第20話 合宿6

「どうしたの、アカリ」

「いやぁ、何となく一人になりたくて」

「そっか、……私もそんな感じ」

「えへへ、一緒だね」


 波の音だけがその空間を支配する、寄せては返す波の音はどこか心地よくもあり、騒がしくも感じた。


 そんな静かな空間に荒い足音が二人分、その足音を聞いた時、銀色の少女はその足音の持ち主達を一瞬にして把握した。


 これはクイーンの暗殺者としての経験だからこそなせる、並々ならぬ危機察知能力によるものだ。


 クイーンは予感したのだ、この足音の持ち主が自分達にとって害ある存在だと、


「……アカリ、ちょっとその岩陰に隠れてて」

「え、どうしたの? いきなり」

「いいから、早く」


 クイーンの剣幕に押されたアカリは、わけも分からずに岩陰へと移動する。

 そしてクイーンは、


「……せめてアカリだけでも」


 そんな先程抱いた感情とは別の言葉を吐き出して、恐らく来るであろう敵対者に立ち向かうべくかつての自分に切り替える。


 そして、


 ランク二位の暗殺者は二人を相手になすすべもなく拉致された、

 その光景を、アカリは驚愕しながら見つめていた。



 ××××××××



 砂浜の上を必死に駆け抜ける、キングの言葉が正しければその始末屋、と言う奴らの腕は大したものなのだろう、

 普通あのキングなら、そのような組織に尻尾すら掴まれずに逃げられる筈なのだ、しかしキングは間に合わずに追い詰めらた、


「……そんなヤツらを俺一人で何とか出来るのか?」


 無理に等しい、いくらランク三位の暗殺者だったとしても、所詮暗殺と言うのは殆ど交戦などしない、一撃こそ必殺、それが暗殺というものである、


 それでも一応体術なども習ってはいるのだが、だとしても勝てる見込み等は一ミリもない。


「……だったら、そいつらよりも早くアカリを回収すれば任務は達成って訳だ」


 生憎と、アカリの消えていった方角は分かっているので、アカリがいるであろう場所は把握済みだ、


「頼む、どうか……」


 歯を食いしばって走るスピードを早める、周りの好機の視線が背中を貫くも、今はそんな事気にしている暇などない。


 ――――間に合ってくれ。


 柄にもなく何かに祈りながら、俺は砂浜の上を走り続けた。



 そして、ここだと睨んだスポットにアカリはいた、俯きながら、


「お、おいアカリ? 皆心配してるぞ?」


 さっきの件もあり、些か気まずい感があるが、とにかくそんな事を考えている暇はない。


 俺は俯くアカリに手を差し伸べる、しかしアカリは俺の手を取りもしない。

 ただただ下を向くだけだ、


「アカリ、行こう」

「……きが、」

「え?」

「美月ちゃんが……」


 途端何かに怯えるようにアカリが虚ろな視線を俺に向ける、その瞳からは無数の涙がこぼれ出ていた。


「美月が、どうかしたのか?」

「……変なヤツらに、攫われた」

「……そう、か」


 途端に頭が痛くなる、

 キングめ、ターゲットはアカリじゃなかったのかよ、いや、その前に始末屋なる者達はどこからキングの妹の存在を知ったんだ?


 そう考えれば色々と可笑しい、あまりにも話が出来すぎているのだ。

 何かこう、何者かがこうなるように仕向けたかのように。


「そいつらは何処に行ったかわかる?」

「……た、多分、アレ」


 アカリが指さす先を見つめるとソコには、


「マジで……」


 海外のマフィアとかがいかにも潜伏先に選びそうな大型クルーズ船だった。


「……ちょっと俺、お話してくるよ」

「そ、そんなことしたら風音君まで!」

「俺は大丈夫だよ、気にしないでいい」


 俺は結局あのメンツに要らない存在なのだから、

 でも一つだけ言わせてほしい。


「アカリ、……ゴメン」


 それだけ言って、アカリの反応も待たずに俺はクルーズ船へと走り出す、


 そんな俺を、涙を流しながらアカリが見つめていた、

 俺はまたしてもアカリを泣かせてしまったようだ、


 やっぱり俺は……


「風音君!!」


 アカリの声で俺は立ち止まる、俺はアカリの顔を見れなかった、そしてこれから繰り出される怒涛の罵倒を……


「私、諦めないから!! だから、

 ……無茶はしないでね?」


 予想もしてなかった言葉に俺は驚く、そして、



 ……何故か笑っていた。


「……アカリは優しいな」



 ××××××××



 大型クルーズ船の正体はら表向きはどうやら船上パーティという物らしく、まだ時間は昼を過ぎたばかりの筈なのに、続々と船にドレスやスーツを着た男女が乗り込んでいく。


「うわ、早くも詰んでる」


 ここに入るためにはまず自分を着飾らなくては成らない、そして恐らくパートナーと言うのも必要なのだろう、


 現在の俺はスーツなど来ていなければパートナーすらもいやしない、

 現状は海パンとパーカーを羽織ったゴリゴリの海水浴客。


 ……ここは正面突破で切り込むしか、


「やぁ、悩める若者よ、僕が君のパートナーになってしんぜよう」


 そんな声と共に俺は振り返る、そして絶句した。


 だって、


「ど、どなたでしょうか?」


 そこには、綺麗なドレスに身を包んだ謎の金髪美少女がいたから。

 やけに綺麗な真紅のドレスと整った顔つき、まるで神がオーダーメイドで作ったとも思えるほど精巧な人形のようだ。


「……風音君? もしかして僕に惚れちゃった?」

「……あれ、ってキング!?」

「正解だとも、さぁここに君の着替えもある、さっさと着替えて船上パーティと洒落こもうじゃないか!」


 どうやら人生初の船上パーティは、見た目は女、中身は男のキングと一緒になりそうだ。

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