11話【知】
雅は内心戸惑っていた。―今までも多くの生徒から視線は向けられていたが、今日の視線はいつもと違ったのだ。
不思議と悪意は感じなかった。ただ、【字持ち】という存在に対する関心が侮蔑を上回る好奇心に変わった事だけは分かった。
今朝会った灯の友人達とは違い、決して話しかけては来ないが、その分嫌味や皮肉を言われることも無かった。雅にしてみれば、監視カメラのようにじっと見られるより、耳に障る言葉でも投げ掛けられた方が幾分ましであった。
(そうだ…結局千尋くんの様子、見に行ってなかった)
雅は2時限目が終わった休み時間に、教室の空気に耐えられず千尋の元へ向かった。千尋はA組に所属している。
廊下でもやはり痛い程の視線の嵐に遭った。だが一言、気になる会話が聞こえた。
「字持ちと言えばさ、D組に山崎っていたじゃん?アイツも字持ちだったよな?」
「ああ、いたいた。アイツはどっちについたんだろうな」
(どっち…?)
足を止めて訊ねようかとも思ったが、下手に話しかけて怯えられても困ると思い直し、そのままA組の前へやってきた。
前にも来た時と同じく千尋は窓際の席である為、奥の方を探したが、なかなか見つけることが出来ない。謹慎処分でも受けているのかと一瞬考えたが、ウサミーランドでの会話で、NOAHの方で何とかしたという話を聞いた。なら何事も無ければ今日も登校しているはずである。
「千尋くん…来てないのかな?」
「お前、こんなとこに突っ立ってなにしてんだ」
「あ、千尋くん。良かった、来てたんだね」
「まあな。ただ、コイツらがうるせぇから今日はサボる」
雅も同じ目に遭っているだけあって、同情の念を禁じ得ない。
それに、一度言ったら聞かないことは遊園地でよく分かっていた。だが、素行に関しては優等生気質の雅はサボるという行為を見過ごす訳にはいかなかった。さて、どうしたものかと考える。
「じゃあ、放課後NOAHでな」
「…うーん。じゃあ私もサボっちゃお」
ちょっとした賭けだが、千尋はどう出るだろうか。
「は?いや、お前は教室戻れよ」
「なんで?」
雅は内心ガッツポーズをした。相変わらず千尋は御しやすい。
「…いや…え……あー!っくそ、戻りゃいいんだろ!退け」
千尋が雅を押し退けてずかずかと教室へ戻って行った。A組の時計を確認すると、次の授業までもう間がないようだった。
「そろそろ戻らないと」
内心しめしめと思いながら、雅はまた薮のような廊下を戻って行った。
*
約束通り、屋上階段で落ち合い、灯と雅、灯の友人2名が昼食を共にする事となった。
これはこの二人に限ったことではないが、NOAHの存在は広く知られていても、その実態を把握している人間は少ないようだ。
その証拠に、二人は矢継ぎ早に質問をしてきた。
「―っていうかさ、NOAHって何してんの?」
灯が視線で雅の方を見て、代わりに答えてほしいと訴えてきた。少し困ったが、二人の期待した視線に耐えかね、雅は話し始めた。
「えっと、字持ちと、そうじゃない人が同じ場所で安全に暮らせる社会を作るために、字持ちの犯罪を取り締まったりしてる…んだけど」
「でも警察いるじゃん?それとは違うの?」
「字持ちは普通の人と違って、武器とかが無くても相手を怪我させたり……しちゃうから」
殺してしまうこともある、というのは怯えさせない為に言わないでおいた。
「うんうん。テレビで言ってた。そういうの、特殊犯罪って言うんでしょ?」
「うん。2039年から法律が変わって、特殊犯罪に関しては字持ちに対してのみ、NOAHに警察権が与えられてるの」
反対に―もちろん自分からそんな真似はしないが―一般人に字を使うのは本来犯罪である。
「へー。だから警察は字持ちに手が出せないんだ」
「アタシもそれ初めて聞いたー」
あの日、カフェで犯罪に巻き込まれた時にも一度、灯に少し話したが、ここまで詳しくは伝えていなかった。
「これはお兄ちゃんから前に聞いたことの受け売りなんだけどね」
「他には?」
さらにねだられ、雅は思いつく限りで答えた。
「あとは…この槍ヶ崎とかの学校にも字持ちが通えるように手配したり、字持ちの権利を保障する為にNOAHで保護したり…かな。あ、A組のち―桐生くんとのこの間のアレもそうなの」
咄嗟の作戦でとはいえ、中庭でああも派手に字を使って見せたのだ。さぞ注目を浴びただろう。思い出して少し寒気がした。
「凄い派手にやってたよね。じゃあ桐生もNOAHに入ってるんだ?」
「一昨日もアタシ達一緒に任務行ってきたんだ」
「マジ?ちょっと〜楽しそうじゃん〜」
徐々に他愛ない会話へと移り変わっていき、和やかに昼休みは終わった。
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