第21話 合宿7

 受付の前で些か怪しまれたものの、キングがどこからともなく取り出した招待状とやらのお陰で難なく船の中に乗り込むことが出来た。


「と言うか、ドレス似合ってますね」


 俺はジト目で隣を歩く金髪美女を褒める、


「もう風音君ったら、褒めても何も出ないわよ? 出るとしたら……」

「一刻も早くその喋りをやめてください」


「……つれないねぇ」


 軽々しく褒めた俺が馬鹿だった、いくら似合っていてもこいつは男だ、その割に手足もスラリとしていて、尚且つ顔も女顔なのでタチが悪いったらありゃしない。


「そんな事より、ホントにここにクイーンがいるんですかね?」

「風音君の友達がそう言ったんだろ? 風音君は自分の友達を信じないのかい?」


 キングの言葉に俺は顔を顰める、


「……俺にはアイツらと友達になる資格なんか無いですよ」


 社会の裏側を歩いてきた俺には、表の世界に居場所何かあるわけが無かったのだ、恐らく俺は甘えていたのだ、アイツらの優しさに。


「風音君は昔から自己評価が低すぎるよね、もっと自分を評価してもいいと思うけど?」

「逆にアンタは自己評価が高すぎです、少しは自重して下さい」


 この人はもう少し謙遜と言う言葉を理解した方がいいと思う。


 そんな会話をしながら船内を歩き回っていると、パーティーの会場へと着いた、会場内は既に満員に近く、各々が既に酒を片手に食事等を始めていた。


 それを見ていると、うっかり昼食を食い損ねた俺の腹の虫が悲鳴をあげる。

 それを聞いたキングが隣でクス、と笑ったもんで余計に恥ずかしくなる。


「一応僕達も正式なお客さんとして入場しているから、何か食べてきたらどうだい?」

「今はそれどころじゃ無いですよ、って、……何食べてんすか」


 俺の横ではローストビーフを黙々と口に放るキングの姿があった。

 何だか今すぐコイツを殴り飛ばしたい衝動に駆られたが、腹が減ってはなんとやら。


 俺は小走りで盛り付けられた料理を皿に盛り付ける、ローストビーフ多めで、


「結局風音君も食べるんじゃん?」

「食べれる時に食べておいた方がいいとクイーンに言われたもんでね」

「ふーん、成程」


 何が成程なのかは一切謎だが、ローストビーフは普通に美味しかった。


「って、こんな事してる場合じゃないですよ! 早くクイーンを救出しなきゃ!」

「そんなに焦らなくてもクイーンは無事だとも、少なくとも傷をつけられることは確実にない、それどころか歓迎されてるからね」

「何言って……」


 キングの意味不明な言葉に俺は苛立ちを隠せなかった、しかし、その苛立ちもスグに消え去った、そしてキングの言葉にも全て理解が出来た。


 何せ、探していたクイーンが、会場の壇上の上に立っていたからだ。


「……」

「ね、言ったでしょ?」

「何か、……疲れた」


 俺達が潜り込んだ、このクルーズ船で開かれている船上パーティの内容は、


「今までお世話になりました、……乾杯」

「「「「かんぱーい!!」」」」


 クイーンの現役引退送迎パーティだった。



 ××××××××



 時過ぎて、現在クルーズ船の一室。


「ホントに紛らわしい! 普通に言ってくれよ!」

「いやね、そっちの方が面白いかと思って」

「面白いとかの問題じゃないですよ……」


 ジャラり、と鎖の音がした、何故? 勿論。


「……と言うかこの拘束を解いてもらえないかな、風音君」

「断固拒否する」


 椅子の上に座らせ、そして鎖をきつく巻き付けられたキングは少し涙目だった、しかし慈悲は無い。今回ばかりはやり過ぎだと思う。


「ホントに悪かった! 最初は普通に伝えるつもりだったんだけど、クイーンが行かないって駄々こねるし、風音君は絶対来ないと思ったから……」

「もう少しやり方ってもんがあったでしょ……」


 まぁ、確かに呼ばれても絶対行かないというのは否定しないけれど、

 それでも、


「いくら何でも拉致してまでクイーン連れていくのは無いと思います」

「それは私も思う」


「面目無い……」


 俺とクイーン、いや、引退したので美月の言葉でキングはしゅんと顔を萎ませる。

 少し可哀想だと一瞬思ったが、そんな思いもこれまた一瞬にして消え去った。


「まず、この銃は何ですか?」


 懐から取り出した銃をキングに銃口を向けつつ見せる、するとキングは目をそらしながら、


「……雰囲気作りにと思って、よく似せた水鉄砲だよ」

「はぁ、」

「ちょ! ため息つきながら顔に撃たないで!」


 中の水を全て出し切るまで撃った、その時キングは少し泣いていた、多分。


「じゃあ、合宿前俺に言った事も全部嘘なわけですね」


 一応核となる部分は濁してキングに問い詰める、


「いや、それはホントのこと」

「そう、ですか」


 それはそれで割と反応に困ってしまう、何せ、俺はつい先程キングの妹であるアカリに告白されたのだ、そして振った。


 兄であるキングに対し罪悪感を感じ俺はキングの目を逸らしてしまう。


「大体の事情は把握してるよ、なに、風音君が気にすることじゃないさ、僕の言いつけを素直に守ってくれたという事だしね」

「……ギリッ!?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はキングを罵ってしまいそうになり、ほんの少しの理性と食いしばった歯のお陰で何とか持ちこたえた。


 しかし、


「俺は、初めて暗殺者であった事に嫌気がさしましたよ」

「……風音君」


 自分の気持ちよりも任務を優先すると言う、暗殺者ならば優等生タイプのこの俺という暗殺者が。

 少なくとも、俺はあの時アカリに好意を持っていた、そしてそれは恐らくアカリも同じで、


「俺は皆を裏切ったも同然だ……」


 アカリの件で塞き止められていた真実という名の水が、一気に崩壊と同時に流れ込んできた。

 今までの楽しかったことや、嬉しかったこと、そしてドキドキしたと言う感情が、全て偽りの俺が招いた結果なのだと。


「違う!! 風音は皆を裏切ってなんかいない!」


 部屋に美月の声が響く、


「いや、俺は裏切った。アカリを、そして俺を信じてくれる皆を……本当の俺はこんなにも歪んでいるのに」


 汚れて、汚れて、汚れきった末に歪んでしまった俺の人格で、


「確かにそうかも知れない、

 ……でも、風音は楽しかったんでしょ? 」


 美月にしては心に響くセリフだった。そうだとも、楽しかったさ、さっきも言ったがそれは事実だ、でも全部偽りの俺が……


「偽りとか真実とか、そんな物は大した事じゃない! 大事なのは、

 ……楽しかったという事実」


 そう言って美月は俺に歩み寄る、後一歩で手が届きそうな距離になった時、俺は美月から一歩下がった。


「そんな簡単に割り切れるもんじゃ無いさ……お前には分からないよ」


 それだけ言って、俺は二人に背を向けた。

 扉を開ける直後、キングは俺に、


「風音君、またそうやって全部投げ出すのかい? 真実から目を背け、自分自身を守るために」

「……うるさいですよ、アンタだけには言われたくない」


 そう言って、俺は部屋を後にした。

 船から出て、鬱陶しいスーツのネクタイを緩めて、俺は少し傾き始めた太陽の下で、水平線を眺めた。


 その水平線は、少し儚げに見えた。




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