15話【霧】
翌日の放課後、因幡班のメンバーと今日NOAHに正式加入した
因幡、黒宮は蒼亜を交えさっそく昨日の半分程に減った資料の解析作業に取り掛かった。
書類と映像を照らし合わせ、遠藤が映っているものを探す。
その間することが無い(正確には出来ることがない)雅達はテストに向けて千尋の特別講義を受けることになった。
灯は何度か飽きていたものの、雅にはとても有難い時間だった。とはいえ―千尋は本当に、いつどこで勉強しているのだろう、と雅は不思議に思った。
勉強もそれなりに進んだ頃、黒宮が蒼亜を呼んだ。
「―あった。じゃあ蒼亜、これ頼む」
「分かった」
昨日と同じ要領で藤岡書店の映像を確認した。
遠藤の隣を指差し、蒼亜が言った。
「これにも映っている」
「やっぱりか。まさか同じ案件になるとはなぁ…どんな姿で映ってる?」
黒宮が訊ねた。
「昨日は詳しく確認しなかったから、監視カメラの映像を欺いたと言ったが―訂正する。
随分饒舌になったものだと雅は思った。解決の為に助力は惜しまないと決めたのだろう。
蒼亜は更に続けた。
「だから今この姿を確認しても、また別の姿に変わっていれば意味がない。先入観を与えない為に、紅麗の素の姿だけ教える」
蒼亜はポケットから携帯を取り出すといくつか操作をして、こちらへ向けた。
「これが紅麗だ」
「うわ、すごい」
「お前そっくりじゃん」
見た目は蒼亜と殆ど変わらなかった。ただ、同じ黒髪の中にまた一房、燃えるような赤に染まっている部分があった。
「一卵性双生児だからな。ただ、生まれつき俺達は髪色が一部だけ違ってな」
蒼亜は自身の夜空色の髪を差した。
「ふーん」
灯が呑気にそう言うと、直後因幡の通信機に連絡が入った。
「どうした?」
〈若本です!今監視カメラ映像の回収にまわっていたんですが、いました、
若本と名乗った男性局員が遠藤律を見つけたと報告した。一気に場に緊張が走る。
「場所はどこだ」
静かになった資料室では通信機からの音声が大きく響いて聞こえる。
〈都立図書館近くの公園です!黒髪の男といます!〉
「赤いメッシュは入っているか?」
蒼亜から得た情報を以て確認する。
〈赤いメッシュ?…いえ、入っていません〉
「外れか…?いや、姿を変えているのか」
「恐らくそうだろう。行こう」
蒼亜が急かす。
「若本、私達が到着するまで身を隠しておくんだ、相手がどんな動きをするかまだ分からない」
いくらNOAHの局員でも、民営機関では武装も出来ない。その為に字持ちが警察官の代わりに赴くのだ。
〈分かりました、また何か変化があれば報告します〉
「ああ、気を付けてくれ。―みんな、出動しよう」
因幡の一言で蒼亜、灯、黒宮が足早に資料室を出た。遅れないよう雅も続く。
「森山」
ここまで静観していた千尋が、雅を呼び止めた。
「なに?」
雅が振り返るより早く千尋は雅を自分の方へ引き寄せた。
「ちょっ…千尋くん…!」
菖蒲色の髪に鼻先を埋めると、そのまま千尋は大きく息を吸い込んだ。
「やっ……」
雅が千尋を押しのけると、千尋は早足で資料室を出ながら言った。
「頼んだら多分嫌がるだろうから無理矢理やらせてもらった。…これで覚えたからもうしねぇ。悪かった」
「…な、何なの……」
雅が呆然としていると、灯が大きな声で叫んでいるのが聞こえた。
「あ、そうだ!」
我に返り慌てて資料室の外へ出ると、灯が言った。
「アタシが転移すれば早いよね、昨日NOAHに戻った時と同じで!いいですか、因幡さん?」
「6人もいるぞ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思います、多分!」
多分という言葉で多少不安にはなったが、いざとなれば黒宮も転移はできるだろう。因幡は少し躊躇ったが、灯に転移の許可を出した。
「分かった、武藤に頼もう。場所はここだ、出来るか?」
「えーっと……いけます!みんな、こっちきて!」
「分かった」
「頑張ってね、灯ちゃん」
「オッケー!…【移】―!」
周りの空間が歪み、床の感覚が徐々に薄れてきた。
(そういえば―)
もう方向感覚も無い。
雅の頭に過ぎったものがはっきりとした考えに変わる前に、6人は現場へ
*
現場の公園は広いが、この人口の多い都内にしては人気もあまりなく、そこにいた二人をかえって目立たせていた。
物陰を見ると、血色の良さそうな男性がこちらを見てあっという顔をした。
「みなさん!」
「黒宮は若本の保護を頼む。…可能ならNOAHまで護衛してくれ」
「…了解っす」
黒宮は腑に落ちないながらも了承し、若本の元へ向かった。
恋人のようではないが、家庭教師とその教え子、といったふうな距離感で和やかに会話を交わしていた。
だが、雅達に気付き、一気に表情を変えた。
「センセ…」
「律、大丈夫だ。俺が守ってやるからな」
蒼亜の双子の兄、
「先生…?」
「人数が多いな。悪いが、別れてもらう」
「!?」
紅麗が一歩踏み出した途端、紅麗の足元から噴き出すようにして、一帯が霧で覆われた。1m先も視認することが出来ない程の濃い霧だ。
「なっ……灯ちゃん!因幡さん!」
声を張上げて名を呼ぶが応える声も、それ以外の音も聞こえない。
「ッ蒼亜さん!千尋くん!―っ、【音】」
昨日のように反響定位で周囲を探ろうと試みる。だが、自分の声以外の音が認識出来ない状態では何も感じることは出来なかった。
(これが浅井紅麗の字―!?)
分断された以上無闇に字を使って仲間を傷つける訳にはいかない。何とかして合流しなければ。
(蒼亜さんの字でどうにかこの霧を払えれば…。違う…待って…)
雅は背中に冷たいものが駆けたように感じた。
(どうして蒼亜さんは浅井紅麗の字が何なのか明かさなかったの…伝えるタイミングなんていくらでもあったのに…!)
雅は恐ろしい結論へ辿り着いた。
(あの二人は双子の兄弟。―最初から手を組んでた…?それなら私達は罠に嵌められたって事!?)
その不確定な結論は焦りを呼び、雅の思考を乱した。半ば祈るように―いや、投げ出すように灯の名を呼ぶ。
「灯ちゃん!どこ!!」
その割れた声に応えた人物が一人いた。その人は雅の腕を強く掴んだ。
「森山!」
焦りと恐怖で思わず振り解こうとしたが、掴まれた手の温かさに少し落ち着きを取り戻す。
気づけば両手で千尋の腕を縋るようにとっていた。
「ち、ひろ…くん……」
「落ち着け」
震えた声を宥める様な声色で千尋が言葉を発した。
「千尋くん…どうして…」
「さっき、資料室で」
「え?」
千尋は言いずらそうにしながらも、まだ自分の腕を離せないでいる雅を落ち着ける為に渋々打ち明けた。
「お前の匂い、字使って覚えたんだよ。それ辿って見つけた」
「あ、それで…さっき髪…」
「……まあな」
「…匂い、変じゃなかった?」
「…は?あ、いや……別に」
「あ、変じゃないなら、いいの…」
お互い気恥ずかしくはなったが、おかげで雅も落ち着きを取り戻したようだ。
千尋の横に再び立った雅の目は、しっかりと霧の先を見ていた。
「よし、まずはこの霧を何とかするぞ」
「うん…!」
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