第22話 合宿8

 部屋の中で一人肩を落とす、閉め忘れたカーテンの隙間からは、夕日が覗いていた。


 同室の誠は、俺に気を使ってか部屋に入ってくる様子は無い、それどころか部屋の外からも人の気配が無い。それから察するに、まだみんなは海辺に居るのだろう。


 どっちにせよ、俺はみんなに心配をかけて居るだろう。いや、本当にそうだろうか? もしかしたらもう既に俺の汚さに気づいて失望しているかも知れない。


「……それは信じたく無いけどな」


 なんて独り言を呟く、脱ぐのすらめんど臭くてそのまま着ているスーツは、もはや着崩れていて、先程のような清潔感が感じられない。

 薄暗い部屋でしょぼくれた男が一人、自分で言うが誰の特にもならない光景だ。


「それに、…… やっちまったな……」


 去り際に美月に放った俺の言葉、

『お前には分からない』

 そんな事など無い、美月は誰よりも俺のことを知っている。下手をすれば俺よりも、誰よりもそばにいて見守ってくれていたのは美月なのだ。


 ……まぁ、最後に俺は何も言わずに美月の前を去ったのだが。


 それでも、他のメンツには悪いが俺は美月が一番大切だと思っている、それこそ、自分の命と引き換えにしてもいい程に。

 それぐらい美月は掛け替えのないものであり、かつての同僚であり、今では同居人でもある、言うなればアイツは……


「家族……いや……」


 何故かその後の言葉が出てこなかった。



 ********



 完全に日が落ちて、俺はみんなが戻ってくる前に一人コッソリと別荘を抜け出し、日が昇っていた時とは違って、今は静かな海辺へと繰り出していた。


 砂浜に降りるための階段に座って、今は微かな星明かりが光源となって見える歪んだ水平線に目を細める。

 そしてそのまま空を眺めるも、特に星に詳しくもなんとも無い俺には星座など分かる訳もなく、ただ星を探しては気に入った星に誰かを当てはめていた。


「……あの主張が激しいのが誠、そんで左下のがアカリかな? そして……右下がクイーンかな?」


 そんな独り言を呟いていると、


「……その中に風音君はいないの?」


 そんな儚げな声がした。


 振り向いて上を階段の上を見上げてみると、その声の持ち主はアカリだった、アカリは驚いた俺を見てニカリと笑い、そのまま階段をゆっくりと下り、俺の隣へと腰を降ろした。


「風音君の言った星はベガとデネブとアルタイルだね、

 俗に言う夏の大三角形!」

「へ、へぇ、あれが噂の」


 夏の大三角形なる物の存在は、いくら星に詳しくないという俺でも知ってはいたが、その三角形を象る星の名前までは知らなかった。

 と、俺が素直に感心していると、


「約束通り戻って着てくれたね、でも、なんか今の風音君はいつもの風音君じゃ無いなぁ?」

「いつもの俺、ね。……いつもの俺ってどんな?」


 俺は空を見上げたままアカリに問う、

 隣に腰を下ろすアカリも、俺と同じく空を見上げたまま、


「バカで、アホで、ウザくて、イライラして、鈍感で、女垂らしで、」

「お、おい?」


 なんか全部悪口のような、


「でも……なんかほっとけなくて、たまにかっこよくて、それでいて頼りになるって感じ?」


 やけに高評価だな、


「……俺はそんなやつじゃ無いよ、」


 そう、断じて違う。


「本当の俺は、歪んで、濁って、汚れていて、嘘つきで、強情で、欲張りで、嫉妬だってするし、くだらない事で怒ったりもする、しかもアカリを傷つけた……」


 俺程最悪と言う言葉が似合う男もなかなかいないだろう。


「……それだけ?」

「え、……それだけ、って」


 アカリは、真顔で俺にそう言う、そして


「そんなの、誰だってそうだよ、私だって嘘つきだし、強情だし、かなり嫉妬深いし、おまけに自信過剰、やれもしないのにいろんなことに首突っ込んで見たり、しかもみんなの前で猫かぶってるし……あ、でもみんなのことは普通に好きなんでけどさ」


 それは、完璧な美少女と言う名の皮が剥がれる前兆で、


「結構私って嘘つきだよ? それもかなり重度の、色んな嘘ついて着たし、今だって嘘を付いてる」


 五月雨アカリの本音だった。


「え、と。大丈夫か?」

「何それ、なんの心配だっての、……あー、バカらし。あんたのせいで今まで私の積み上げて着た嘘が全部崩れたし、これでお淑やか系キャラも終わりかな?」


 あれ、何かアカリのキャラが……

 と、思ったのと同時に、


「……プッ、アハハハハ!!」

「な、何笑ってんのさ! 別に笑わせるような事言って無いし!」


 初めて見たアカリのその顔は、予想以上に滑稽で、想像以上にピッタリだった。


「いやゴメン、なんかおかしくて。アカリ、そっちの方がいいかもだな」

「……別にアンタの感想とか聞いてないし」

「ん? なんて?」

「なんでもない!!」


 夏の大三角形の下、俺は笑い出す。何処かで見たラブコメのワンシーンの様な光景に、尚更笑いが増幅される。

 いっぱい笑って、笑って、笑い続けていたら、


 何故か涙が溢れていた。


 気がついたら、


「俺さ、……暗殺者、だったんだよね」


 今世紀最大の暴露をかましていた。


「……は? ……嘘」


 それを聞いたアカリは、俺の予想していた驚き方とは全く違う、何処か意味深な驚き方をしていた。


「アカリも暴露してくれたから、俺も秘密を明かした」


 ふざけた軽い口調でアカリに告げる、これは俺の告白でもありながら確認だ。アカリが本当に暗殺者なのかどうかを。


 ……さぁ、どう出るか。


「……前の俺はジャック、暗殺業界では結構有名だったんだぜ? そして、今の俺は七島風音、でも、多分まだ俺は過去の自分を捨てきれずにいる」


 ここぞとばかりに畳み掛ける、もはや躍起になっているといっても過言ではない。そんな俺の暴露にアカリは何か思案している様子だった。

 そして何かを決意したかの表情で俺を見つめる。


「だから、そんな俺だから、もうみんなとはいられない。暗殺者ジャックはここにいてはいけないんだ」


 もうあの場所に俺の居場所何か無いのだから。そんな俺の言葉に対し、アカリの吐いた言葉は意味不明なものだった。


「そう、……それじゃ、今のアンタは七島風音ではなく、暗殺者ジャック。でいいのよね?」

「あぁ、そうだと……」


 も、と、言い切る前に、俺のこめかみには、冷たい銃口が突きつけられていた。


「私は、暗殺者ジャックであるアンタには興味ない、だから








 死んで?」



 そしてジャックと言う名の暗殺者は、死んだ。




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