エピソード1 事故物件

 7歳の少年が部屋で携帯型ゲームを遊んでいる。

 少年の部屋はマンガやオモチャが散乱しており、学習机は教科書や学校から貰ったプリントが乱雑に置いてある。

「栄太、夕ご飯できたわよ」

 栄太の母親が部屋に入ってきた。

「うん、分かった」

 栄太はゲームをやめ母親を見つめた。

「ねぇ、お母さん。今度出る新型ゲーム機を買ってよ」

「ダメ! 買わないわよ」

「なんでー」

「中古で買ったこの家のローンが残ってるから、そんなお金はない」

「えー、じゃあお父さんに聞いてみよう。いつ買い物から帰ってくるの?」

「お父さんに聞いても無駄よ」




「ただいま」



「お帰りなさい。ん? そのケガはどうしたの?」

 数時間後、栄太の父親が帰ってきたが何があったのか手や足に軽い怪我をしている。

「自損事故を起こした。たいしたケガがなかったのが幸いかな」

「自損事故って……あなた事故は何回目?」

「3回目かな。でも、その内の2回は俺が被害者だ」

「はぁ~。栄太は学校でいじめられているし、泥棒に入られたことがあるし、この家を買ってから良くないことが起こるわね。もしかしてあの幽霊の仕業かしら……」

「気のせいだろ。栄太やお前は幽霊を見たって言ってるけど俺は見たことがない。ただの偶然だ」

「そうだといいんだけど……」


 栄太の母親である椎野日衣実|(しいの びいみ)とその夫は中古の家を購入。椎野家は3代目の購入者だが保存状態は問題なかった。

 しかし住み始めてから夫が2回事故に遭い、栄太は学校でいじめられるようになるなど良くないことが立て続けに起きている。

 日衣実と栄太は家で女の幽霊を目撃することがあるが、夫は見たことがない。さらに日衣実は夫や栄太が死んだり自分が自殺したりする悪夢を見ることがある。悪夢に必ず女の幽霊が出るため、続けて起こる出来事は幽霊の仕業と考えているが夫は気にしていないのが現状である。




日衣実の夫が自損事故を起こしてから数日後



 電話がなり日衣実が受話器をとった。

「え……主人が脳出血で……」

夫が脳出血で倒れたという内容だった。

目の前には人を小馬鹿にしたような不気味な笑みを浮かべている女の幽霊がいる。




日衣実の夫は一命を取りとめたが左半身が麻痺した状態となった。

 『偶然では済まされない。家にいる女の幽霊が不幸を起こしている』 日衣実はお祓いをしてもらった方がいいかもしれない、と考えるようになった。

 

 

 



日衣実の夫が倒れてから数週間後、見舞いが終わり日衣実は帰宅した。

「今度は6位かよ。お姉ちゃんヘタだなぁ」

「うるさいなぁ。レースゲームは苦手なんだから仕方ないでしょ」

「じゃあ、他のゲームをやろうよ」

「いいよ。……この格闘ゲームをやろう! いろんなキャラを使えるから面白いよ」

日衣実は違和感を覚えた。一人で留守番をしているはずの栄太が誰かと会話をしている。『お姉ちゃん』と言ったのでクラスメイトではない。近所に「お姉ちゃん」と呼ばれる知り合いはいないし親戚が来るという話も聞いていない。

 日衣実は不思議に思いながら栄太の部屋のドアを開けた。そこには息子と一緒にテレビゲームを遊んでいる女がいる。見た目は18歳くらいで明らかに栄太と歳が離れているが、日衣実はその女を知らない。

 

「誰!?」

日衣実は、見知らぬ女が息子の部屋にいることに驚いて後ずさりをした。

なぜ自分の家にいるのか、なぜ息子と一緒にテレビゲームを遊んでいるのか、そもそも何者なのか様々な疑問が湧く。

「お母さん、お帰り。お父さんはどう?」

「元気だから大丈夫よ。……栄太、その女の人は誰?」

「結城怜子さんだよ。れいの、なんとかだって」

「初めまして、日衣実さん。突然、お邪魔してすみません。結城怜子と申します」

 女は丁寧におじぎをした。少なくとも強盗犯ではなさそうだ。

 怜子と名乗った女はセミロングの黒い髪を低めの位置に結んでポニーテールを作っている。凛とした雰囲気を出し、力強さの中に優しさを感じる目が印象的。彼女が履いている黒いチノパンは普通だが、フルオーバータイプのパーカーには帽子を被って剣を構えている少年のイラストが描かれている。

「え~と、あなたは栄太とどういう関係ですか?」

「このお姉ちゃんは友達だよ。いろんなゲームを持っててすごいんだよ」

「栄太は黙ってなさい」

「はーい」

「栄太君とは今日、会ったばかりです。この家に住みついている幽霊について話がしたくて日衣実さんを待っていました。私なら解決できるかもしれません」

「えぇ?」

 日衣実は怪しいものを見るような顔をした。


「栄太君から聞きました。この子、学校でいじめられているそうですね」

「あんた、この人に話したの?」

「うん……」

「この子のお父さんは今、入院していますよね? この子には働き過ぎて倒れたって説明したみたいですけど、本当の原因は脳出血じゃないですか?」

「なんでそれを……?」

「入院する前は2回事故に遭って、つい最近も自損事故を起こしましたよね?」

「あんた、そんなことまでこの人に話したの?」

「事故のことは話してないよ」

「そして、この家にいる女性の幽霊が日衣実さんの夢に出ているはずです」

 日衣実が恐怖に怯えたような顔をしている。夢のことは夫にしか話してない。

「あなた何なの? どうやって調べたの?」

「霊視で情報を得ました。私は報酬を貰って悪霊を除霊している者です。栄太君へのいじめ、旦那さんの事故・入院……全て悪霊の仕業です。この家にいる悪霊を除霊すれば解決します」

「何が言いたいの?」

「私が除霊します」

「突然、人に家にあがりこんで何事かと思ったら悪霊を除霊します? あなた非常識じゃない?」

「…………」

「帰って。あなたには関係ないでしょ」

「お母さん……」

「……分かりました。今日は帰ります」 

子供のいじめ、旦那の事故、入院。続けて良くないことが起きている上に女の幽霊が夢に出てくるため日衣実は精神的に疲れている。さらに怜子と名乗る女が現れて、一気に神経がすり減らされた気分になった。

だが、旦那の事故や脳出血、女の幽霊が夢に出ることを言い当てたことは事実だ。 

日衣実は思った。「この子は只者ではない」と。

「待って。あなた、解決できるかもしれないって言いましたよね? 話だけでも聞いてみようかしら」

「ありがとうございます。まずは場所を変えましょう。ですが、その前に言っておきたいことがあります」

「なんですか?」

「驚かないでください。と言っても大抵の人は驚きますけど……。実は私も幽霊なんです」

「はぁ?」

突然、訳の分からないことを言った怜子と名乗る女は、壁や栄太の体をすり抜けた。

「お姉ちゃん、すげー」

 栄太が目を輝かせて喜んでいるが日衣実は呆然としている。

「あ、でも悪い幽霊ではありません」

「そ、そう……」



 あの幽霊に話を聞かれると不都合ということで場所を変えて話をすることになった。

 道中で怜子と名乗る女が、19歳であることや悪霊退治を始めて7カ月しか経っていないこと、そして改めて自分が幽霊であることなど自己紹介をして3人はファミレスに入った。




「では早速、本題に入ります」

 子供に恐怖を与える話ということで栄太は少し離れた場所に座っている。

驚くことに入店時も注文をする時も店員は怜子と名乗る女のことを無視した、というよりは見えていないようだった。どうやら本当に幽霊らしい。


「あの家には悪霊が住み着いています。正体は最初に住んでいた女性です。あの家の持ち主だった男性はガンで、子供は事故で亡くなっているそうです」

「どうしてそんなことが分かるの?」

「あの幽霊の話を聞きました。それと……これを見てください」

 そう言いながら怜子と名乗る女は日衣実にスマホを見せた。

「これは何ですか?」

「過去に自殺や殺人などで人が亡くなっている建物の情報を投稿するサイトです」

そこには本来の持ち主である男性がガンで、子供は事故により亡くなっていること、残された妻は家を売って引っ越したことが書いてある。投稿日は日衣実達が住み始めるよりも前だ。

「旦那さんと子供に先立たれて強い絶望を残したまま亡くなった奥さんが悪霊となって祟りを起こしています。このまま放置すると良くないことが起きるかもしれません」

「……どうなるんですか?」

「私と同じ目に遭わせる、そう言っていました。旦那さんや栄太君に不幸な出来事が続いて最後は2人とも亡くなってしまうかもしれません」

「…………」

怜子と名乗る女の言葉に日衣実は絶句した。

「でも安心してください。私なら除霊できます。料金として前払いで現金8万円をいただきますが……」

「除霊すれば不幸なことは起こらなくなるのですか?」

「少なくともあの幽霊による祟りは終わります」

「……本当に除霊できるのですか?」

「できます。万が一、除霊に失敗したら返金します」

「そうですか。……少し考える時間をください」

「分かりました」

怜子と名乗る女はメールアドレスが印字されている紙を置いた。

「もし除霊を依頼されるなら現金8万円を用意した上で希望の日時をここに送ってください。お金を受け取ったら即、除霊をします。1週間以内に連絡がなかったらこの件はなかったことにして二度と日衣実さんの前に現れません」

「……分かりました」

「24時間いつでもメールを待ってますが何を聞かれても私は一切、返信をしません。質問は直接、会って答えます。では失礼します」

 怜子と名乗る女は席を立って帰った。

「栄太君、バイバイ」

「バイバーイ。お母さん、話は終わったの?」

「う、うん。私達も帰りましょう」




 

 

 5日後、日衣実は考えた末、結論を出した。

家族が救われるなら、あの少女に賭けてみる価値があるかもしれない。そう思った日衣実は怜子と名乗る女に除霊を依頼した。



「こんにちは」

 約束の日、怜子と名乗る女がやってきた。半袖の黒いジャージを着ている。

「本当に来てくれたんですね。これ約束の8万円です」

「ありがとうございます。早速、除霊をします」

 怜子と名乗る女はカバンから黒い懐中電灯を取り出した。

 見た目は普通の懐中電灯だが、持ち手に『ビューティーナイ灯』という文字が刻まれており先端はマイクのようになっている。

「それ懐中電灯よね?」

「普通の懐中電灯ではありません。これを使って幽霊を成仏させるんです」



 怜子と名乗る女が女の幽霊と対峙した。

「もうこの家に住む人を苦しめるのはやめなさい」

「また……お前……」

 懐中電灯の光を当てた。

「え……それだけ?」

 日衣実は懐中電灯の光を当てただけの行動に不信感を抱いた。「ふざけているのか」と思った瞬間、女の幽霊が苦しみだした。

「あああ」

 再び光を当てた。

「ああああ」

 もう一度、光を当てる。

「痛い……。お前……なん……なの」

「この家の人を苦しめるあなたを強制的に成仏させます」 

「じょう……ぶつ……? 邪魔を……しないで」

跳びかかってきた女の幽霊に正拳で3発突いて、足指の付け根で前方に蹴り飛ばした。

さらに懐中電灯の光を当てる。

「ああああ。これは……何……? この光は……。お前……邪魔……お前から……ころ……」

 女の幽霊が再び跳びかかってきたが、怜子と名乗る女は左腕を掴み背負って投げた。

 すかさず光を当てて十数秒後に女の幽霊が大きな声を上げた

「ああああああ」

「よし! 今ならいける」

 怜子と名乗る女は持ち手の先端にあるマイクで歌いだした。美しく澄んだ歌声、癒されるような気分になる歌だ。

「……私と……同じ……くる……し……みを……」

 女の悪霊が霧のように消えた。

「……終わったんですか?」

「はい。これで除霊は完了です。もうあの女の幽霊による祟りはなくなると思います」

「そうですか……」

「では私は帰ります。後日、料金を受け取りにもう一度来るので5万円を用意しておいてください」

 その日から女の幽霊が現れなくなり、栄太のいじめがおさまってきた。

 日衣実は怜子と名乗る女にお礼のメールをしたがアドレスが変更されており、再び会うことはなかった。

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