第10話「帰られない」


ある土曜日の深夜。

筆者はいつものように夜勤仕事をこなしていた。

納品の検品と並べる作業がようやく終わり、次は棚掃除をしようと考えていた。

コンビニは基本的に平日が忙しく、土日祝は暇である。

特に飲み屋街のコンビニは暇すぎて人だってほとんどいない。

世界に俺一人という状態を味わうことができるほどだ。




とはいえ、コンビニは24時間営業なので店を閉めるわけにはいかない。

いくら暇でしかも土曜日の深夜(日付代わって日曜日だが)だとしても仕事はある。

それが棚掃除だ。

棚掃除とは商品を一旦どかしてホコリ取りで埃を払い、雑巾で拭く作業である。

単純だが、これが結構面倒くさい作業でわりとしんどい。

一々商品をどかしたり、掃除が終わったら戻さなければならない。

しかし、平日ではできない作業なのできっちりとやるしかない。

そんな時、お客が来た。




お客は60~70代前後のお爺さんだ。

赤い顔をして酒臭い息をして千鳥足。

典型的な酔っぱらいである。

しかし、身なりは汚らしくホームレスのようにも見える。

財布……というか小銭入れにあるわずかなお金を使いチューハイを買った。

それだけならまだ普通なのだが……。




「お兄さん、あのな、あの……」




「はい。なんですか?」




酒で動悸が激しいのか、上手く言葉にしにくいお爺さん。

筆者は警戒しつつも、次の言葉を促した。





「あんな、ワシな、もう歩かれへんねん。警察か救急車呼んでくれへんか?」




と言うのである。

お爺さんは少し離れた場所に交番があることも知っていた。

しかし、そこまでは徒歩10分ほどはかかる。

千鳥足のお爺さんでは少々難しいだろう。

とはいえ、着けない距離ではない。

さて、どうするべきかと考えた。




お爺さんはホームレスだと思われる。

正確にはわからないが、関わりたく人間なのは間違いない。

アニメやマンガは彼らを脚色するが、現実は性根が腐った連中ばかりだ。

冷たい態度を取って追い返したところで別に罪には問われないだろう。

だが、この手の酔っ払いは質が悪い。

お爺さんは終始、下出に出て、割りと丁寧に話していた(やや支離滅裂な言動だが)

こちらが冷たい態度を取り、拒否反応を起こせば激怒する可能性がある。

そうなると喧嘩になるし、営業妨害で非常に迷惑だ。

仮に喧嘩をしても、若い筆者の方が当然勝つ。

だが、それをすれば傷害罪だし、最悪、死んだら殺人となる。

次の日の朝刊に「コンビニ店員、客の言動に激怒し殺害」等と書かれるだろう。

喧嘩をしなくて済むのならそれに越したことはない。

と、言う訳で警察を呼ぶことにした。





警察が来る間、お爺さんは外で煙草を吸いつつ酒を飲んでいたが、話し相手が欲しいのか筆者を呼び、「無銭飲食をして捕まった経験がある」「家出をしてきた」「三重県から来た」等と色々な話を一方的にしてきた。筆者はそれに頷くだけ。この頷くだけでも相手からすると話を聞いてもらえたと思っているらしく、お爺さんは感動したのか、筆者に握手を求めてきた。正直嫌だったが一応握手をしておいた。




お巡りさんがその後駆けつけ、2人でお爺さんを説得。筆者は棚掃除を再開し、後はおまかせした。しかし、30分経っても帰る気配を見せない。いつの間にかお巡りさんも6人ぐらいに増えていた。新聞配達の兄ちゃんやパンの配送のおじさんがその光景に怪訝な表情をしつつ、仕事をしていく。それから1時間30分ぐらい経った。婦人警官の人が手を洗わせて欲しいとの事でトイレを開放した。




※この地区のコンビニでは夜間のトイレは貸出していない。

張り紙に「当店にトイレはありません」と書いている店もあるほどだ。




その人に話を少し聞くとなんとか帰っていったらしい。

まあ、パトカーはタクシーじゃないから一々送って行ったりはしないな。

「お疲れ様です」と婦人警官さんにお礼を言い、また仕事に戻る筆者。

喧嘩にならずに済んでよかったとホッと安堵の息を吐いたのであった。



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