14話【蒼】

自己紹介や事情の説明の一切を省いた一言に返答出来ずにいると、疲れた顔をした二人の受付嬢が代わりに経緯を説明した。


「ああ、三人共お疲れ様…その人、さっきから兄の捜索願を因幡班に出してくれって聞かなくて…」


最初に言ったのは若瀬という一般局員だ。


「一度情報科に頼まないと申請が通るか分からないんですけど…因幡班に直接頼んで欲しいって…」


次に言ったのが若瀬と同じ一般局員の金森だ。

受付嬢二人は困り果てた顔をした。

何故因幡班にこだわるのかは分からないが、こちらも今は任務で手一杯の為、また後日にしてもらおうと雅は思った。それに、もう他のことに取り掛かるだけの時間もない。


「あの、今は因幡班も任務に追われてて…また後日…」

「なら俺も手伝う」

「ええ?」


突飛な意見に雅はぎょっとした。


「いいんじゃねぇか?別案件でも、俺らも人探ししてんだ。広げる網はデカい方がいいだろ」


今までの任務同様、今回も多少の荒事は覚悟しなくてはならない。

雅達もプロではないにしろ、全くの未経験者に―それも外部の人間をそんな目に遭わせる訳にはいかない。


「でも……」

「最終的に決めるのは因幡だ。けど俺らだって意見する権利はあるだろ」

「まぁ、千尋くんの言う通り、話通すだけならいいんじゃないかな」


灯が賛成した事で二対一、いよいよどうするか考えなくてはならなくなった。

外で捜査を行った時のように、いつも一歩下がった考え方をしている雅は、この三人の中でもリーダー的存在だ。この三人でいる時は雅が多くの事を決断している。

今回も決断は雅に委ねられた。

雅は考えに考え、ようやく口を開いた。


「……7階へ。若瀬さん、金森さん、後は私達で何とかします」


無事開放されることとなった受付嬢はようやくほっとした顔をした。


「ごめんね〜」

「よろしく〜」


雅達は青年を連れて、エレベーターに乗り込んだ。



*



それにしても無口な青年である。先程三人でどうするか決めていた時も一度も口を挟まなかった。―自分が全ての元凶であるのに、だ。


「あの…そろそろ名乗ってもらっても…?」


雅が促すと青年はああ、と短く声を洩らした。


浅井蒼亜あざいそうあだ」

「ソーア?」


灯が耳に慣れないまま口にすると、浅井蒼亜は意外にも丁寧に説明し始めた。


「浅井長政の浅井に、草かんむりに倉の蒼、亜細亜の亜で浅井蒼亜だ」

「へぇ…難しい名前」


内心所謂DQNネームというやつでは、と雅は思ったが自分の名前もシンプルながら大仰だと思い出し、口にするのはやめた。


「由来とかあるの?」


代わりに無難な質問を投げ掛け会話に繋げようと試みたが、あっさりとシャッターが降ろされた。


「いや…特には」

「そう…」

(ぜんっぜんしゃべんねぇなこいつ…さっきはああ言ったけど、こういうタイプ苦手なんだよなぁ…)


千尋が様子を窺うように蒼亜の方を見ると、蒼亜は本当に何も考えていない様な顔で千尋を見返した。


「う…」


千尋の苛立ちがピークに達する前に、エレベーターは7階へ着いた。



*



資料室の前へ来ると、雅はドアを開け、出た時と変わらない程―いやそれ以上に荒れた部屋へ入った。


「失礼します、ただ今戻りました」

「空振りでした〜…」


足元の紙やディスクを避けるようにして全員室内に納まると、二人共殆どこの部屋から出ずに作業をしていたことが分かる。


「お疲れーい」


黒宮は目をゴシゴシと擦りながら三人を労った。

因幡も立ち上がってこちらへやってきた。


「ああ、三人共ご苦労だった。―彼は?」

「因幡さん達も解析作業お疲れ様です。彼はえっと、浅井蒼亜…さん?で、因幡班にお兄さんの捜索願を出したいらしくて…」

「捜索願?うーん…といってもなぁ…まずは情報科に申請してもらわないと…」

「それも伝えたんですけど…一緒に手伝わせて欲しいって……」

「君は外部の人間だし、ましてや今回も戦闘だってありえるような任務だ。そんな事は任せられない」


それに今はこちらも手一杯だし…となかなか首を縦に振らない因幡に、蒼亜は縋るような目をした。


「だめか?」

「―どうして因幡班じゃないとだめなんだ?」

「……因幡って奴に頼めばやってくれるだろうと、『すず姐』が」

「…すず姐?その人の名前は?」


すず姐、という呼び方に何かが引っかかったのか、因幡が蒼亜に詰め寄った。


「吉川小鈴。孤児院『すずのいえ』の院長だ」


蒼亜が口にした名前は、以前遊園地で出会った、髪の長い字持ちの名前であった。

あの日煮え湯を飲まされた千尋がどこか不満そうに言う。


「は?あの女孤児院運営してんのかよ」

「やはりか…面倒なことに繋がらなければいいが」

「前から思ってたんですけど、因幡さんとあの人って知り合いなんですか?」


灯の問いに因幡は頷いた。


「ああ、あいつは私がNOAHに在籍する前に出会ったんだ。そっか…やっぱり頼んできたんだ…」


最後の一言はいつもの因幡とは違う雰囲気を持っていて、これが本来の因幡なのだろうと雅は思った。あの吉川と名乗った彼女はもっと知っている一面なのだろう。


「どうするんすか、班長」


黒宮に促され、因幡は結論を言った。


「分かった。すずのいえの子となれば話は別だな。明日付けで、君もNOAHの局員になってもらう」

「本当か、ありがとう」

「マジかよ…」

「さっきは千尋くんも賛成だったじゃん。―あれ、でも孤児院ってことは…もしかして?」

「すずのいえは他の孤児院とは違って、字持ちを保護している施設なんだ」

「じゃあ、あなたも字持ちなんですね」


蒼亜は左手首を因幡班の面々に向けた。


「ああ。…俺の字は【シン】。…戦闘には向かないが、嘘やまやかしを見抜くことはできる」

「ほー。んじゃあコレ、ちょっと見てくれよ」


そう言って黒宮がくるりとPCをこちらへ向けた。

今日雅達も見た、ブックカフェでの映像だ。


「この映像なんだがな、どうもんだわ。その字で、何か分かんねぇか?」

「やってみる。―【真】」


蒼亜がじっと画面を食い入るように見つめる。そしてすぐに映像の異変に気付いた。


「これは…」

「何か分かった?」


灯が訊ねた。


「間違いない、兄だ。字で監視カメラを欺いたのか…俺には見えているぞ、紅麗くれい

「くれい…?」

「双子の兄だ。他のにもきっと映っているんだろう、見せてくれないか」


灯の呟きに答え、蒼亜は黒宮に詰め寄った。それを制して因幡が言う。


「浅井、今日はもう遅い時間だ。明日正式にNOAHの局員として登録するから、作業は明日再開しよう」


蒼亜はしばらく因幡を見つめていたが、やがて目を伏せ、頷いた。どうやらここは折れてくれたらしい。


「……分かった」

「では明日、浅井も加えて解析作業を再開する。三人はそれが終わるまでNOAHで待機していてくれ。では、今日の所は解散だ」

「分かりました」

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