第4話 予兆

「お呼び立てしてすいません。」

俺は喫茶店に1人の女性を呼んでいた。

「いいのよ、あの怪獣騒ぎで私もこっちに取材に来てたし。気にしないで、先生」

女性は意地悪に俺を先生と呼んだ。

「よしてください、村田さん。先生っての昔から知られてる人から言われるのまだ慣れないんですよ。」

俺が呼び出した女性、それは俺がまだ地方の新聞社で記者として働いていた時にお世話になった女上司、村田アキだった。彼女は現在怪獣騒動のためにこちらに調査にきていたのだ。

「隆くんも出世したわね。」

コーヒーを飲みながらアキさんは言う。

「生活ぶりは昔と大差ないですよ。」

「またまたぁ!あんたの本面白いし、売れてるしで編集長とかにも評判なんだから!」

アキさんはおしゃべりが好きな人だったというのを思い出した。だが俺はコホンと咳払いをし、話を本題に進めることにした。

「言っていたあの件、お願いできますか?」

「ああ、あの件ね。はいはい。」

アキさんは俺が本題を切り出したと同時に隣に置いていたバックからクリアファイルを取だした。クリアファイルの中には資料がこれでもかと思うほど詰め込まれていた。

「signalでしょ?調べることについては造作もなかったけどこれが一体どうかしたの?」

ファイルの資料は過去にUBと戦っていた研究機関、signalについてだった。

「次の作品の事について参考にしようかと思いましてね。」

「なるほど。勉強熱心なわけだ。」

アキさんはそう言い、コーヒーを飲む。

次の作品については実際は嘘だった。次の作品については全く別の舞台を用意していた。

「でももう5年前の怪獣騒動でつぶれてしまったのよね。建物は全部取り壊されて今は緑が生い茂る場所になってるわよ。」

「そうなんですね。」

俺は受け取った資料を受け取りながら話を聞く。あの時出会った黒柳哲哉は偶然生き残っていたということか。

「あとあんたが昔取材していた剣道部の中学生、結城淳くんはあの怪獣騒ぎの犠牲者になていたわ。」

アキさんの言葉がズシリと重くのしかかった。

結城淳。5年前青い巨人となりUBと戦っていた少年だった。

「淳くん、この研究所の所長である黒柳という男に養子縁組として引き取られていたのね。なんというか不幸なめぐりあわせね。」

建前上は養子縁組だったのかもしれない。だが実際は違った。衣食住を十二分に与え、学校にも通っていたがその代償として淳は研究機関に巨人としてUBと戦い、そして巨人の能力や成分を分析するためにモルモットとして人体実験に参加させられていたのだ。

「生き返ったりとかしてないですよね?」

俺はそんなことを口走ってしまっていた。

「あんた何言ってるの?」

アキさんは少しだけ怒っているような言葉を返してきた。怒る理由もごもっともだと思った。

「ですよね・・・・。」

じゃああの巨人は一体何者なのか?淳が生きていなければ巨人は存在しないのだから。

5年前。黒い巨人との戦いの後病院の前のベンチでぐったりと寝ていた淳がいた。ニッコリと笑い眠るその姿は年相応の子供だった。

「そんなところで寝てると風邪ひくぞ。」

俺は淳を見つけて起こそうとしたがあいつは起きなかった。

すぐさま病院に淳を運んだがその時には既に死んでいた。あの騒動の後なので淳は怪獣による被害者として処理された。

「まあとにかく頼まれたものは全部持ってきておいたからこれで失礼するわね。」

「ありがとうございます。ここは出しときますんで。気を付けて。」

「あらまぁ。ならお言葉に甘えて。うちでの取材も今後念頭にいれてくれると助かるわ。」

そう言い残しアキさん立ち上がり店を出て行った。

俺は再び資料に目を通し始めた。資料はどっさりあったが全部自分の知っている情報だった。淳の事なんかももちろん資料に記載されることなく書類上は「クリーンな会社」として登録されていた。

「やっぱりそう簡単には情報は手に入らないか・・・・。」

俺は落胆すると共にミステリー小説を読みながら事件を紐解く感情に似たものを感じていた。




薄暗い部屋に3人ほどいた。。

「俺たちのデビュー戦、うまくいかなかったっすねえ。」

うち一人の茶髪がとんがり、眼鏡をかけた男はしょぼくれた顔をしながらそんな事を言っていた。

「そりゃあんたがあんなしょぼい援護射撃してたら倒すもんも倒せないっしょ。」

男の隣にいた金髪の女がぶっきらぼうに口紅を塗りながら男に答えた。

「そりゃねえっすよ。俺だってあんなに頑張ったんすよ?そっちみたいにこっちは逃げてっすから!」

男の言葉が引き金だった。

「ああん!てめえこのもやし野郎!もっぺん同じこと言ってみろやオラァ!」

女は男の胸倉をつかむ。

「なんすか?キレたんすか?図星だったってことすか?」

男はさらに挑発する。

「おう上等じゃねえか!お前のそのゴミみてえな顔面は一度きちんと殴っておかねえと思ってたところなんだ!歯ァ喰いしばれェ!」

「2人とも、そこまで。」

女が拳を振りかざそうとしたところに1人の男性が開かれた扉から声を出した。怖い声だ田。

「アナウンスが聞こえんかったか?3分後に集合じゃ。」

その男の鍛え上げられた筋骨隆々な肉体は着衣越しからも見て取れた。

「そんでお前らなんで揉めたんじゃ?」

先ほどの声とは全く違い男の声は朗らかで明るいものになっていた。

「いや、聞いてくださいよ。この前のデビュー戦でうまくいかなかったって話したら怒り初めて・・・・」

眼鏡の男がそう言うと女は

「だって事実じゃねえか!」

と反論したが、筋肉な男は

「がはは!そんなことで揉め取ったんか!いいか?あの室田選手ですらデビュー戦はけちょんけちょんにやられたもんじゃ。だがな、今やプロレス王者と呼ばれるほどに名実ともに成長し、負け知らず。これからの戦い次第、くよくよすな!」

男は笑いながらその部屋を後にする。

「とにかく集合じゃ。行くぞ。」

その言葉と共に2人は威勢よく返事をし、男に付いていくように部屋から出て行った。




自宅に戻り、俺は次の原稿のための書き出し、漫画の原作を務める際の資料整理を終え、アキさんから頂いた資料に目を通す。

貰った資料からはやはり大した情報は書いていなかった。

「はずれか。」

勿論こんなことで正解にたどり着けるほど甘くはないのは分かっていたのでダメージは最小限だった。淳が命を懸けて終わらせた戦いが無駄になっている。そんな気がしてならなかった。

「淳、ごめんな。」

ぽろっとそんな言葉が出てしまう。自分が情けなかった。結局あの頃と同じで何もできていない。あの頃と変わったのは責任感と部屋の広さくらいだ。

資料をファイルにしまいこみ、疲れたので寝ることにした。現在の時刻は昼の3時。お昼寝だ。

ベッドに向かおうとしたその時。大きな音が外からした。続いて部屋が大きく揺れた。

地震?

俺はそう思ったがその予想は大きく外れることになる。

「UB!」

カーテンを開け、外を見る。そこには40mほどの大きさを持つ巨体が街に放たれていた。

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