそれかららしい。
「ああ。紅麗が姿を変えていたのは、その亡くなった人達の内の一人…
「…その中のってことは…その人…」
「…残念だが、亡くなっている」
分かってはいた結論だが、肯定の言葉を落とされたことで一同はぐっと喉の奥を噛むような顔を見せた。
「監視カメラを確認した時は何とも思っていなかったが、後からどうも見覚えがあると思ったんだ。それでよくよく思い出してみれば紅麗はテロ事件の被害者に化けている」
「なんだよ、それでビビって何も出来なかったって言いたいのか?」
黒宮は煽るように蒼亜に迫った。蒼亜はかぶりを振ってそれを否定する。
「違う。―さっきも言った通り、最初はすぐに無力化して、紅麗を連れ帰るつもりだった。だが、筑紫和也に姿を変えているということから遠藤律はその教え子だと分かった。…先生と、呼んでいただろう」
蒼亜は更に続けた。
「紅麗が理由も無く姿を変えることは今まで無かった。だから今回も何か事情があってのことだと思う。俺は、それを紅麗の口から聞きたい」
「なるほど。どちらにせよ、また接触しなくてはならないのは確かだ。蒼亜」
「分かっている。次は、必ず」
「けど、今まで先生だと思ってた人が偽物だって分かったら遠藤さんはどうするんだろ」
自分の大切な人が亡くなった時、例え偽物でもその姿をした人が現れたなら、きっと縋ってしまうだろう。
雅がそう言うと、千尋が分かりきったように言った。
「筑紫和也は過去の人間だ。遠藤には辛いだろうが、受け入れるしかねぇんだよ」
「…そう、だよね」
「紅麗のしていることは、理由があったとしても、きっと間違っている。弟として…肉親としてそれは正さなくてはいけないと思う」
「蒼亜さん」
「なんだ?」
雅は立ち上がって、深く頭を下げた。
「疑ってごめんなさい。私にも、手伝わせてください」
「ありがとう。…頭を上げてくれ、雅。仲間として、改めてよろしく頼む」
蒼亜も立ち上がった。
「みんなも、よろしく頼む」
霧のせいで心まで分断されかけたが、無事わだかまりも解けたようだ。
「よし、一旦休憩してから、作戦を練るとしよう」
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