第25話 合宿11

 ジメジメとした空気の流れる森の中を、俺とアカリは歩いていた。典型的な展開では、一人が怖がってもう一人のパートナーに引っ付く、的な展開があったりするのだが、


 見事そのような展開に現在なっていた。


「ううぅぅうう、俺、幽霊とかそう言う心霊系無理なんだよ……」


 ただし性別は問わない、と付け足しておこう。


「ちょ、あんまりくっつかないでよ、ていうか普通逆でしょうが!!」

「知らねえよ! 怖いもんは怖いんだよ!!」


 言うのを忘れていたが、俺はメチャクチャ幽霊が苦手だったりする、テメェ元暗殺者のくせに何言ってんだ! とか言われてもしょうがない、人には苦手なものが一つや二つあるものだ。


 怯えながら進んで行く中、鳥が羽ばたいたりとか、転んで接触、なんてことは起こらず、順調に奥へと進んでいくなか、突然アカリが不思議なことを聞いてきた。


「……アンタはさ、暗殺者ってなんだと思う?」


 前を行くアカリは振り返らずにそんなことを言う、だがしかし、その言葉へのパーフェクトな回答を、俺は知らない。

 何せ、暗殺者というのは世間一般からすれば絶対悪なのだから。


 それでも、少なくとも俺のいた組織は無駄な殺しはしない、殺すのはそれに値する人物かどうか見極めてから、そして実行。

 しかし、勘違いして欲しくないのが、俺たちだってその行いを正当だと思っていない、ということだ。


 だから、


「暗殺者は悪だ、その答えは変わらない。だけど、

 ……悪にしか頼れない奴らだっている、

 そいつらからすれば俺たちは善で、救世主でもある。結局人一人の価値観は違うんだ」

「そう、ね。……ならアンタはなんで暗殺者を悪だと思うの?」

「人を殺す行為は等しく悪だからだ」


 同種を殺す、はるか昔から行われてきたそのタブー、人というものは単純で、『邪魔だから』『あれが欲しい』『憎い』何て簡単な衝動で同種を殺してきた。

 そんなこと、普通はあってはいけない、しかし皮肉にも、俺は殺すという職に身を置いていた。


 だから、


「殺されていい人間なんているはずがない、だから、暗殺者は殺してきた人間の分、苦しみ、悲しみ、喜び、生きなくちゃいけない、その心情を忘れてしまった奴は、ただの殺人者だ」


 立ち止まり、俺はアカリに向けて真顔でその言葉を送る、暗殺者であるアカリがただの殺人者に成り下がって欲しくはないから。

 そんな俺の言葉をアカリは、


「覚えておくわ、……てか、アンタって仕事熱心ね」

「うるせ、現役時代みんなに言われたよ」


 お前は暗殺者に向いていない、とか、甘すぎる、とか。

 確かにそれはそうだと思う、現に俺が引退した理由だって、俺の甘さが招いた依頼ミスに寄るものなのだから。


「アンタは、優しいね。……もっと早くアンタと出会ってたら、私は普通で入られたかもね」

「アカリ?」

「いや、なんでもない……行こ、美月を迎えに」


 その後俺はアカリに声をかける事ができなかった。

 しかし、前を向く際のアカリの儚げな表情を俺は忘れることができなかった。



 *******



 それから無言で歩き続けること数分、急に森を抜けたその場所は、崖のような場所だった。

 そしてそこに美月はいた、寝転がりながら。


「おい! どこ行ってたんだよ、大分探したぞ?」


 俺は美月に駆け寄りながらそういう、すると美月は、


「だって風音は私なんかどうでもいいんでしょ?」

「何言ってんだ、どうでもいい奴をこんなに必死に探すか」

「……その優しい言葉は私だけのものじゃない」


 そう言って美月は立ち上がる、それと同時に先ほどまで雲に隠れていた月が美月を照らす、銀色の髪に反射して、まるで月が美月のために照らしている、そんな気持ちを抱いた。


 そして月に反射するものがまた一つ、青色の瞳からこぼれ落ちる透き通った雫だった。


 美月は、泣いていた。


「美月ちゃん?」


 いつのまにか猫をかぶったアカリが、心配そうに美月に問いかける。しかしそれは逆効果で、


「来ないで! 風音を私から取ったクセに」

「え? ……何言ってる、の?」

「風音も風音でその後別の女にナンパしたんでしょ?」

「そ、それは誤解で!」


「何で私じゃダメなの!!」


 それは美月の心の叫びで、俺への問いかけだった。


「み、ずき? ……何言ってんだ?」

「風音は何も分かってない、私が誰を思って、誰を好きなのか、私は風音のそばにいると落ち着くし、別にこのまま進展しなくても、側に入れればそれでいいと思ってた、だけど……」


 溢れる涙を拭わずに美月は、


「私は風音さえいればいい、ずっとそうだった。なのに、何でアカリがそこに入ってくるの! 何で優しくしてくれるの、……何で、私を友達だと言ってくれるの? 私みたいな女を」


「美月ちゃん……」


「そんなことしたら、……もし風音がアカリを好きになったら、

 ……諦めるしかないじゃん、私が風音の前から消えるしか無いじゃん!!」

「美月……」


 俺は一歩歩み寄る。


「うるさい! ……来ないで」

「いや、俺は誓ったから」

「そんなの知らない!」


 また俺は一歩歩み寄る、できてしまった溝を少しづつ埋めるように。


「俺は、もうお前の前から消えたりしない」

「嘘、だってアカリと付き合ったんでしょ、だったら……」

「付き合って無いし、付き合う気もない!」

「嘘つかないで!」


 また一歩、そしてもう一歩。


「嘘じゃない! この先何があっても、お前に好きな人ができても、少なくとも、お前が嫌だって言っても絶対離れてなんかやるもんか!!」

「!? 風音?」


 俺の言葉で美月が後ずさる、だかまだ俺には言いたいことが山ほどある。


「俺だってな、今更お前にいなくなられても困るんだよ! 掃除だってめんどくさいし、料理だってお前の方がうまい、たまにバカな事とかもするけど、それでも俺はお前といるあの1LDKの空間が好きなんだよ!!」

「……」

「だから、俺からいなくなる何てしないでくれ……」


 普段恥ずかしくて言えないことが、俺の口から飛び出る。恥ずかしさなんてものは今は存在しない。

 すると美月は震え始め、


「私は、……風音が好きです。結婚してください」


 そして俺は思考がフリーズした。


「み、美月ちゃん!? プ、プロポーズは卑怯よ!!」


 頼みのアカリは変なことを呟きながらどこかへ消えてしまった。

 残されたのは俺と美月のみ。


「お、俺は、別にそんなつもりで言ったわけではないんだけど……」

「もう決まった、風音は私と結婚するの」


 そう言って満面の笑みを見せる美月はとてつもなく可愛かった。


 そしてそれをトドメに俺は意識を失った。


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