12話【集】

雅達は時間を見つけて遠藤の姿を探したが、やはり今日も登校していないのだろう。それらしき人はどこにもいなかった。

次の授業が移動教室である為、灯はこれ以上は動けない。今は雅一人である。


「やっぱりいないか―」


何となく、倉庫や空き教室のある西棟へ足を向けると、記憶に新しい鴇色の後ろ姿が見えた。


「あれ…平塚さん……?」


雅の声は呟き程の大きさだったせいか、その声が平塚束ひらつかたばねに届くことは無かった。束は急ぎ足で階段を降りて行った。1階から教室へ戻るのだろう。


(平塚さん…今男子トイレから出てこなかった?)


見間違いかもしれない。もしくは、急だったので慌てて入ってしまった可能性もある。ここはあまり人気ひとけも無い為、例え間違えて入ったとしても誰かに見られることはほぼないだろう。―例外的に雅が見てしまったが。

手洗いに入る事など人間生きていれば当たり前の事だ。

誰かに話す程の事でもないと気を取り直し、雅は今日最後の授業に合わせて教室へ戻った。



*



何とか号令までには戻ることが出来た。他生徒達もいい加減飽きたのだろう、もう視線を刺し投げてくる者は一部となった。これで一応安心して動ける。

いくら高校までが義務教育になっても、学生の本分は勉強だと雅は思っている。それに、今週はもうテスト期間に入った。来週には定期考査が始まる。その為雅は勉学を疎かにする訳にはいかなかった。

教師の嫌味が無くなった事はある意味気持ちの悪い変化だが、その分授業に集中出来た。

灯はヤマを張ると言っていたが、それでも限度はあるだろう。もし教えて欲しいと頼まれても頷けるように、今日からまた予習復習も再開しなくては。



*



放課後、再び灯が雅を迎えにきた。


「やっほ〜雅ちゃん!」

「灯ちゃん。お迎えありがとう」


雅も丁度下校の準備が整ったところだ。テスト期間ということもあり、鞄はいつもより少し重い。―灯の鞄はあまりそうは見えないが。


「ううん!じゃあ行こっか」

「あ、待って。千尋くん迎えに行かない?―同じ班だし」


因幡班の名の元集まるメンバーは雅にとって居心地のよい場所になり始めた。

最初はNOAHという場所の中での拠り所だったが、幾つか任務を終えた事で、絆のようなものが生まれたのだろう。

それに影響されてか、雅は以前より表情が柔らかくなった。


「そうだね、A組だっけ?」

「うん」


A組へ向かおうと教室を出ると、丁度千尋も出てきたようだった。


「森山と…あ、武藤」

「今ちょっと忘れ掛けたでしょ」

「うるせ」


このふざけているのか真面目なのか分かりにくい雰囲気にも慣れ、灯も雅も、だんだん楽しくなってきていた。


「千尋くんもNOAHに行くでしょ?」

「まぁな。学校ここよりは楽しいし」


千尋の口から楽しいという言葉が出てくるとは思わなかった。随分変わったものだ。


「なにぼーっとしてんだよ、行くぞ」

「あ、うん。―そういえば今日って因幡さん達は情報解析とかしてるんだよね?」



*



今日はいつもの8階ではなく、7階にある資料室に呼び出された。


「―ああ来たか、三人共」


因幡が忙しなく動かしていた手と目を止め、こちらを向いた。それに気付いた黒宮も片手を挙げた。


「おつかれ〜」

「…なんで黒宮怪我してんの?はいこれ差し入れ、アタシ達から。コンビニスイーツだけど」


ビニール袋を黒宮に手渡す。

先程雅が気を利かせて、NOAHに来る途中で買ったものだ。


「さんきゅ」

「今日はNOAHに籠りっきりでな。運動がてら鍛錬に付き合ってもらった。ありがとう、気が利くな」


一昨日の制裁ではなかったようだ。灯は内心舌打ちをした。


「結局ボコられてんじゃねぇか、ダッセェ」

「なんだとガキ、じゃあ次はお前とやってやんよ」


わざとムキになったふりをしているのだろう。黒宮の手は相変わらず止まらない。


「上等だよ。―ま、そいつまた今度だな」

「お、ちょっとは大人になったじゃんか」


黒宮が驚きと感心で顔を上げると、因幡が横からディスクと書類を差し出した。


「黒宮、駅前の監視カメラの映像は解析終わったか?」

「おっと、すんません。こっちのはもうちょいで終わるんで次やります」

「ああ、頼む。―とまぁこの通り、私達は動けないから、申し訳ないがここに来てもらったんだ」


山積みのディスクと書類を見れば分かる通り、未だ遠藤の居場所は掴みきれていないようだ。


「このリストを見てくれ」


因幡が目の前にある端末をこちらへ向けた。

雅が覗き込んで読み上げる。


「えっと…藤岡書店、都立図書館、ブックカフェ栞…本関係ばっかり」


他にもまた別の書店名や図書館が連ねられていた。


「そう。店員や司書の証言からも遠藤がここに現れているのは間違いないが、どうも一人じゃないらしい」

「誰かと一緒なんですね。外見とかは分かりますか?」


因幡はそこでがしがしと頭をかいた。


「それがなぁ―」


そこでPCを見つめている黒宮が三人に手招きをした。


「…あった。三人共、これ見てくれ」


映像はブックカフェのものだった。

バリエーションよりは、配置に気を使った内装の店内―その端の席に、遠藤律は座っていた。


「いた。…あれ?でも何かおかしい…」

「確か目撃情報は一人じゃないんですよね?」

「そう。なのに―」


黒宮が、ディスプレイに映る遠藤の席の一点を指差した。


「ここには遠藤しか映ってない。飲み物は二つあるのに…だ」

「映像には映っていない人間がいるってこと?」

妨害電波ジャミングとか偽装ダミーじゃねぇんだよな?」


その可能性も捨て切れない。だが、千尋の疑念はすぐに取り払われた。


「ああ。それは解析済みだ」

「ってことは…姿を隠す力を持った字持ち」

「だな。もしそいつが本当に身を隠す字持ちで、まだ遠藤と一緒なら…」

「アタシ達で探すしかないか」


灯が続けると、因幡が新しいディスクをPCに挿入しながら行った。


「私達は少なくとも2日は解析に掛からなくてはならない。また分断して任せるのも危険だが…やむを得ないか」


不安を隠しきれない様子の因幡に、黒宮が言い添える。


「大丈夫っすよ。こいつらは任務も戦闘ももう初めてじゃない、危険なら俺らが飛んで行けばいい」

「…そうだな。通信機はいつも通りオンラインにしておいてくれ。見つけても接触は合流するまで待つように。―では、気を付けて」

「はい」


三人はそれぞれの携帯端末に遠藤のデータを写すと、NOAHを後にした。

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