元暗殺者七島風音
第28話 手紙
先日の怒涛の合宿を終えて、帰宅した自宅で待ち構えていたのは俺を見るなり泣きそうな顔で見つめてくるキングだった。
「風音くうぅぅぅぅぅぅん……」
今日はなぜか猫を連れておらず、その代わりと言うのかはわからないが、頭の上には猫耳のカチューシャを身につけている。
この人が男でなければ、とは誰もが思っているだろうが、とにかく俺はキングに謝らなければいけない。
「……なんかその、すいません」
と、言うのも。俺はあの時キングを椅子に縛りつけたままその場を離れたのだ、鍵を持ったまま。
「もう少しで海外に飛んでしまう所だったよ……」
「マジですいません」
「本当に、風音はうっかり屋さん」
そう言いながら荷物を持って登場したのは俺の同居人であり、元同僚、そして元暗殺者のクイーン改め、八島美月だ。
合宿でのこともあり、いささか距離の取り方に困っているのだが、本人は一ミリも気にしている様子は見受けられない。
と、そこで俺のスマホが震える、取り出して確認すると、アカリからのメッセージで、中身はあと少ししたらそっちに行く、と言う内容だ。
俺はそれに了解と返信して、荷解きを始める。
「風音、私とキングは猫カフェに行って来るから後はよろしく」
「それじゃ、風音君、この借りは絶対に返すからね?」
「あー、はい。楽しみにしてますよ」
俺がそう言い終えると、二人は出て行ってしまった。しかし今思えばこれで良かったと思える、なんせ、忘れかけていたがキングとアカリは血の繋がった実の兄妹でありながら、それをアカリは知らない。
ぶっちゃけキングのことだからバレたところで気にはしないだろうが、アカリにバレてしまうと混乱を産むだろう、それに、
「……なんで俺あの時告白みたいなこと言ったんだろう」
合宿最後のBBQ、その時に俺は何故かアカリに『好きかもしれない』と、告白をしてしまった。その前の美月の件もあるのに、何故か。
恐らくこれが美月にバレたら俺は背後から刺されるだろう。
と、そんな危険な想像に身震いしながら俺は荷物の整理を始める、衣類などは全て洗濯カゴに入れ、ついでに美月の分も入れる、下着や水着などは思考をフリーズさせ、意識しないように取り出す。
……これは自分でやれよ。
********
洗濯ものを全てぶち込んだ後は、小物類などの片付けだ。美月のカバンには化粧品などが一式詰められており、俺は少し関心しながら元あった場所に戻しておく、
そんな風に片付けを進めている際に、俺は棚の中に何やら見覚えのある手紙があることに気がつく。
それは、最初美月がこの部屋を訪れた時、手に持っていた黒い手紙で、俺はそれを見た瞬間身震いした。
「……後で見てみるか」
何はともあれ、今は片付けが先だ、俺は手紙をリビングにあるテーブルの上に置いて片付けを再開した。
それから数分後、
「お、お邪魔、……します」
「お、おう……」
アカリが俺の家に到着、したものの、やはり先日の告白もあってとてつもなく気まずい。俺に限っては恥ずかしくて片付けるふりをし、今手が離せないアピールをしていた。だからだろう、気がつかなかった。
……アカリがテーブルの上に置いてある手紙を読んでいたことに。
「ねえ風音、……これ何?」
「……ん? は、……は?」
アカリは一枚の紙切れを俺の前に突き出して、そう問う、内容を確認してみると。
「婚姻届……七島風音、八島美月って、ええええぇぇぇぇぇぇ!!??」
それはどう考えても男女が結婚する際に市役所に提出しに行く例のヤツだった、しかしながら、俺の記憶には名前を書いた覚えが全く無い。しかしながら、七島風音と書かれた文字はどこからどう見ても俺の筆跡としか思えない文字だった。
「あ、アンタ美月のプロポーズの答えはまだしてないって……」
アカリの顔が陰る、そして体を震わせる。それもそうだ、先日俺がアカリに告白をして来たにも関わらず、俺と別の女との婚姻届をアカリが見たらそりゃ怒る、いくら俺でもそんなことはわかっている。
「こ、これは俺もさっき見つけて……だ、だから別にこの紙切れに深い意味などは……」
「ふふふ、……分かったわ、そっちがその気なら私だってやってやろうじゃ無いの!! 少し可愛そうだと思ったけどそんなこともう関係ないわ、全面戦争じゃボケーーーーーー!!!」
「あ、アカリ?」
興奮状態のアカリは、俺の言葉に耳を貸さず、アカリは謎の罵倒をしながら部屋を出て行ってしまった。
アカリが行ってしまった後、俺は全ての元凶である婚姻届の入った封筒を手に取る、全体的に黒いデザインのその封筒は、組織が暗殺者宛に出す手紙の特徴、主に依頼内容の詳細などが記された手紙が入っている封筒だ、
「ん? もう一枚何か……」
婚姻届とは別に、俺はもう一枚何かが入っていることに気がつく、中身を覗くと、それは幼い頃の俺が美月に向けて書いた、所謂ラブレターだった。
内容なんて定番の言葉ばかりで埋め尽くされた拙いものだったが、少なくともあの頃の美月からしたらとても大事なものだったのだろう。
証拠に、何年も前の手紙のはずなのに、破けている箇所は一つも見つからない。そんな手紙の一番下に書いてある、恐らく美月が書き足したのであろう最後の言葉を見て俺は、
「……俺は、バカだ」
『ジャックがジャックで無くなった時、私はクイーンではなく、ただジャックが大好きな女の子として会いに行く』
そう丁寧な字で書かれた言葉はやけに重く、そして暖かいものだった。
「約束……したんだもんな」
幼き日に俺が美月に約束した事、それを再開するまで忘れていた俺、全て俺が悪い。
「約束は守らなきゃな」
そう零した後、俺は片付けを再開した。
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