エピソード3 痴漢ビジネス
満員電車に乗っている中年の男が若い女に腕を掴まれた。
「この人、痴漢です」
中年の男は一瞬、呼吸が止まったが直ぐに否定した。
「俺は触ってない」
「触りましたよね?」
「触ってない」
「あの人、両手がふさがってたぞ。触ってたか?」
「いや、見てないから知らね」
傍にいた乗客の会話は2人に聞こえなかったようだ。
「俺が触ったという証拠はあるのか?」
「まだ認めないんですか?」
「触っていないのに認めるわけないだろう」
中年の男は痴漢を認めようとしなかった。痴漢の事実がないのだから当然だ。
「俺、この人が触ってるの見ました」
「あの……私も見ました」
中年の男は痴漢をしていないはずだが、なぜか2人の男女が「見た」と証言をした。
「見間違いじゃないか? 俺は触っていない」
「見た人が2人もいるんですよ。まだ嘘をつくんですか? とりあえず次の駅で降りましょう」
痴漢を疑われた中年の男は青井駅に降ろされた。犯行を目撃したと証言した男女も一緒だ。
「私、駅の人を呼んできます」
「お願いします」
「痴漢するなんて男として最低ですね」
中年の男は若い男に腕を掴まれている。
「やってないって言っているだろう。俺の無実を証明できる人間がいるはずだ」
「見た人が2人もいるのに嘘つかないでください。最低です」
痴漢の被害を主張した女が中年の男を非難した。
「見間違いだろう」
「2人もいるのにそんなわけないじゃないですか。往生際悪いっすねー」
と、やりとりをしている間に駅員が到着した。
「この人ですね。詳しい話を伺いたいので事務室に来てください」
「行く義務はない」
「話を聞くだけですから」
「俺はやってない。離せ」
中年の男は若い男の手を振りほどいて線路に降りたが、それがあだとなった。
「おおおお!?」
「きゃああ」
中年の男は電車に轢かれた。
悲鳴が聞こえる中、痴漢の被害を主張した女が舌打ちをした。
その日の夜、痴漢現場に居合わせた男女3人は居酒屋にいた。
「はははは。逃げて死ぬなんて馬鹿丸出しよねぇ」
目撃者の女が酔っ払いながら中年の男を罵倒した。
「だよねぇ。きゃはははは」
「笑いごとじゃねーよ。金を取れなかったじゃねーか」
「面白いモン見れたんだから、いいじゃない」
「よくねーよ。おい、金は払ってくれるんだろうな?」
金銭を要求した男の名前は剛田鎧刀。知人の金手芽亜―痴漢の被害を主張した女―に嘘の痴漢の目撃者になれば見返りにお金を渡すとそそのかされて魔富得知花とともに目撃者を演じようとした。
当初は男から示談金を受け取る目論見だったが電車に轢かれて死んだため失敗した。
「はぁ? なんで払わないといけないの?」
「約束が違うぞ。嘘の目撃証言をしたら金を払うって言ったじゃねーか」
「あのオヤジから金を取れなかったんだから仕方ないじゃない」
「それなら別のオヤジをハメるぞ」
「私はそうするつもりだけど、お前はダーメ」
「んでだよ」
「警察に私たちは面識がないって言っちゃたから、また目撃者として名乗り出たら怪しまれるでしょう?」
中年の男が死亡した後、芽亜達は警察から事情を聞かれたが共謀していることを疑われないように自分たちは面識がないと答えた。
再び共謀して痴漢をでっちあげた時、警察に面識がない人が同じ車両に乗っていることの偶然性を疑われて自分達が共謀していることを感づかれると困るため芽亜は鎧刀の誘いを拒否した。
「大丈夫だって」
「ダーメ」
「知花はどうすんだよ」
「私は痴漢の被害者になるから問題なーい。アンタは他の女の子に頼みな」
「そんな簡単に見つかるかよ」
「がんばれ~」
芽亜と知花が同時に喋った。
「おい、ふざけるな」
「ははははは」
「おわー」
後ろを振り向いた鎧刀が驚いた。
「驚かすなよ、おっさん。俺の目の前から消えろ」
「キモ。アンタ、誰に向かって喋ってるの?」
「は? ここにおっさんがいるだろ」
「いないじゃん」
鎧刀の目の前に、口を閉じ眉間にしわを寄せて怒りをあらわにしながら睨んでいる中年の男がいるが芽亜と知花には見えていない。
「いるだろ」
鎧刀は中年の男を触ろうとしたが手がすり抜けた。
「え? ヤッベー。俺、幽霊見ちゃったかも」
「キモ」
翌日、芽亜と知花は彼女たちが嘘の痴漢に仕立て上げた男の手によって自宅で殺された。
「クソッ、コイツもダメか」
スマートフォンの画面を見た鎧刀は不満げな表情になった。
芽亜と知花が死亡したことを知らない鎧刀は嘘の痴漢を仕立て上げるために知り合いの女達に協力を要請しているが、応じる女がいない状況となっている。
「次はコイツだ……ん? おわぁ」
中年の男が窓をすり抜けて鎧刀の部屋に入ってきた。
「……お前は俺が見えているようだな?」
「あ?」
「見ての通り幽霊だ」
「幽霊?」
中年の男は鎧刀の体をすり抜けた。
「嘘……だろ……」
「俺が見るなら都合がいい。少し話をしよう」
「あ? 話ってなんだよ」
「俺を覚えているか?」
「誰? 知らね」
「昨日会ったはずだ。知らないとは言わせない」
「……あー、あの時の逃げて死んだバカな痴漢か」
鎧刀は目の前にいる中年の男のことを思い出した。
中年の男の名前は財円英治。鎧刀達に痴漢に仕立て上げられそうになったため逃げるが電車に轢かれて死亡。後に幽霊となり再び嘘の痴漢を仕立て上げようとした芽亜と魔富得を殺した。
「何で俺の部屋が分かったんだよ……」
「そんなことはどうでもいい。お前、金欲しさに俺を陥れようとしたそうだな?」
「……ははっ。なんで、そのことを知ってるか知らねーけど俺に復讐しにきたのか?」
「お前がまた痴漢をでっちあげるなら殺す……」
「ははっ、死んだ人間に何ができるんだよ、バーカ。俺は偽の痴漢で男から金を貰うつもりだ。殺せるなら殺してみろ」
鎧刀が英治に取り憑かれてから8日間、彼は無実の痴漢を仕立て上げるために知り合いの女に手当たり次第協力を要請したが、応じてくれる女がいなかったため痴漢をでっちあげて示談金を得ることを諦めた。痴漢の被害者は女でなければならないと考えているためである。
その様子を見た英治は鎧刀を殺す必要がないと判断して彼の元を去った。
英治に不快感を覚えていた鎧刀は彼がいなくなって清々したが、平穏な時間は長く続かない。
英治が去った翌日の朝、鎧刀は部屋にいる英治と見知らぬ少女(平坂美夜)に驚いた。少女は折り畳み式の携帯ゲーム機を遊んでいる。
「誰だ!?」
「あ、剛田さん。こんばんは」
「おぉ?」
侵入者であるにもかかわらず見知らぬ少女が平然と挨拶をしたため鎧刀は思考が一瞬止まったが、すぐさま目の前の異常な状況を理解してスマートフォンで警察に通報しようとした。
「警察を呼んでも無駄ですよ。私も幽霊ですから……わぁ、何するんですか!」
スマートフォンを奪った美夜を鎧刀が殴った。
「すり抜けた!?」
「私も幽霊って言ったじゃないですか」
「……幽霊? 人の部屋で何をやってるんだ? 消えろ。なんでオメーもだよ」
鎧刀が美夜と英治に部屋から出るよう命令した。
「剛田さんに聞きたいことがあって来ました。質問に答えてくれたら消えますよ」
「あ? 消えろ」
「剛田さん、嘘の痴漢の協力者を探してるみたいですけど……」
「だからなんだ? お前が知る必要ねーだろ。早く消えろ」
「女の人とグルになって、この人から示談金を取ろうとしませんでしたか?」
美夜は鎧刀の言葉を無視して話を続けた。
「黙れ!」
「痴漢をでっちあげたんですか?」
「いい加減にしろ、クソ幽霊」
「否定しないってことは、本当なんですか?」
「しつけーな。金が欲しかったから、そいつをターゲットにして痴漢をでっちあげたんだよ」
「やっぱり……。最低ですね。剛田さんのせいでこの人は亡くなって、息子さんは学校でいじめられてるんですよ。近所でも……」
「俺には関係ねーよ。勝手に線路に逃げたそこのバカが悪いんだろ。どーせなら金を払ってから死ねよ。」
「チッ。クソ野郎が。〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇ばいいのに」
「なんで会ったばかりのオメーにそこまで言われなきゃいけないんだよ」
「身勝手な理由で人を死なせたからですよ。……わぁ」
鎧刀が美夜を蹴った。
「とっとと消えろ」
「用が済んだので消えますよ。あ、このスマホは借りますね」
「おい、ふざけんな。返せ!」
「4、5日後には返しますよ。なにかあれば、その人に伝言してください」
そう言い残して美夜は鎧刀のスマートフォンを持ったまま床をすり抜けて部屋を出た。
「テメェ、ふざけんな。殺すぞ」
鎧刀が英治に食ってかかるが英治は無視をした。
4日後の朝、スマートフォンが戻ってきたが自身のドクーワ(200字以内の文を投稿することができるウェブのサービス。投稿した短文は独り言とよばれている)を見た鎧刀は呼吸を忘れるほど驚いた。
「なんだよ、これ……」
『痴漢をでっちあげて示談金ゲーット。俺、目撃者だけど女から見返りに金を貰った。警察がバカすぎて草』という書き込みとともに示談書と1万円札が10枚写っている画像が投稿されていた。
他にも『そういえばこの前、赤太駅で痴漢を疑われた男が逃げて死んだけどあれ俺たちがハメようとしたんだよ。金取る前に死ぬなよ』という書き込みもある。
さらに批判的なコメントに対して『警察が間抜けなんだよ」や「俺も女に生まれたかったー」と挑発する書き込みがされていた。全て鎧刀がスマートフォンを奪われていた間に投稿されている。
この「独り言」が既にインターネット上に広まり勝手に投稿された文章を削除したとしても手遅れとなっていた。これらを投稿したのは美夜である。
「ざけんな。なんだよこれ。なんなんだよ。……あのクソ幽霊だな」
すぐに犯人が分かったが、美夜も英治も鎧刀の前から姿を消していた。
2日後、痴漢を仕立て上げるのを諦めていた鎧刀は自身が偽りの被害者を演じることで示談金を得ることを思いついた。早速、実行するも警察に感づかれて虚偽告訴罪で逮捕された。
一方、美夜は英治の自宅にいた。
「あのドクーワ、息子さんのクラスメートも見たようです。息子さんに同情してる子もいました。みんな、あの独り言を信じてますよ。財円さんが痴漢をしたという誤解はほぼ解けたと思います。逃げた事実はどうにもならないですけど」
「誤解が解けたのか。これで息子が、いじめられなくなるといいけどな……」
「たぶん大丈夫です。財円さんの痴漢をからかう子はいませんでしたから」
「そうか……ありがとう。息子のためにいろいろやってくれて」
「いえいえ。近所の人も何人か、あのドクーワを見たそうですよ。アイツが逮捕されて財円さんの件も冤罪だったと報道されたので誤解が解けるといいですね」
「ああ、そうだな」
「さて財円さん」
「なに?」
「奥さんと息子さんからの依頼です。財円さんを成仏させます」
「成仏? そんなことできるの?」
「できますよ。どうしますか?」
「妻と息子の頼みなら、やってもらおう」
「分かりました」
美夜が歌い終わると財円は光に包まれて消えた。
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