第1章 第8話 戦闘、そして…

「はっ」

杏華はモーター音と振動で意識を戻した。



「あれは夢?」


飛び出した意識では、もう何百年も経った気がしたが

杏華は依然として化物の虜だった。



杏華の足元では、スクリューが凄まじい速さで回転し始めていた。

透明のケースの外側では、化物が下卑た笑みを浮かべているのが鮮明に見えた。



スクリューの回転は速度を上げ、容赦なく杏華の足を切り裂いた。

血風が舞い散り、透明のケースを赤く染めた。



「痛い!」

血が噴き出すのも見て思わず叫んだが、同時に何か違和感を感じた。



杏華は咄嗟に両手をケースに付けると、スクリューに触れないように踏ん張っり足上げた。多少間抜けな格好だが、足を削られるよりはましだ。



左足は一瞬で踵を削りとられ、滝の様に血が溢れていたが

なぜか心は少しも乱れがなく、落ち着いた気持ちだった。



「あれ、私の腕治っている?」


気が付くと、先ほど化物の一撃で捻じ曲がっていた腕は傷一つなく痛みも感じなかった。それに血まみれの足も、何故かまったく痛みを感じなかった。




咄嗟の杏華の対応に、化け物は怒り狂いケースを掴むと左右に揺さぶった。

あまりに強く揺さぶったせいか、ケースは根本から折れ杏華はケースごと床に転げ落ちた。



床には死体が散乱していたため、嫌な感触はしたが衝撃のダメージは少なかった。



落ちた衝撃を回転に替え、マット運動の様に立ち上がったが

左足を負傷しているため上手く動かず、バランスを取るのが難しかった。



化物は更に怒り狂い、空しくスクリューを回転させている工作機械を殴り飛ばした。



物に八つ当たりなんて、意外に小物ね。

杏華はこんな状態だというのに、少し微笑くなった。



「ぐおおおおおおおおおお」

化物は雄叫びをあげると、機械を破壊したその勢いで杏華目がけ突進してきた。



左足を負傷しているため、走って逃げるのは無理と判断した杏華は

化物をギリギリまで引き付けた。



突進してくる巨体が杏華を押し潰すかに見えた刹那

右足を強く蹴り化物の突進を躱した。



飛び退いた先には、偶然先ほど粉々になったミキサーのスクリューが落ちていた。



杏華はそれを手に取ると同時に、身体を大きく撓らせ化物目がけ投げつけた。



スクリューはものすごい勢いで回転しながら飛翔し、化物の後頭部に命中すると

その頭蓋を大きく削り取った。



「ぐああああああああああああああああああ」

先ほど以上の絶叫が響き渡り、化物は悶絶しながら倒れ込んだ。



杏華は無意識に自分がやった行為に気が付き驚いた。



「何、私どうしたの」



杏華はまじまじと、思わぬ怪力を見せた自分の手を見た。


自分の貧弱な腕では、あの重い金属製のスクリューを

持ち上げる事すら出来ないはずなのに…


 

「なにこれ?」

自分の代わり映えしない手を見ながら思った。


先ほどの身のこなしといい、思わず発揮した怪力といいこれまでの自分とは明らかに違う。



これが契約の力なの?



杏華が自分が出した怪力に驚いていると、化物が唸りを上げて起き上がってきた。



「どうすれば…」



自分が凄い力を得たのはなんとなく分かるが

喧嘩すらほとんどした事が無い杏華には、次に何をすれば良いか検討もつかなかった。



焦る杏華を尻目に、化物は完全に立ち上がるとこちらに向けて歩きだした。

だが、先ほどの一撃は相当効いたらしく、化物は動きは明らかに鈍くなっていた。



「それなら」

杏華は足元に転がる壊れた機械の塊を手に取ると、再び力一杯投げつけた。



それは先ほどと同様に物凄い勢いで飛んで行ったが、化物には当たらず工作機械の一つに衝突した。杏華の投擲物は鈍い衝突音を立ててその機械を半壊させた。



威力は確かにあるが、相手に当たらなければ意味がない。

さっき命中したのは、ただのマグレだったらしい。



だったら!

杏華は足元に落ちている鉄の塊を次々を手にとっては投げ始めた。



巨大なスパナや金属のシリンダー、名前も知らない工具類が凄まじい勢いで飛翔し化物に襲いかかった。


大半は検討違いの方向に飛んでいき、壁や床に突き刺さったが何個かは化物に直撃した。



だが、今度は先ほどとは違い化物の肉体を傷つける事はできなかった。


いや、確かに投擲した物が衝突した時は、化物の身体に大穴を開けるのだが

そのまま抵抗なくすり抜け、穴はまるで水が水面に落ちた物を飲みこむ様に塞がっててしまうのだ。



これでは何を投げても相手にダメージを与えられない!

杏華はそれを悟ると、ジリジリと近づいてくる相手との距離を開けるため背後に飛んだ。



飛び退いた瞬間、先ほどまで杏華が居た場所を無数の巨大な棘が引き裂いた。



「あ!」

良く見ると、杏華が先ほどいた場所の近くに化物の身体の一部が潜んでいた。



これは化物の身体から触手の様に地面を移動し、杏華を死角から狙っていたのだ。




危なかった!

あの時飛び退いていなかったら、いまごろあの棘に串刺しになっていたはずだ。



相手の恐ろしさを改めて知ると同時に、それを免れた幸運へ感謝した。

杏華は着地場所を確認すると同時に、次に使えそうな物が無いから周囲を見渡した。



それは一瞬の油断だった。

相手の攻撃を避けたという安心感が、相手への警戒を緩めたのだ。



化物から意識を逸らしたほんの一瞬、何かが杏華を吹き飛ばしそのまま工場の壁に杏華を串刺しにした。



「がはっ」

口から大量の血が噴き出した。



杏華が状況を把握しようと辺りを見渡すと

長い金属の杭を投擲しようとしている化物の姿が見えた。



「しまった!」


自分が出来るなら相手も出来て当然だ!

何故自分だけが遠距離から攻撃できると思い込んでいたのだ。




咄嗟に避けようと身体を動かすが、胸に大きな鉄の杭が刺さり身動きが取れなかった。



「動けないっ!」

必死に杭を抜こうともがく杏華に、化物は次の杭を素早く投擲した。



投げられた巨大な杭は、すさまじい勢いで杏華の下腹部を貫き

激突の衝撃で小刻みに振動した。



2本の杭に串刺しにされた杏華は、まるで標本の虫の様だった。



杭に貫かれた場所からは血が噴水のごとく吹き出した。

こんなに血が溢れたら死んでしまう!



「血が、血がっっっ、止まらないよおおおおおおお!!!!」

杏華は冷静さを失い、泣きながら絶叫した。



身体から噴き出る血を止めよと、手で押さえるが焼け石に水だった。

「このままじゃ死んじゃうっっ…」



杏華は必死に止血を試みていたが、最後に一言消え入るように言うとまったく動かなくなった。



動かなくなった杏華に、化物は満足そうに笑うと

念押しとばかりに、もう1本の杭を投擲した。



杭は杏華の頭蓋を砕き、頭の半分が吹き飛び血と脳髄をまき散らした。



あたりは再び静寂に包まれた。

化物は警戒しながら動かない杏華に近づくと、その身体を喰らおうと口を広げた。



口は頭部全体を裂くように広がり、その内側から巨大な咢が現れた。



無数の歯がびっしり詰まった咢が、杏華をかみ砕こうとしたとき

化物の背後から声がした。



「お役目ご苦労さま。

 君のおかげで恙無く事が成せたよ。」



それは一風変わったスーツを着た優男だった。


スーツは実用性とはかけ離れた華美な装飾が至る所に施されており

まるで前衛舞台の衣装を借りてきたかの様だった。



特に目を引くのは全体にほどこされた羽毛の装飾で

まるで翼を畳んだ天使の様な印象を与えた。



男は化け物に感謝の言葉を贈ると、称えるように拍手をした。

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