第2章 第7話 武装

「それではまず、戦いのための準備を整えよう。

 流石にその格好で戦うのは無理があるからね。」


杏華はそう言われて自分の姿を見直すと

ドレスは胸から下が引裂かれていて、下着が丸見えだった。



「いやぁぁぁ! 見ないで!!」

杏華は両手で身体を隠すと、その場にしゃがみこんだ。



「ドレス姿もいいが、戦闘には不向きだからね。

 勿体ないが、衣装替えだ。」


メフィストはしゃがみこんだ杏華の頭に手を乗せるとそう言った。



杏華は再び自分の身体に熱い何かが流れ込むのを感じた。

それは胸の奥深くに流れ込むと、複雑な模様に変化し胸の内を焼いた。



「熱い!」

身体の中に焼印を押し付けたような感覚に、思わず悲鳴を上げた。



だがそれはイメージではなく、杏華の胸の奥から青白い炎が噴き出すと

たちまち全身が炎につつまれ、杏華の全身が炎に包まれた。


まとっていたドレスは、その炎により一瞬であとかたもなく消滅した。


「!!!」

身体全身を覆う炎への恐怖で杏華は目をつぶった。




「終わったよ。」


メフィストの声におそるおそる目を開けると

目の前でメフィストが微笑んでいた。


「ちょっと、いきなり何するのよ!」

恐怖への反動もあり、メフィストに憤りをぶつけた。



「だから着替えだよ。

 あのボロボロのドレスじゃ戦い難いだろう。」


悪びれずに言うメフィストに余計に腹がたった。



「着替えって、あんなの服でもなんでもないでしょ!」

全身をつつんだ炎の熱を思い出し、逆に寒気を覚えた。



「ほらほら、落ち着いて自分の姿を見てごらん。」


メフィストは離れた場所にある鏡に杏華を向かせると

鏡に写った杏華を指さした。



「!」


そこには全身を黒い衣服で身を包んだ杏華が写っていた。

その服はフォーマルドレスとは正反対の服装だった。



ロッカーや不良が着ていそうな、皮のジャケットを羽織り

その下も皮のボディースーツの様な服だった。



両手両足は、それぞれ肘や膝まであるグローブやブーツに覆われ

その姿は悪の組織の女スパイを彷彿とさせた。


それぞれの部位にはベルト状の飾りが無駄に巻き付き

より悪役風な雰囲気をだしていた。



「ちょっと何これ!?」


杏華はコスプレじみた格好に恥ずかしくなり、メフィストに抗議した。



「いいだろう、動きやすい上にデザイン性も高い。

 しかも軽くて防御力もそれなりにある。」


メフィストは杏華の批難を涼しい顔で受け流すと、得意げに言った。


「この装備なら悪魔の魔法攻撃を大幅に軽減できるし

 魔力供給で破損個所の修復も可能だ。」



「そういう事はじゃない!

 どうして私がこんな恥ずかしい格好しなければならないの!」


人の話を聞かないメフィストに対し、杏華はキレ気味に言い切った。



「おや、気に入らないのかい?」


メフィストは驚いた感じで聞き返した。


「当たり前でしょ!

 こんなの恥ずかしい格好じゃ戦えないよ!」


杏華は身体の前側を両手で隠しながら、訴えた。



「そうか、気に入ってもらえると思ったんだけど…。」

メフィストは心持ちしょんぼりした感じで返答した。



「いやいや、ないから。

 こんな服で喜ぶのは男の人だけよ!」



「ふむ、困ったな。

 予備の用意があればよかったのだが…」


「魔力の大半をこれの製錬に回したから

 これがダメだとなると…、う~んそれだと防御に不安が残るな…」

 

メフィストは何やらブツブツ言っていたが


「うん、しかたないね。今回はこれで我慢してくれ。

 裸で戦うよりは全然ましだろう? まあ、どうしてもと言うなら止めないが…。」


さっぱりした顔でそう言い切った。



「ええええええええええ」

それは心の底からの声だった。



「デザインは少し気に入らないかもしれないが

 性能はピカイチだ、それは僕が保障する。」


その後も少しごねたが、結局今はデザインうんぬんよりも

悪魔に勝つことが優先だと自分を無理やり納得させた。



この服なら悪魔の攻撃を受けても、杏華の変わりにダメージを服が受けてくれるらしい。

戦いに自身の無い杏華には、頼もしい能力だ。



「次に武器だね。

 流石に素手で戦うのは無理がある。」


そう言うとメフィストはどこからかともなく巨大なナイフを取り出した。

それはナイフと言うのは大きすぎたが、形状はどう見てもナイフだった。



そのナイフにはいたる所に不気味な装飾が施されており

呪われた武器と言われてもおかしくない禍々しいデザインだった。



言われるままナイフを受け取るったが、柄を握った瞬間鈍く光った気がした。



「その武器も僕が作った魔法の道具だ。

 武器なんてつかった事が無いだろうから、今はこれぐらいが調度良いだろう。」



確かに武器があったほうが良いが、できれば銃みたいに

遠くから攻撃できる武器が良かった。



「銃や大砲みたいなのは無いの?」

物はためしと、とりあえずだめものとで聞いてみた。


 

「無くは無いが、扱うには繊細な魔力コントロールが必須だからね。

 今の君にはまだ無理なんだ。」


「この武器なら、相手に切りつけるだけで効果がある。

 魔力のコントロールが出来ない君でも十分戦力になる。」



「まあ魔力コントロールはじっくり時間をかけて習得するものだから

 今の君ができなくても当り前さ。」


最後は少しフォローするように言った。



「わかった…。」


少し残念だが、今はこの武器でなんとかするしかない。



「じゃあ君の準備は整った。

 次は僕の番だね。」


そう言うとメフィストは大きなマントを取り出し、まるで手品師のように自身の全身覆った。



マントが再び翻ると、そこには黒い翼の意匠をほどこした衣装を着たメフィストが立っていた。

その姿はまるで舞台衣装の様に派手で、いかにも堕天使と言わんばかりのデザインだった。



「どうだい雰囲気でてるだろう。」

 メフィストは上機嫌で言った。



「悪の組織の幹部みたいだね…。」


その服装にどんな意味があるかは分からなかったが

どうみても悪の組織の一員だった。


「別に僕達は正義の味方ってわけではないしね。

 自身の利益のために戦うという意味では大差ないさ。」


メフィストは杏華の感想をまったく気にせずに返答した。





「さてこれで準備は整えたが…、その前に一つ相談だ。」

メフィストは突然真面目な顔になって言った。



「既に気付いていると思うけど、君の身体は全身の痛覚を大幅にカットしている状態だ。」



「本来は契約者でも痛覚は常人と変わらないから、腕がもげたり内臓を引きづり出されたら

 それこそ死ぬほどの痛みでのた打ち回るのが普通だ。」



「だから肉体的に不死でも、痛みによる精神的なダメージで

 先に精神が壊れてしまう事も珍しくない。」


そう言われ、自分が何故あの悪魔の残虐な行為で痛みを感じなかったかを初めて理解した。



「だから、ある程度不死に慣れるまでは、痛みをカットして戦うのが普通なのだが

 これにはデメリットもある。」


メフィストは、杏華に問いかけるような視線を送った。


「痛みが無いデメリット?」

釣られるようにそう返したが、杏華にはその答えは分かっていた。



「痛みが無いと、自分の身体の状態を正確に把握できない…。」



先ほど悪魔に内臓を引き釣りだされたが、鏡で見るまでは何が起こっているか理解できなかったのだ。



メフィストは嬉しそうに頷いた。



「そうだ、戦闘では一瞬の判断が勝敗を分ける事もある。

 痛みを避ける事を優先するか、自分の状態把握を優先するか。」



「このままでは、手足が無いのに気付かず敵に突撃してしまうかもしれない。」

 と嘆かわしそうに言った。


何の事かと思ったら、要は今自分の身体に施された痛みの制限を解除したいらしい。


「だったら制限をかけた時と同じに、勝手に戻せばいいのに。」と言いたかったが

 正直痛みのカットを解除するのは、気が引けた。


またさっきのように悪魔捕まったら…


そう考えた瞬間、脚が竦み全身に怖気が走った。

両手で胸を締め付けながら、ふら付く身体を足に力を籠めなんとか支えた。


 

「…」


震えながら黙ってしまった杏華を冷ややかな眼で見ていたメフィストは

そっと優しく肩に手を置いた。


「別にすぐにってわけじゃ…」と言いかけたが 



「痛みを戻して!」

杏華の叫んだ声にかき消されて消えた。



メフィストは少し驚いた顔をしたが、すぐさま何時もの顔に戻ると


「そうなのかい?」


「あくまで今後の話だから

 僕としては今すぐでなくても良いのだけどね。」



杏華の覚悟を測るように聞いた。



杏華は涙目の顔をぷるぷると横に振った。


「いいの、悪魔に勝つには必要なの!

 痛みを恐れてたらきっと悪魔には勝てないから!」


そう言いきったが、何故そう思ったかは分からなかった。



分かる事は、あの悪魔が自分の身体を玩具にした時

自分が何も理解できなかったのが、酷く悔しいかった事だけだった。




「わかった。

 もう覚悟ができているなら痛覚を戻させてもらおう。」


「流石に完全に戻すのはまだ危険だから

 リミットは設けさせてもらけどね。」


そう言うとメフィストは杏華の頭に手をかざした。


メフィストが声にならない程度の呟きが聞こえた瞬間

手が触れた場所から、何かが自分に流れ込んでいる感じがした。



それは頭の中をゆっくり蠢き、次第に渦巻くように激しく動き始めた。

余りに気持ち悪い感覚だったため、嘔吐しそうになるのを必死にこらえた。



「よし終わったよ。」


暫くしてメフィストの声が聞こえたが、眩暈が酷く何も返事ができなかった。



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