第8話 あの時と変わったこと

俺はフラフラになりながら部屋を出た。体の節々が痛む。出た先の窓の外から見える風景は単調な物ではなかった。いつもなら普通に見える東京の風景も煙が覆い隠し、化け物と戦闘機の熾烈なバトルの演出に一役買っていた。

「これは幻覚なんかじゃないんだよな。」

俺は驚目の前に広がる風景にどこかフィクションみを感じていた。

3機の戦闘機の編隊は綺麗なフォーメーションを描き機銃から弾丸を走らせる。その弾丸は両足で仁王立ちをする怪物の右足に大きく命中していた。

だが、あまり効果が無いようにも見えた。

その編隊は大きく弧を描き、反転。また機銃を走らせる。縦3つに並んだ戦闘機の攻撃はもはや芸術的にも見えた。

次は胸部に攻撃を与え始めた。

ぐおおおお!という雄叫びが窓越しにも聞こえてきた。

ここまでの動作を見てきたが戦闘機部隊は相当な鍛錬を積んだ3機と言うのが素人目にも分かった。

そんな中街の中で一つの閃光が閃いた。そしてどこからともなく赤き巨人が現れた。敵の化け物の足元から現れた巨人はすかさずボクシングのようなファイティングポーズを取り、瞬間、敵の化け物を殴り始めた。

 淳の青い巨人の戦いは必死さをそのまま表したようなものだったが今目に映る赤き巨人はまるで格闘技の試合を見ているような感覚に陥った。

「手馴れているな・・・・。」

淳は巨人で変身し戦ったが素人同然であった。中学生で剣道部に所属してはいるただの学生だった。だが今見ている巨人はプロだった。プロがアマチュアの選手を相手にしている、 そんな戦いだった。

化け物の腹を小刻みに殴りつけ、すかさずドロップキックで追撃を行う。

防戦一方の化け物はただ殴られるだけだった。

立ち上がった化け物の攻撃をフラッとかわしつつ決定打を入れていく。

「一方的だな・・・・。」

そんな感想も思い浮かべるのもつかの間。決着が着く頃だった。

巨人の右腕が大きく光り輝く。

「なんなんだ?」

光り輝くそれは人類の希望を表しているようにも見えた。

気付いた時にはその腕が化け物の巨体の胸を貫いていた。崩れゆく化け物。ずしんと重く響き渡った音が化け物がどのような存在だったかを嫌でも分からされることになった。

俺は淳の時と違う戦闘スタイルに大きな戸惑いを感じていた。

同じ巨人のはずなのだ。そのはずなのだ。なのに何故こんなにも違うのか。俺には理解できなかった。


「私も出る!」

その掛け声と共にイーグル号の戦闘機内は大きな負荷、Gがかかる。締め付けられるような感覚の中、コックピットハッチを駆け抜け、排出される。

大空をかける快感というのは、ない。ただ今は目の前の怪物の迎撃、それしかなかった。スワンも横で並列して飛んでいる。通信のオープンチャンネルが開いていることを確認する。

「待たせた!」

俺の声にコンドル号の加古川も「遅いですよ!」とだけ返ってくる。

「全機、フォーメーションデルタ!」

「ラジャー!」

俺の号令と共に空中でフォーメーションを形成していく。

俺のイーグル号を真ん中に上にコンドル、下にスワンというフォーメーションが形成されていく。

ターゲットは正面の怪物。

「全機、照準合わせ!てーっ!」

操縦桿の親指部分の赤の引き金のスイッチを押し、目の前の怪物に俺の乗っているイーグル号の機銃が斉射される。上下の機銃攻撃も加わり、大きな攻撃力を誇った機銃は怪物を苦しめるには十分すぎるほどの威力だった。

敵の横を遮り、フォーメーションは解除され、それぞれの空を飛びまわる。

「隊長!」

オープンチャンネルから話しかけてきたのはスワン号を駆る赤穂が話しかけてくる。

「このタイプはC型ミサイルをぶち込めば対処できるんじゃないですか?」

赤穂の発言は的を得ていた。

「そうですよ!さっさとC型ミサイルをぶち込んで終わらせましょう!」

加古川も赤穂の意見に賛成のようだ。

「ダメだ」

俺は2人の意見を一蹴した。

「今回の俺たちに戦いは演出、パフォーマンスでなければならない。その為には奴は生かしておかなくては。」

我ながら嫌なことを言っていると思う。

「ですが!」

加古川から反論は来るが

「命令だ」

そう返すほか無かった。

「了解・・・・」

渋々「従います」と言った声のトーンで帰ってくる。

「そうこうしているうちにお出ましだ。」

自分が見下ろした風景から大きな光が浮かび上がる。

「主役のおでましだ。各機、上空にて待機!」

俺の号令と共に3機は空高く浮かんでいく。

光は大きなシルエットを作りあげる。主役のお出ましだ。

「巨人・・・・」

そのシルエットは我々のよく知る巨人の姿であった。



俺は蕎麦屋ののれんをくぐる。

「はい、いらっしゃい!」

のれんをくぐった先にはなじみの頑固おやじの店主がいた。昼過ぎ2時半なので店の中は俺以外誰もお客はいなかった。

「今日も見てきたのかい?」

「まあ、はい。」

店主の小粋な会話にあまりいい返答が出来ない。

「今日は誰が出てた?」

「今テレビでよく見る「明け方さんさん」はいましたね。」

「漫才の。あ、好きなとこ座ってよ。」

「そうです。」

今日俺が見てきたお笑いライブの感想を言い合う。俺は答えながら小さなテレビがよく見えるところに座る。

「どうだった?」

「やっぱり漫才王者は違いますね。ネタの構成も何もかも。時代が変わったって感じです。」

「そんなにか。」

「ええ。昔はボケ主体だったのに今やツッコミ主体で漫才が進んでいきますからね。そりゃ違うのもよく分かりますよ。」

「さすが詳しいな。」

「ツウですから。」

そんな事を話しながらも店主は偉くご機嫌だった。

「あいつらも売れたよなぁ。」

「昔から知ってるんですか?」

「まぁこんな店長くやってたらね。」

「そうなんですね。」

俺は少しその話題を掘り下げることにした。

「昔はどんな人たちだったんですか?」

「そら、売れない時はかけそばですらまけてくれ~!なんて泣きついてきてさ、困ったもんだった。」

「売れない芸人さんってホントお金ないんですね。あ、いつもので。」

「はいよ。まぁでも売れてよかったよ。俺が育てたなんてテレビの取材があれば言えるしな。」

店主はそばを湯がきながらにこやかに答えていた。

「そういや最近来なかったがどうかしてたのか?」

店主の質問のターンだ。

「いや、まぁ。」

馴染みの店だが顔を出したのは2か月ぶりだった。

「いやぁ仕事が立て込んでましてね。北から南まで飛び回ってましたよ。」

「なるほどなぁ。」

そんな会話をしながらもそばの工程は着々と進んでいく。

「そういえばおかみさんとお子さんは?」

いつもはこの店内には店主の奥さんのおかみさんとその息子と娘がいる。

「え?ああ。てるこは買い物、むつみはよく分かんない化学のなにやらの講演聞きに行って、ごうきはバンドだ。」

ゆであがったそばがどんぶりに盛られる。

「娘さんの話と息子さんの話、初めて聞きましたよ。そんな事やってるんですね。」

大きな寸胴の中にある秘伝のつゆが注がれる。

「ありゃ言ってなかったか?」

「娘さん、頭いいんですね。」

「これはてるこに似たんじゃねえかと思うよ。俺みたいなそばを作るしか能がない人間には到底出来ない芸当さ。」

「そんな卑下しないでくださいよ。」

俺も苦笑いをしてしまう。そばが一杯運ばれてくる。

「いや、あいつは俺にはもったいない娘さ。ほい、いっちょお待ち。」

俺の机に置かれたそばはよく頼むとろろ昆布の乗ったそばだ。関東風のおだしに店主が朝から打ったそばが絡み合う俺にとっては一杯だ。

「ありがとうございます。(手に持った割り箸を割って)いただきます。」

ずるずると口へ運ぶ。うんうん、これだよこれ。体が2か月ぶりの馴染みの味わいに体内がアンチエイジングしていくのが分かった。

「話戻しますけど息子さんバンドやってるんですね。」

「ああ、あのドラ息子ったらロクに勉強もしないでわけわかんねえ曲をぴーひゃら弾いてるんだよ。ほんと勘弁してほしいね。」

先ほどお笑いの話をしていた時と打って変わって少しだけ機嫌がよろしく亡くなったのは分かった。

「息子さんのしたいこと、応援してあげないんですか?」

「あいつは今という現実から逃げてるだけだ。」

娘さんの話とは180度違う意見が出てきたことに苦笑いしてしまう。

「そこまで言わなくても・・・・。」

「女にもてたいってだけで楽器弾くバカがいるか。男の職業ってのは選択を間違ってしまったら一生不幸なんだぞってのはずっと言ってるんだけどな。」

「やっぱり店は継いでほしいですか?」

「男なら、思うがな。楽器はさっぱりだし。」

どうやらバンドはうまくいってないようだ。

「でも、熱中できているって素晴らしいと思いますよ。」

「バカ!稼ぎにならんと意味がないだろうが!」

俺はそんな言葉で少し胸が痛くなった。

ズン!店内に大きな衝撃が走った。

「地震か?」

店主の言葉は間違いだった。

「違いますよ。」

俺は確信があった。

揺れが収まる。

「代金ここに置いておきますね。」

テーブルの上に500円を置く。

「お、おい!あんた!」

外が少し騒がしくなった。迎えが来たのだ。

「ここも危険です。速やかに避難してくださいね。」

俺は店主にそう言い残し、店を出た。

店の外では蕎麦屋には似つかわしくない黒塗りの高級車が停まっていた。

「手際がいいこと。」

俺は自動で開かれたドアに乗り込む。そこにはサングラス姿の隊員が運転していた。

「隣街で暴れています。対処を。」

サングラスの運転手はそう語りかける。車内に取り付けられた小型のテレビには速報と大きくテロップが出されており、そこには隣町で怪物が戦闘機と戦う、まるで怪獣映画のワンシーンのような光景が繰り広げられていた。

「今回はパフォーマンスのためにもう少し戦わなくていいんだろう。」

俺の問いに運転手は無言で頷くという返しをしてみせた。

隣町へは5分もしないうちに到着した。

車から降り、胸のペンダントを空にかざす。ペンダントから放たれた光が俺を大きく包んでいく。

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