第7話【遭】
雅達と別れ、長篠芽々を探していると、不意に黒宮が言い出した。
「俺ら別にアトラクション乗るなっては言われなかったよな?」
灯はスタッフの言葉を思い返し、頷いた。その片手には、シナモンの効いた揚げたてのチュロスを持っていた。
「うん、言われてないと思うよ」
そう言って、チュロスを齧った。
生地の食感を引き立てる砂糖の甘さと、口に広がるシナモンの風味に極上の笑みを浮かべていると、黒宮がどこかを指差した。
「よし武藤、あれ乗ろうぜ!」
「お!どれどれ?」
「ほらあれ、ウサミー・スイング」
黒宮は2時の方向を指していた。
あのアトラクションはウサミーを模した巨大な人形の腕が乗り物になっていて、振り子の要領で前後に大きく揺れるようだ。先ほどから揺れる度、楽しそうな悲鳴が聞こえてくる。
その入場口には長蛇の列が出来ていた。
「いいね。でも…あ、やっぱり混んでる。あれは?」
灯が9時の方向を向くと、遠くの方で何かが上下に大きく跳ねている。
チュロスを購入した際にもらったパンフレットと照らし合わせたところ、あれはウサミー・デンジャラス・バンジーというアトラクションらしい。比較的空いているが徐々に人が集まってきている。
「混んできてるな―武藤、空いているところでもいいか?」
「アタシはオッケーだよ」
「んじゃあっちにするか」
黒宮はくるりと後ろを振り返った。
「ウサミー・キャロット・ショット?こっちはまだ空いてるね。行こう!」
ウサギのマスコットキャラクター、ウサミーがニンジンを食べている看板を目指し、灯と黒宮は歩き出した。
20分程待ち―その間に灯はチュロスを食べ終え、持参したカロリースティックを齧っていた―中へ入るとコースター型の乗り物に案内された。
内容は羽の生えたニンジンを猟銃型のセンサー付きコントローラーで打つ、得点式のミニゲームらしい。ファンシーさを危ぶませる内容だが、深く気にしてはいけないだろう。
「黒宮は前もここに来たことあるんだよね」
コースターに乗り込むと、灯が訊ねた。
「ああ。でも、その時はまだこれ無かったな」
「そうなんだ。アタシも昔来たことあるけど、これは初めて。一緒!」
この遊園地は都内でも大きい部類に入る。やはり字持ちになる前であれば、来たことがあってもおかしくは無い。
『それじゃあみんな!空飛ぶニンジンをいっぱいゲットしてね!行ってらっしゃーい』
スピーカーからアナウンスが流れ、コースターが動き出した。レールを進みドーム状の建物に入ると、プラネタリウムのように壁や天井に羽付きニンジンが映っている。
灯はコントローラーを構え、発砲音の口真似をしながら次々とニンジンを狩り始めた。コースターの座席にはモニターが付いていて、1P(灯)は4CP、2P(黒宮)は0CPと表示されている。
「ばーんっ…なんちゃって」
「なぁ武藤。勝負しようぜ、罰ゲームアリで。負けた方が1個言う事聞けよ」
「いいよ、負ける気しないし」
「んじゃシンプルに得点が上のほうが勝ちな」
そう言うと黒宮もコントローラーを構え、姿勢を変えながらニンジンを狩っていった。他の乗客とも張り合うように二人はコントローラーを構え続けるが、コースター自体も徐々にスピードを上げながら移動しているため、スコアが伸びにくくなってきた。
「おっ…と、狙いにくくなってきたな」
「とかいってちゃっかり視てるでしょ!ルール違反!」
この時灯はまだ知らなかったことだが、黒宮は空間認識能力を日常的に使っているせいか時折無意識に発動させてしまう時がある。
次に農場をイメージしたゾーンへ入った。最初と違い動きが不規則になったニンジンを二人は必死に狙った。
「まだまだいくよー!」
空をイメージしたゾーン、レストランをイメージしたゾーンを抜け、コースターは戻ってきた。
「終わりかー…お、そうだ。二人の得点は―」
「アタシが175CPで、黒宮が174CP…ってことは」
黒宮がわざとらしく手のひらで額を叩いた。
「くそー、武藤の勝ちか。でも惜しかったな」
「ほぼ引き分けだけどね」
負けず嫌いという訳でもないのだろう、楽しそうな声だった。
アトラクションを出て、灯はにやりと笑って言った。
「でも約束は約束だよ」
「ああ、なんでもいいぜ」
「じゃあさっきアタシが食べてたチュロス、3本奢ってよ」
「まだ食うのかよ!…まあいいけどさ」
灯が食べるのだとばかり思い黒宮がそう言うと、灯は頬を膨らませて抗議した。
「違うよ、ここにいない3人の分!」
「なんだ、そんなに気に入ったのか?」
「うん!シナモンが丁度よく効いててね―」
後半は既に聞き流していた為覚えていないが、灯の絶賛ぶりにそれならば自分も買ってみようと興味をそそられた。幸いな事にすぐ近くにワゴンと列が見えた。揚げたての食欲を誘う香りがこちらまで漂ってくる。
二人並んでいると、遠くの方でふと、4人の男女が灯の目に留まった。よく見れば、そのうちの二人は雅と千尋であった。それに―灯の見間違いでなければもう1人の女は、探していた長篠芽々に見える。
灯は黒宮に言った。
「黒宮ごめん、やっぱお願いは後で聞いて。二人に合流しよう」
灯の言葉を聞き、同じ方向へ目線をやると、黒宮は頷いた。
「ん?…あれか。了解」
列を抜け、4人の方へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます