13話【誰】
「さて、じゃあ遠藤さん探しに行こっか」
ひとまず近くのバス停に三人は並んで立った。
「つってもこのリスト、ざっと10…いや20はあるぜ。手分けして探してもかなり掛かるだろ」
千尋が端末を見ながら言うと、灯はやけに力強く言った。
「やるしかないよ。―あのさ」
「どうしたの灯ちゃん」
「やっぱり、アタシ達…固まって行動しない?」
そう言った灯には、そう考える根拠があるように思えた。だが、暫定的なまとめ役を受け持っている雅は簡単に頷く事は出来ない。
「相手の手の内が分からない以上そっちの方が安全だけど…時間が掛かりすぎない?」
「大丈夫、そのために家で練習してきたから」
そう言って灯は鞄からサングラスを取り出した。
「練習?つーかそのサングラスなんだよ」
「セレブ女優みたいでしょ〜」
そう言ってサングラスを掛けると、灯は目を閉じ、右手を地面へかざした。
「【
右掌に意識を集中すると、そこへ身体中を熱が駆け抜けていく。
もう慣れ始めた感覚だ。
字を解放すると瞼の向こうに、同じ景色が見え始めた。相変わらず色彩を欠いてはいるが、車や人の動き、その人相、看板の文字などを感覚として認識できる。
灯は得意気に言った。
「アタシは空間認識能力が使えるから、これで探せば、ちょっとは早く見つかるはず。―あ、サングラスは目をつぶって歩いてても変じゃないように」
制服にサングラスは少々不自然だが、目を閉じて歩くよりはましだろう。
「やるじゃねぇか。けどよ、それって…」
千尋の意図を察してか、小さく右手を握り込んで灯は言った。
「うん、まだ半径30m位しか認識出来ないんだ」
「ずっと使ってたら疲れない?」
雅が心配そうに訊ねると、灯は気丈に言った。
「転移するよりは全然。これは予備動作みたいなものだから」
灯は目を閉じたまま振り返ると、片手を上げて宣言した。
「じゃあとりあえずこのまま中丸書房まで行こう!」
*
中丸書房は、一般的な書店で小説、雑誌、漫画、参考書、絵本など普通に流通している本が棚で区分けして売られている。
書店ということで、三人は自然と小声になった。
「灯ちゃん―いる?」
灯が動きを止めて、周りを確認し始めた。
事前に確認した遠藤と同じ、もしくは近い外見の者を探すが、それらしき人物は見つからなかった。
「んー……だめ、いない」
「じゃあ次だな」
切り替え早く、千尋はすぐに入口へ歩き出した。
*
「次は鷹野―ここは文具店だね」
雅が端末の地図で場所を確認した。
「お、マジで?俺シャー芯切れたから、ついでに買ってくわ」
「あ、私もノート買わなきゃ」
最早千尋が見た目にそぐわない言動をしても突っ込む者はいない。むしろそれに触発されて雅も必要な物を思い出すくらいだ。
電車に揺られて10分程して、三人は鷹野文具店へ到着した。
そこは思っていたよりも大きな店で学生以外にも客は多数入っていた。
「どうだ、武藤」
「あ。―あー、違った。…ここにもいないっぽい」
「お店も大きいから、1回じゃ分からないかも知れないし、買い物しながら探そうか」
「そうだね」
「お、この消しゴムいい奴じゃん。前使ってたのはすぐもげたからなぁ…」
「千尋くんもはしゃいでるしね」
「そういえば」
あちこちを見て次々商品を手に取っている千尋を遠目に見ながら、灯が言った。
「今こうやって字使いながら買い物してるけど、入店規制とかってないのかな?」
「公共施設とかだと規制されてる所も多いけど、こういうお店とかは割と大丈夫なんだよ。遊園地みたいな人が一度に大勢来るような場所も規制の対象になってるけどね」
「でも雅ちゃん民間人に字を使ったらだめって言ってたよね?」
「うん。でも、今日は任務だし…危害も加えてないから、バレなければ大丈夫じゃないかな」
後で因幡に伝えて、身分証のような物を発行してもらえればその辺の事情も解消しそうだが。
そういって雅が笑うと、一瞬意外そうな顔をした後、灯も同じように笑った。
「雅ちゃんって結構ワルいよね」
「わり、待たせた。居たか?」
「ううん。いなかった」
「じゃあ次行くか」
千尋はお目当ての物や、掘り出し物でも発見したのか、隠しきれない程表情が緩んでいた。
文房具好きだったのか。雅は初めて知った友人の好物を心の隅にそっと留めておいた。
*
その後、三店舗ほど回ったがこれといって収穫はなく、灯も消耗し始めていた。
「ふー…」
サングラスを外した灯の表情には疲労感が滲んでいた。
灯にばかり負担を強いる訳にはいかないと思い、雅は提案した。
「灯ちゃん、交代しよう」
「交代…って……雅ちゃんの字は【
「任せて、私も似たようなことはできるから」
雅は【
心臓がドクンと大きく鳴り、身体中をカッと熱くした。
そっと口ずさむように超音波を放ち、周囲の様子を探る。
「何やってんだ?」
「
普通の人間でも訓練を重ねることによって反響定位を自力で行うことが出来るが、雅の場合は字によって自在に音波を生み出すことが出来る。
「雅ちゃんすごい!そんな事も出来るんだ!」
「ありがとう。これで遠藤さんの体格と合致する人を探せばきっと見つかるはず…」
*
雅の予想は大きく外れ、リストに載る店舗や施設を全てまわっても、遠藤律を見つけることは出来なかった。
念の為、灯に余裕が出る度に空間認識で視てもらっていたが、結果が変わることは無かった。
「くそ、全部空振りかよ…」
「残念だけど、この時間だし一度NOAHに戻ろうか」
日はすでに暮れている。三人共、歩き疲れ疲労困憊であった。
「そうだね。あーでも、アタシもう歩きたくない!」
迎えでも呼ぶつもりなのだろうかと雅が思っていると、灯は千尋と雅の手を取り、人気の無い路地へ連れて行った。
「おい、なんだよ」
「歩きたくないなら、こうするしかないじゃん?」
灯は二人の手を掴んだまま言った。
「NOAHまで転移するよ!せーのっ!」
NOAHのロビーにいる自分達を思い描き、灯達は
*
「よーいしょー!ちょーっと疲れたけど大成功!」
転移は無事成功し、三人はNOAHのロビーに降り立った。
「おい武藤!」
「ごめんごめん、面倒だったから思い切ってやっちゃった」
悪びれもなく言って千尋を躱すと、灯は受付の方を見て止まった。どうやら受付嬢に話が通じず用件を済ませられないようだ。
灯の視線に気付いたのか、そこに居た人物はこちらを振り返った。
「紫色の髪―お前、因幡班の人間か」
そう言って、暗い髪色に一房、夜空のような深い青色が混じった青年が近付いてきた。
当惑しながらも雅が頷いた。
「はい。…あの、あなたは…」
「兄の捜索願を、出しにきたんだが」
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