第2章 第6話 不死者

ドスッ

何かが落ちた音に杏華は目を覚ました。



寝ぼけナマコであたりを見渡すと、そこは金色に輝く美しい内装に囲まれた

西洋の貴族が使うような豪華な部屋だった。



目の前には外国人と思われる壮年の男性が立っており

自分を興味深げに見ていた。



男性は昨日見た執事同様背筋をまっすぐにした姿勢で立っており

ただものでは無いオーラと気品があった。



「お目覚めですかね、レディ」

外国人だと思った男性は、流暢な日本語で杏華に語りかけた。



男性の言葉に慌てて頷く素振りをするが、首が上手く動かなかった。



「失敬、初めてお会いしたというのに自己紹介を忘れておりました。」

男は反応できない杏華に気を悪くもせず、上機嫌に言った。



「いやいや、私もあなたの様な特別な方にお会いするのは

 実は初めてでして、ついつい礼儀を失してしまいました。」



「私の名はニクロス、バロン(男爵)の爵位を授かっております。

 短い間になるとは思いますが、どうぞお見知りおきを。」



男はそう名乗ると、丁寧にお辞儀をした。



「悪魔?」

なぜそう思ったのか分からないが、杏華の口からその言葉が洩れた。



「いかにも。

 察しが良くて助かります。」

悪魔はそういうと微笑んだ。



前に見た悪魔と違い、今回は人間と変わり映えしない姿だったので

あまり危機感を感じなかった。



普通に話ができるうえに、相手はこちらに対して好意をもっていそうな雰囲気が

その様な印象を与えたのだ。



「メフィストみたいな悪魔なのかも…。」

なんとなくそう思った。



でも、それなら余計に警戒した方が良いと思い直したが

身体は何かで固定され、まったく身動きする事が出来なかった。



手の指先や膝下は動かせるが、肝心の身体は

姿勢を変えるどころか、顔の向きを変える事すら出来なかった。



一体私の身体はどうなっているの?



懸命に脚をばたつかせても、何も触れない事から

どうやら杏華の身体は宙に浮いているように固定されているらしい。



自分の状態を確認したいが、頭は完全に固定されているため

動かせるのは目だけだった。



「どうすればいいの…。」



悪魔の前で身動きが取れない焦りから

全身に嫌な汗が流れてだしてきた。



相手から目を離さず相手の動きを警戒するが、正直このままではどうしようも無い。



「実は不死者を見るのは、これが初めてなのですが本当に死なないんですね。

 ここまでして尚も平然としているのは、正直驚きです。」



悪魔は杏華を賞賛する様な事を言っているが

焦る杏華はその内容を半分も聞いていなかった。



尚も平然としている杏華を見て

悪魔は何かを感じ入ったらしく、感嘆の声を上げた。



「ここまでとは、想像以上ですね…。」

悪魔は額の汗をハンカチで拭った。



「ああ、我々はこんな化物を相手にしなければならないのですね…。」

悪魔は嘆く様に呟くとこちらに歩み寄ってきた。



「!」

身動きの取れないこの状態では、相手に何をされても防げない。



何とか身体を動かそうと全身に力をいれるが

先ほどと変わらずびくともしなかった。



悪魔は杏華の目の前まで近寄ると、足元から何かを拾い上げた。



それは赤黒くプヨブヨした何かの塊だった。

表面は濡れているのか薄らと光を反射し、ポタポタと粘り気のある雫がしたたり落ちていた。



「気持ち悪い…。」

生理的に受け付けない造形に、思わず呟いた。



よくそんな汚らしい物に触れられるなという場違いな事を思ったが

悪魔なのだから、その辺の感覚は人間と違うのかもしれない…。



「色、艶、臭い、どれも申し分ありません。」

悪魔はうっとりとした顔でその塊を両手で掴むと頬ずりを始めた。



悪魔の顔は絵具を塗りつけたように赤黒く染まったが

そんな事はまったく気にならないようだった。



杏華は嫌悪感から顔を顰めたが、何故かそれから目が離せなかった。



「流石活け造りですね、ドクドクと熱く脈打っていてたまりません。」

悪魔は恍惚の表情で、その塊の表面を舌を出して舐め回した。




「!」


もしかしてあの塊は生き物なの!?

杏華は怖気だち全身に鳥肌がたった。



確かに良く見れば、それは血まみれの肉塊に見えた。

そのあまりの生々しさに、吐き気を催したが何とかこらえる事ができた。



見た目は人間と大差無いが、やっている事は悪魔その物だ。



会話が出来る事で生まれた淡い期待は霧散した。

このままでは自分も同じ目に会わされるに違いない…。



急いで身体の自由を取り戻そうと、再び身体に力を入れるが

これまでと同様に、顔の向きすら動かせなかった。



「いったいどうなっているの!」

焦りと苛立ちから心の中で叫ぶが、そんな事をしても何にもならなかった。



「ふふふ、残念ながら逃げられませんよ。

 ご自身がどうなっているか見せて差し上げましょう。」



悪魔はそう言うと洒落たポーズで指を鳴らした。



暫くすると、軋むような音と共に視界外から

美麗な装飾が施された巨大な姿見が現れた。



姿見は小人じみた奇妙な生き物が押していた。

それは全身が像を思わせる皺状の皮膚に覆われ、悪夢に出てきそうな醜悪な姿だった。



だが杏華の意識はその生き物よりも、姿見に写った自分自身に向けられた。



姿見の中の杏華は、巨大な金属製の拘束具に全身を囚われていた。

首、腕、脚は金属の塊の中に埋没し、顔や胸から腰に掛けての胴体のみが露出していた。




それはさながら船の先端部に飾られた女神像の様だった。

ドレスを纏い化粧をほどこされた鏡に写る杏華の姿は、女神と見紛うほどの美しさだった。



だが杏華の目は、自分の美しさよりも自身の身体の一部に釘付けだった。



「あ、あ、あ…」

杏華は目を見開き、無意識に嗚咽を漏らした。



鏡の中見える自分は、腹部がパックリと切り裂かれ

そこから血まみれの内蔵が大量に零れ落ちていた。



内蔵の一部は悪魔の所まで引き出されており

さきほど悪魔がほおずりして見せた物は、杏華の内臓その物だった。



ごくりっ

杏華は生唾を飲み込んだ。




「素晴らしい、臓物を生きたまま取り出されているのに

 未だに平然としている!」



「こんな面白い生き物は初めてです。」

悪魔は血まみれの顔で杏華を称える様に言った。



「では、鑑賞はここまでとして、早速味見をしてみましょう。」



悪魔は口を人間には不可能なほど大きく開くと

手にした杏華の臓物に食らいついた。



内蔵は悪魔の口で切り裂かれ、大量の血をまき散らした。



悪魔は身体が血まみれになるのをまったく気にせずに

貪るように喰らい続けた。



「すばらしい!」

悪魔は臓器から口をはなすと、賞賛の声を上げた。



「やはり生ものは鮮度が命です!」



「人間の活き造りは過去にも手がけましたが

 この食材ならば、もっと大胆な調理も夢ではありません!」



「あーなんてことでしょう。忌まわしき者にこのような使い道があるとは!

 これは歴史的な発見として後世に語り継がれる事でしょう!」



悪魔は感涙の涙をながして喜びに震えた。

暫く悪魔は恍惚の表情を浮かべていたが、急に冷静な表情に戻った。



「失礼、レディーの前だと言うのに舞い上がってしまいましたね。」

ハンカチを取り出すと、杏華の血で汚れた口元を丁寧に拭った。



杏華は自分の内臓が喰われる様を見ても、それが現実だとは思えなかった。



腹が切り裂かれ、内臓を貪り喰われているのに痛みどころか

何の感覚も感じなかったのだ。



鏡に写った自分の姿すら、悪魔が作った幻かもしれないと思えるほど

現実味を感じなかった。



やたら喉の渇きを感じたが、それ以外は自分の身体に何の異常も感じないのだ。



「しかし流石不死者ですね。

 自分の臓物を目の前で食されても、悲鳴一つあげないとは。」



「前に他の人間で同じことをした時は、細心の注意をはらったのに

 騒がしく泣き叫んだ後に、あっというまに死んでしました。」



「ですが、これからは思う存分楽しめそうですね。」

悪魔は内から湧き出す喜びをかみしめるように言った。



杏華は悪魔のそんな言葉を聞きながらも、自分が一体どうなっているが分からず戸惑っていた。



目の前で自分の肉体がスプラッタ映画のようにグチャグチャにされているが

当の杏華には痛み一つないのだ。



幻覚かもっと別の何かで偽りの映像を見せ、自分を混乱させているのかもと疑ったが

身動きの取れない人間にそこまで手間をかける理由が思いつかなかった。



異常な光景と、身動きできない現状に杏華の頭は錯乱寸前だった。




「ところで、あなたに聞きたい事があるのですが。」

悪魔は杏華の目の前に歩み寄り、杏華の顔を覗きこんだ。


「不死者には、我が同胞にして裏切り者である主人が居ると聞いているのですが

 あなたが契約した御仁はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」



その口からは血生臭い嫌な臭いがした。



「!」

そうだ自分をこんな事に巻き込んだ災難の元凶と言ってよい男は、今何をしているのだ!



まだ悪魔と戦うことの出来ない自分をほっておいて、今どこにいるのか!

昨日に続き、悪魔がいる場所に自分を一人で放置するなんて!



あれからどれくらい時間が経ったかは分からないが

流石にパーティーは終わってホテルに戻ってきても良い時間のはずだ!



だが、今はそんな事を言ってもしかたがない。



悪魔からの問いに何と答えるのが良いのかを考えなくては…。

必死で考えようとするが、そもそもどういう状況を作ればよいのかも分からない。



一体私はどうすれば良いのか…。

悪魔は暫く杏華の返答を待ったが、一向に返事をしない杏華にため息をついた。




「はあ、実に嘆かわしい」



「あなたは今嘘を付こうとしていますね。」

そう言うと杏華の目をじっと見た。



「!!」

杏華は悪魔から目を逸らし、態度でそれを肯定した。



「素晴らしい力を手に入れても

 その中に入っている精神は偽り、欺きを生み出す腐った汚物でできている。」



「ああ、私は悲しい。

 この世界は醜くく偽りに満ちている…。」

 悪魔は苦悶の表情で、自分の心中を吐露した。




「所詮人間などこの程度か…。」



「神の奇跡に等しい不死性を手に入れても

 その肉体にふさわしい精神を手に入れる事はできないのですね…。」



「ああ、神よ…。 あなたはまた過ちを犯そうとしている」

「この様な下劣な生き物よりも、私達にこそ祝福を授けるべきなのに!!!!!」



悪魔は喋りながら怒りが高まっていた。



怒りにまかせ杏華の顔を掴むと、強引に口を開いた。

その空いた口に手を入れ舌を握ると、力まかせに引き千切った。



舌は口の中の皮ごとはぎ取られ、悪魔の手の中でぴくぴく蠢いた。



 「ぐはっ!」



痛みよりも不快さが全身を駆け巡り、口の中にあふれる血を吐きだした。

それでも血はとめどなく溢れ出し、口の中は再び血で満たされた。



血特有の鉄の味で口の中が充満し、その気持ち悪さで嘔吐した。



悪魔は手の中で未だにピクピクと痙攣する舌を一瞥すると

生牡蠣を食べる様に上手そうに飲み込んだ。



その味に満足したのか、先ほどの激高は嘘の様にしずまった。



「これは失礼いたしました。 私とした事がこの様に取り乱してしまうとは…」

そう言うと再び指をパチンと鳴らした。



悪魔の後ろに控えていた小人達がしずしず杏華に近づくと

杏華が固定された金属製の拘束具を押して移動させた。



「大変申し訳ございませんが、浴場で汚れを落としてきてください。

 今晩のメインディッシュになっていただきますので、できるだけ念入りに。」


悪魔は去りゆく杏華に、にこやかにそう言うと視界から消えた。



舌を抜かれた杏華は、返答どころでは無く

涙を流しながら口から溢れる血を垂れ流し続けていた。



杏華は拘束具に繋がれたまま神殿内の廊下を暫く進み

浴場と思われる場所に運ばれると、身体の拘束を解かれた。



拘束が解かれると、杏華は倒れるように床に這いつくばった。



頬が大理石の床に触れ、ひんやりと冷たいその感覚で気分を落ち着かせた。

口からの血は既に出尽くしたかのか、口の中に貯まった分を吐き出すとそれ以上は出てこなかった。



上半身を起こして腹部をこわごわ見ると、切り裂かれたドレスの下に

ぱっくりと切り裂かれた下腹部が見えた。



鋭利な刃物で肋骨の下から臍上まで一文字に切り裂かれており

はみ出した内臓がだらしくなく垂れ下がっていた。



血まみれの長い腸は床の上をのたうち、辺りを真っ赤に染めていた。



痛みはまったく感じないが、吐き気が波の様に杏華を襲い眩暈で頭がくらくらした。

途切れそうになる意識をなんとか繋ぎ止め、歯をぐっと食いしばって耐えた。



暫く耐えると、なんとか気分が落ち着いたので改めて身体を見ると

脚が踝から先が両足とも無くなっている事に気がついた。



「ひっ!」



舌が無いので、言葉にはならなかったがその不気味さに悲鳴を上げた。

おそるおそる踝の切断面をみると、赤黒肉の中に白い骨が見えた。



舌を抜かれ、腹を切り裂かれ、脚すら切り落とされた自分の身体は

もう人間としては終わっているように見えた。



「私なんで生きているんだろう…」

杏華は心のなかで呟いた。



「それは僕と契約したからに決まっているだろう。」

背後から聞き慣れた声がした。



慌てて振り返ると、そこにはパーティーと時とは違う服を着たメフィストが居た。



「!」

あまりの驚きに叫ぼうとしたが、舌が無い状態では息を吐く様な音しかでなかった。



「これはまた、ずいぶんとひどい目に合わされたね。

 か弱い女性にこんな仕打ちをするなんて、まさしく悪魔所業だね」



軽口を叩くと、メフィストは杏華の頭に手を触れた。



その瞬間、身体の中にマグマのような熱い塊が流れ込む感覚がした。

マグマはねっとりと全身に広がると、更に熱く燃え上がり杏華の身体を焼き尽くした。



「あ、あつい!!」

杏華は思わず叫んだが、熱さは一瞬で体から去った。



「今のは一体なに!?」

とメフィストを問い詰めるように言ったあとで、自分が喋れる事に気が付いた。



驚いて引き裂かれた下腹部を見ると、服は引き裂かれたままだが

露出した腹部は綺麗にふさがれていた!



「ふふふ、これが契約者の特権さ。

 僕と契約して良かったろ。」

と得意げな顔をした。



「でも、このレベルの治癒には結構な魔力が必要だ。

 そうそう乱発できないから注意してくれ。」



「魔力が尽きたら僕も君もジエンドだからね。」

そう言ってウインクをした。



杏華は改めて全身を見ると、脚も元通りだった。

舌も当然のように戻っていた。



だが、杏華には何が起こったのか理解できなかった。



「魔法で私の身体を治してくれたの?」

杏華はまだ信じられず、メフィストに改めて聞かずにはいられなかった。



「そうだよ。 他の人間を治すのは無理だが、魂を共有する君を癒すのは簡単さ。」



「君の失われた部位や傷ついた箇所は、僕が魔力を流し込むだけであっというま回復する。」



「たとえ君の頭が潰され、全身をバラバラされてもそれは変わらない。

 ただ余分に魔力を消耗するだけさ。」



「とわいえだ、僕の魔力量にも限界はある。」


「まだ現界して間もない僕は、君と契約した時に貰った魔力分しか持ってないからね。それが尽きれば僕は何もできなくなる。」



「なので本当は、暫くは魔力の貯蓄に専念したかったが

 まさかこんなに早く新しい神殿を見つけてしまうとは驚きだよ。」



「運がいいのか、悪いのか…。」

メフィストは少し困った感じで言った。

 


そうだ、ここは悪魔の神殿なんだ!



杏華はメフィストに会った驚きと安心感ですっかり失念していたが

今も変わらず悪魔の神殿の中にいるのだ。



「そうだ!」



自分をここまで連れてきた悪魔の僕はどうなったのか

杏華は気になり当たりを見渡した。



「悪魔の手下の小さいのはどうしたの?」

どこにも姿が見えなかったので、杏華はメフィストに聞いた。



「ああ、あの使い魔だね。 あれならもう僕が処分したよ。

 綺麗に退治したから後も残っていないけどね。」



その言葉に杏華は少し安堵した。



「よかった。」

これで暫くはあの悪魔がこの事を知る事はないだろう。



ここにきてようやく杏華にも心の余裕ができた。



「はあ…。」

杏華はため息をつくと、メフィストに聞きたい事が頭の中を駆け巡った。



「どうしてこのホテルに悪魔がいるの?」

何から聞くか迷ったあげく、最初に想い浮かんだ疑問を投げかけた。



「そうだね…。」

メフィストは少し考えこんだ。



「このホテルだけじゃない、悪魔にとって不特定多数の人が集まる場所は絶交の狩場なんだ。だからホテルや観光名所に神殿を作り、狩場にしたい悪魔は多い。」



「だけど、それは僕達のように悪魔を狩る側からも目をつけられやすい事を意味する。この国のような同業者が少ない土地なら良いが、他の国なら早々に潰されていただろうね。」



「セオリーが通じないとは、まったく辺境にもほどがあるね。」

メフィストはやらやれと言わんばかりに肩を竦めた。



「どうして人間が多い場所がいいの?」



「餌は多いにこした事がないだろう。

 悪魔にとって人間は食事の材料でしかない、それがだまっていても大量に集まるんだ。」



「これほど美味い狩場は無いよ。」



「でも人間が沢山居なったら、泊まる人なんて居なくなるんじゃないの?

 そんなホテル怖くて誰も泊まりたくないよ。」



「大丈夫さ、人間がそれを知ることは出来ないからね。」


「え?」



「忘れたのかい?

 悪魔に喰われた人間は、この世界から存在が消える。」



「君と同じようにね…。」



そうだった、悪魔に食べられたらその人の事はみんなから忘れ去られる。

だから悪魔がいくら人間を食べても、人間がそれに気づく事はできないんだ。



杏華は改めて悪魔の恐ろしさに身震いした。

パーティーで会った人達が、必死に懇願してきた意味がようやく理解できた。



人間には悪魔に抗う術は無いのだ、どんなに警戒しても注意しても

そんなのは無意味なのだ。



堕天使の力を借りる以外は…



「これからどうするの?」

杏華はメフィストに問いかけた。



「君はどうしたいんだい?」

メフィストは杏華に問い返した。



「僕としては今の魔力量で戦うのは避けたい所だ。

 さっき君を治した事で、大分魔力を消費した。」



「あと数回は大丈夫だが、それも僕が魔法を使用しない事が前提だ。」

「さっさと逃げ出して、別のホテルでゆっくり休ませてもらいたいのが本音だ。」

メフィストは弱音を吐いたが、その目は杏華の選択しだいだと雄弁に語っていた。



「私は…。」



杏華はさきほど自分の身体を喰らった悪魔を思い出した。

あの悪魔は、きっといままでも何人もの人間を食材と称して食べ続けてきたに違いない。



そしてこの先もずっと…



杏華の頭にホテルのロビーですれ違った家族の姿が思い浮かんだ。

あの家族はどうなったのだろう。



神殿の廊下で聞こえた悲鳴は、明らかに他の宿泊者の物だ。

その中にはあの家族もいて、今まさに杏華と同様生きたまま身体を貪られているのかも。



そう考えると、とても逃げ出すなんて出来ない。

あの悪魔を倒して、助けたい。



でも…

でも…

今の私には倒せるはずが無い…。



昨日の悪魔も結局はメフィストが倒してくれただけで

私は何もできなかった。



多少は抗ってみせたが、最後は完全に敗北した。

そんな自分に何ができるというのだ…



メフィストですら出来ないのに

私が何とかできるはずが無い!



そう考えた時、目の前に遼子や家族の顔が浮かんだ。

笑顔で楽しそうにしているその顔が、美夕先輩のような首だけの姿に切り替わった。



その時杏華の中で何かが弾けた。



だめだ!だめだ!だめだ!

そんなのだめだ!



もうこれ以上誰かが悪魔に喰われるなんて許せない!

これ以上悪魔の好きにさせない!



その感情は、弱気になった杏華の気持ちを塗りつぶした。

この気持ちがある限り、悪魔なんかに負けたりしない!



「悪魔を倒したい。」

杏華は覚悟を決めると、杏華はメフィストの目を見て宣言した。



「そうか、ならそうしようか。」


メフィストはあっさり杏華の言葉を受け入れた。

てっきり反対されると思っていた杏華は少し拍子抜けした。



「いいの?」



「もちろん、僕も及ばずながら協力するよ。」



一人で戦う事を覚悟していた杏華は

メフィストも一緒に戦ってくれると聞いて申し訳ない気持ちになった。



「でも、私と違って…。」

杏華が言いかけた言葉をメフィストは途中で遮った。



「何を言っているんんだ、僕達は運命共同体だ。

 君が戦うなら、僕はそれを支援する。 それが堕天使と契約者の理さ。」



「まあ、君に戦う覚悟があるなら、いくらでも遣り様はある。

 なにせ僕らは彼らの天敵だからね。」

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