第6話【遊】・3
因幡、灯、黒宮と分かれて数分後、早くも千尋はこんな提案を雅にしてきた。
「おい、森山。何も乗らねぇで歩き回ってんのも不自然だろ、何か乗ろうぜ。ほら、アレとか」
「確かに……ん?アレって…!」
千尋が指差した先にあったのは、テレビCMでもよく見かけた、所謂絶叫マシンであった。恐ろしいことに、この時間は比較的空いているようだった。
「む、無理…それは無理!」
「一回乗ったらぜってぇ楽しいって!行こうぜ」
「ちょっ…やめ…」
雅の訴えも虚しく、千尋に引きずられていった。空いた列が進んで行くのを待つ間周りを見渡して見るが、それらしい人影は見えない。
*
安全バーで上体を固定されてはいるものの、勿論箱型ではないため、これが動けば風を全身に受けるだろう。こんな野ざらしのベンチのような乗り物が、地上15mまで一気に上昇するのだ。雅にしてみれば、正気の沙汰ではない。
千尋が隣に座る雅の顔を覗き込むと、少なくとも知り合ってからは見たことのない表情をしていた。
(何か悟りの境地に至ったような顔してやがる…!)
千尋はそこでようやく後悔した。粗野な態度をとってはいるが、彼にも人の気持ちは理解出来る。いくら初めての遊園地にはしゃいでいたとはいえ、始めから絶叫系を選ぶのは不味かったと気づいた頃にはモーター音が響き出した。
「そろそろだな…森山?」
相変わらず雅は物も言わない。
数秒後、担当スタッフのアナウンスと共に、アトラクションは地面を離れた。
高度が上がるにつれ、周りの悲鳴は大きくなり、景色は小さくなっていく。千尋も興奮のあまり声を上げた。まるで虎の咆哮のようである。―否、千尋は首から上が虎になっていた。そこでやっと雅も我に返り、うっかり字を解放してしまった千尋を咎めた。
「ちょっと千尋くん!顔、顔―っきゃあああああああああああぁぁぁ」
後半は悲鳴に引きずられたが、千尋は指摘に気付き、慌てて字を引っ込めた。幸い同乗したゲスト達は皆目を閉じているようだ。
それにしても雅の声も随分響いている。―まさか、と千尋は思った。
「森山ァア!お前も出てるぞー!!」
*
地面と15m上を数往復し、アトラクションは止まった。
二人共、息も絶え絶えといった様子だ。二人はとりあえず近くのベンチに座ることにした。雅は腰を下ろすなり項垂れてしまい、その様子を見た千尋は何かを考えているようだった。
「森山、ここで待ってろ」
それだけ言い、千尋は何処かへ行った。雅は伝わっているかは分からないが頷き、ふぅ、とため息をついた。
なんとはなしにゲスト達を見回したが、長篠芽々らしき人間は見当たらなかった。恐らく雅達と同じように誰かと一緒なのだろうが―。
少し経って、千尋が戻ってきた。その手には蓋付きの紙コップが二つあった。
「ん」
そのうちの一つを差し出された。雅が受け取ると漸く千尋も隣に座った。
「あ…ありがとう」
「悪かった」
ジュースを啜りながら、千尋は小さな声で言った。虎の耳がしゅんと下を向いたような幻覚が見え、雅は怒る気も無くなったようであった。
「ううん、私も楽しかったし、気にしないで」
ただ、と雅は付け加えた。
「絶叫系は字が出ちゃうからやめよう」
「おう…」
千尋も多少反省しているようだ。千尋がくれたオレンジジュースをひと口飲み、雅はふと考えた。
(灯ちゃん達はどうしてるかな…)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます