第9話【省】

軽快な音楽とは真逆に、皆どことなく表情を濁らせながら、一行はNOAHへ戻った。

先程まであれほど気が立っていた千尋も押し黙り、運転手から手当を受けている。

灯は唇を尖らせ、何も言わずにいる。同様に因幡と黒宮も口を開かない。

雅もまた、俯いて唇を噛んでいた。

NOAHへ到着し8階の会議室へ入ると、因幡が静かに言った。


「反省会だ。座ってくれ」


促されるままに席に着くと、咳払いの後に因幡が切り出した。


「まずは私からだ。私の指示が悪かったせいで、桐生を負傷させてしまった。すまない」

「フン。…お前の責任じゃねぇよ」


そう言って手で払うような仕草をする、千尋の腕の包帯が痛々しかった。

それを見て耐えられなくなったのか、灯も素直な気持ちを口にした。


「アタシ…なーんにも出来なかったなぁ…みんなのために字を使うって決めたのに…」

「私も…すぐに動けなかった。字を使うのを躊躇っちゃった。千尋くん、怪我させてごめんね」

「……俺も、すぐカッとなって…周り見えてなかっ…た」


千尋をフォローする為に、黒宮がわざと軽口を叩く。


「俺も今日は失敗したわ。先に桐生を押さえるべきだった」


それに対し、千尋は何も言わずにただ目を伏せた。千尋自身も、そう思わざるを得なかったのだろう。


「今回分断させたのは失敗だったな。この班―因幡班は、実はこの5人で全員なんだ」


因幡が左側に座る雅と灯の方を向いた。


「昨日までは学校での任務だったから二人だけだったが、5人で揃うのは今回が初めてだ。それもあって、連携が上手くとれていなかった。―いや、私が未熟なだけか…」


最後に因幡は前を向くと、大きく息を吸って言った。


「今後、任務では可能な限り私が側で指揮をとるようにする。頼りない班長かも知れないが、みんなの安全はきっと守るから、どうか付いてきてほしい」


その言葉に、自然と4人は頷いた。


「ありがとう。―では、次だ」


因幡班はまだ始まったばかりである。上手くいかないことはあって当然だ。気持ちを吐き出し皆、表情も幾分柔らかくなった。


「今回の任務を妨害した吉川と名乗る女。―私は会っていないが、字持ちだったんだな?」


確かめるように因幡が言った。微かに前のめりになっている。それほど気になる事なのだろうか、と雅は内心首を傾げた。

実際にその身に受けた千尋が言う。


「アイツは髪を操ってた。長さも自由に変わるみてぇだし、硬度も異常だった」


それを聞いて、因幡はどこか別の場所を見るように目を逸らした。


「そうか…やはり―。それで森山、確か吉川は人を探していると言ったようだな」


視線を戻し、因幡が訊ねた。―だが、先程より表情が幾分険しいように思えた。


「はい。でもここにはいない、と。それだけ言って去りました」

「詳しくは話していなかったのか。…それじゃあデータベースの洗い出しも出来ないな」

「でも、アタシ達がNOAHの局員だっていうのはもう分かってるから、もしかしたら訪ねてくるかもしれないですね」


灯がそう言うと、因幡は表情を緩めた。細い金髪が白色の照明に照らされる。それを手櫛で荒く梳いた後腕時計にちらりと目を落とし、因幡はまた話し出した。


「そうなったら改めて捜索依頼として受理しよう。では、明後日…5月15日からの任務だ」


今は保留でいいという判断が下され、4人もとりあえずは深く考えないことにした。

ただ、雅だけは因幡の表情の僅かな変化に未だ引っ掛かっているが。


「槍ヶ崎にいる5名の字持ちの内、2名は入局し、1名は他校生の男子生徒と共に拒否。残りは山崎紫乃やまざきしの遠藤律えんどうりつになったが…山崎紫乃の行方は未だ不明だ」


どうりで基を見てもピンとこなかったわけだ、と雅は思った。久代基は槍ヶ崎の生徒ではなかったようだ。

槍ヶ崎以外と交流のない雅にはそんな考えなど浮かばなかったし、他に字持ちの入学を許可している高校がある事も知らなかった。


「遠藤さんの方は?」

「防犯カメラなどからの目撃情報はいくつかあるようだ。今後はそちらを追おうと思う」

「灯ちゃんと千尋くんは面識ある?」


ふと、雅が二人に訊ねてみる。


「アタシはないかな。名前は聞いたことあるんだけど。でも確か、2年の子だよ」

「俺はある。…俺よりは居場所があって、俺より中身のねぇ連中とたまにつるんでる所を見たことがある」

「千尋くんはもうNOAHが居場所じゃん!」


灯が笑ってそういうと、千尋は照れ隠しなのか目を逸らしてあたかも迷惑そうな素振りをした。


「へーへー」

「ということは、そういう輩が集まるような場所を中心に捜査すれは見つかるかもしれないな」


雅と灯は気が引ける思いだった。

あまりそういった場所に縁が無かったこともあり、千尋のような取っつきやすい不良とは話せるが彼等の世界が出来ているような場所へは入りにくいのだ。


「三人は通常通り登校してくれ。黒宮と私で情報を確認してみる」

「俺も?」


話に少し飽きている黒宮が浜辺の海月のように、机にうつ伏せになっていた。


「嫌なら私の鍛錬に付き合ってもらうが?」


因幡が自慢の美脚を黒宮へ向けると―恐らく黒いタイトスカートの先にあるものが見えたのだろう。役得とばかりに立ち上がった。


「やらせていただきます、何でも」


(……黒宮のスケベ!)


灯が思うのと同時に因幡が解散を告げた。


「では、今日はご苦労だった。解散」

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