第2章 第2話 休息


メフィストが取った部屋は、広々としたスイートルームだった。


ホテルマンに案内され部屋に入った杏華は、その余りの広さに驚いた。

広さだけでいえば、今まで住んでいた家と同じぐらいありそうだった。


設置された家具や調度品は、どれも高級感を漂わせていて

本当にここに泊まっていいのかといぶかしんだ。



窓側の大部分は大きな窓ガラスで覆われ

そこから遥か遠くまでの風景が一望できた。



ホテルマンが退室すると、杏華は飛ぶように窓に駆け寄り顔を当て下を見た。

地面が遥か下に見え背筋がぞくぞくした。



「凄い眺めだね。」

杏華は感嘆のため息をついた。



遥か遠くに別の街の高層ビル群が幾つも点在し

その下には無数の自動車や電車がひっきりなしに動いていた。



部屋はリビングと寝室に分かれていて

リビングには豪華なソファーと大きなTVが設置されていた。


夜になれば、このソファーから夜景を楽しめるに違いない。



寝室側にはこれまた大きなキングサイズのベットが存在感たっぷりに設置され

思わずベットの上で子供のように飛び跳ねたい衝動に駆られた。



とその時、杏華はとんでもないことに気がついた。



「あのさ…」


「も、もしかして私達同じ部屋に泊まったりするのかな…?」

おそるおそるメフィストに聞いた。



「ん? そうだよ。」

メフィストは当たり前のようにさらっと返した。



その返事に氷ついた。



「え? え? え…

 うそ、それってもしかして…もしかして…」



自分がまだ出会って間もない男性と

ホテルに泊まるという事に遅まきながら気が付いた。



他に色々悩みを抱えていたとはいえ、それに気づかない自分の間抜けさを呪った。



「大丈夫だよ。 

 君が想像している様な事は起きないよ。」


頭を抱えて苦悶する杏華を見て、メフィストはフォローする様に言った。



「僕は極めて紳士的な堕天使だよ。

 だから年端もいかない少女に対して、劣情をいだくなんて事はないよ。」



まったく心に響かない言葉だったが、メフィストが自分を安心させようとしているのは理解できた。 その時、良いアイデアが思い浮かんだ。



「そうだ、部屋をもう一つ借りればいいんじゃない?」



この規模の部屋をもう一部屋などと言ったら、とんでもない金額になる気がしたが

お金の心配は無さそうなのでダメ元で言ってみた。



メフィストは残念そうな顔をすると、かぶりを振った。

「君にはまだ分からないだろうけど、堕天使と契約者は一心同体なんだ。」



「ちょうど良い機会だ、今から堕天使と契約者について

 それから僕達の今後の方針について話そうか。」



メフィストはソファーに腰を下ろすと

杏華にも対面のソファーに座るように促した。



「僕の様に人間と契約した悪魔は、一般的に堕天使と呼ばれている。

 まあ、守護天使だとか使徒だとか、別の呼びをする人もいるけどね。」



「で、その堕天使は人間と契約する事でこの世界に疑似的に顕現しているんだ。

 契約、すなわち契約者の魂を借りる事でね。」



詐欺まがいの契約だけどね…

杏華は心の中で文句を言った。



「魂を失った契約者は、存在の力を失い世界からそれまでの痕跡が消去される。」


「だけど、その精神と肉体は堕天使から供給される魔力によって、存在し続ける事が可能だ。」



「それは従来の生命の在り方とは全く異なる。

 契約者はある意味魔術的な存在になったと言っていい。」



杏華からしてみれば、別に今でも特に自分が変わってしまった感じはしなかったが

廃工場での悪魔との戦闘で自分が振るった力は、確かに人間離れしていた。



それが魔術的な存在という所につながるのだろうか?



「だから契約者は、普通の人間には無い特別な能力が使えるんだ。」



「そのなかでも特筆すべき能力は「不死身」だ。」

メフィストは凄いだろうと得意げな顔をしたが、少しムカついたので無視した。



「どんなに肉体を破壊されても、死ぬ事無く蘇る。

 切り刻まれても、焼かれても、すり潰されたって再生できるんだ。」



「もちろん再生にはそれなりの魔力が必要だから

 そうぽんぽん死なれては困るけどね。」



不死身か…、確かに凄い能力だとは思うけど

そんな能力はいらないから、今までの生活に戻して欲しいのが正直な気持ちだ。



「更に魔法が使用できるようになる。」

ノリの悪い杏華を気にした風もなくメフィストは続けた。



「魔法の習得には準備が必要だが、一度会得した魔法は何度でも使用できる。

 もちろん僕から魔力提供が前提だけどね。」



「魔法を使用すれば炎や雷を操ったり、空を飛んだりできる。

 不死身で更に魔法が使用できる契約者は、まさに超人と言って良いだろう。」



「魔法…」

そんな夢物語みたいな不思議な力が自分に?



別に火を操りたいとは思わないが、空を飛べるのは楽しそうだと思った。

だが、あまり期待すると後悔しそうなので話半分にしておく事にした。



「どうだい、凄いだろう。

 でも、それは僕達堕天使が居る事前提なんだ。」



「契約者は不死身でも、僕達はそうじゃない。

 ある程度のダメージなら自分で回復できるけど、それにも限界がある。」



「限界を超えたダメージを受ければ僕は死ぬ、君とは違ってね。」



「そうなると、魔力提供を受けられなくなった契約者も一緒に消える。

 つまり堕天使と契約者は運命共同体という訳だ。」



さらっと凄い事を言った。

私がどんなに不死身でも、メフィストがやられたら意味が無いじゃない。



「ここまで言えば、分かるだろう。

 契約者は堕天使無しでは存在できない。」



「だから契約者は契約した堕天使を

 あらゆる危険から守り続ける必要があるんだ。」



不死身、魔法と良いこと尽くめだとおもったら、やはり裏があったのだ。

契約者は存在を奪われた上に、奪った張本人を命を投げ出してでも守る必要があるのだ。



「…」



正直また悪魔と闘う事になったら、暫くはメフィストに任せて自分は隠れているつもりだったが、メフィストの話が真実なら、メフィストこそ隠れてもらい自分だけで戦う必要がありそうだった。



不死身の自分なら殺されても問題無いが、メフィストが殺されたらそこで終わりだ。

また悪魔と戦って勝つ自信など全く無いし、出来ればもう二度と悪魔なんて見たくないけれど…。



「まあ、悪魔との戦いは色々準備ができてからだ。

 今日は別の試練が待っているのだから。」


メフィストはいわくありげに微笑んだ。


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