第26話 合宿〜エピローグ

 夢を見ていた、それは幼き日の記憶で、俺がまだジャックでも七島風音でもない、子供の頃の夢。


 クイーンの初任務に同行し、そして俺はクイーンを助けた、悪く言えば任務を横取りしたと言っていい。

 その後、気を失った俺が次に目が覚めた場所は、クイーンの背中の上だった。

 簡潔に言うと、俺は同い年の女の子におんぶされていたのだ。


『私の任務を奪った人、目が覚めた?』


 幼き日のクイーンが、まだ今の状況を正確に把握出来ていない俺に向けてそう言う、そしてその時の俺は状況を完璧に把握した途端、


『あぁぁあぁぁぁぁぁああああぁあああ!!!!!!』


 発狂した、


しかし、それも仕方がない。何せ一人の人間の命を奪ったのだ、それも初めて。罪悪感が俺を襲う、いくら組織が認めた悪人だったとは言え、その人間にも大切な家族と言うものがいたのだろう、自分にはいない分、その大切さが途轍もなくわかるのだ、


『うるさい、ちょっと静かにして』


 クイーンが叫ぶ俺に、煩わしそうにそう呟く、しかしその時の俺にはそんな言葉は届かず、ただただ震えていた、


『わかっていたこと、私たちもいずれはやらなくてはいけないと』


 ポツリと暗いトーンで呟くクイーンは立ち止まり、そして、


『……でも、その、……ありがと』


 俺はようやくクイーンの言葉に反応を示す、その時の俺には『ありがとう』と言う言葉が自分にとっての救いに感じられたのだ。


『……何で、ありがとうなんだよ』

『貴方は私を助けてくれたから』

『そしてその代償に一人が死んだ、

……こんなの間違ってる』


 幼心でもわかっている、自分がやったことは恐らく許されざる行為なのだと。

 しかし、そんな俺の言葉にクイーンはキッパリとこう言った。


『確かに間違ってるかもしれない、でも

 ……今の貴方はもっと間違ってる』


と。


『……え?』


間違っている、と言う指摘に頭を真っ白にされた俺は、クイーンの背中の上でそう言い返すしかなかった。


『私の先生が言ってた、暗殺者は殺した人間の数だけ苦しみ、そして幸せに生きなければいけないって、でも今の貴方はどう? 苦しんでばかりで幸せとは一言も言えない、そんなのじゃ殺された人も浮かばれない』


 その時の俺にはその言葉の意味が理解できなかった、と。言うよりも、俺は『幸せ』と言う感情がわからなかったのだ。


『……幸せって何だよ、少なくとも、俺たちに幸せなる価値なんて』

『あるんだよ、私たちには』

『だったら教えてくれよ、幸せって、なんだ?』

『それは自分で探して』


 なんて言われたもんで、俺はムキになってこう答えた。


『だったら、その幸せってもんがわかったら、真っ先にお前を幸せにしてやるよ』


 それは、俺にとって数少ない子供ならではの単純な感情でもあり、そして俺なりの反抗心だった。


 そしてその言葉に対してクイーンは、









 ––––––あれ、なんて言ったんだっけ?



 *******



 柔らかい匂いとサラサラとした感触で俺は目が覚めた。

 目の前には眩い銀色の髪、そしてそこからちらりと覗く白い頸、そこで俺は理解した。


「あ、風音起きた?」

「お、お前! お、降りる!!」


 俺は美月の背中から飛び降り、深呼吸をする。心臓の鼓動を落ち着かせるために。

 対する美月はどこか物足りなそうな表情で俺を見つめる。


「別に乗ってていいのに」

「い、いやだ、女の子にオブられるなんて恥ずかしい」

「別にこれが初めてじゃないでしょ?」

「ま、まぁ、……でも、今と昔は違う」


 俺は断言するようにそう言う、しかしその言葉に対し美月は、


「うん、今じゃ私と風音は夫婦みたいなものだもんね」

「……それは夢じゃなかったか」


 できることなら先ほど起こった全てを夢にして欲しい、

だって夢だったのならば、俺はクイーンの言葉を素直に……


「風音? あ、違う、……あ、あなた」

「何でもない、てか言い直すな、みんなの前では間違ってもその呼び方は止めろ、色々と危険だ」

「うんわかった、だーりん」

「対して変わんないから……」


 頭を抑えて俺はため息を吐く、そして来た道を美月と歩きながら俺は自分に言い聞かせていた。


 俺はこいつに惚れてなんかいない、と。



 *******



 別荘の近くまでくると、何やら楽しげな声と美味しそうな匂いが漂って来た、恐らく奴らはBBQをしている、俺が大変な思いをしているににも関わらずみんなは楽しそうだ、でも仕方がない、アカリ以外の三人は事情を全く知らないのだから。


 隣では美月がよだれを垂らしながら匂いをスンスンと嗅いでいた、かく言う俺も腹が減って仕方が無い、でもその前に、


「美月、ちょっといいか?」

「何?……んっ」


 俺は美月を軽く抱きしめる、ある事を確認するために。美月は体を強張らせながら、俺の腰に手を回した、そして抱き合う事数秒、


「ん、もう……大丈夫だ」

「何? ……風音?」

「なんでもない」


 そう言うと俺は走ってみんなの元へと向かう。後ろからは美月が俺に続いて追いかけてきた。


「……勘違い、だよな」


 先程の行為で、森の中でのモヤモヤは解消された、何しろ、さっき抱き合っても俺の心拍数はいたって平常だったから。


だから俺は美月に惚れてなんかいない。



でもその時の俺は気づいていない、抱き合ってから今の今まで、


俺の顔は燃える火のごとく真っ赤だと言うことに。



 二章 完









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