第19話 合宿5
波の音も完全に消えて、俺の耳には自分の心臓の鼓動だけが木霊する。
人間というのはこんなにも心臓が高鳴るのかと思うと少し不思議に思ったが、今はそれどころではない。
「……え、と、アカリ?」
「……」
アカリはただ俺の瞳を真っ直ぐに見つめ、俺の答えをひたすらに待っていた。
そして俺の頭の中では合宿前のキングの言葉が蘇る、
『アカリに恋しないで欲しい』
「俺は……」
そして俺はアカリに、答えを喉の奥の弾倉に装填して、そして口という名の引き金を引いた。
××××××××
初めての胸の高鳴りにイライラする、当初はこんな予定では無かった。
この言葉は合宿の最後に取っておく筈だったのに、流れに流されて私は言ってしまった。
「……え、と、アカリ?」
「……」
コイツに名前を呼ばれるだけで胸の鼓動が一気に早くなる、この感覚は何なのだろう?
もしやこれが恋と言う感情なのだろうか?
いや違う、そんな筈ない。私にそんな感情など存在しないのだ、これはきっと夏という名の病のせいだ、
でも無意識のうちにコイツの瞳を見つめてしまっている、私の言葉に対する答えを待ちながら、
好きだと言ったら私はどう返せばいいのだろうか? 任務の達成に私は喜ぶのだろうか?
逆に、好きじゃないと言ったら? 私はどんな反応をするのだろう?
苦しくて、もどかしくて、早く答えを言って欲しくて、あぁ、
もう隠すのはやめよう、
私は、五月雨アカリという名の暗殺者は、
――――多分、恋に落ちている
××××××××
「俺は、その、……ゴメンアカリ、俺はアカリとは付き合えない」
そんな答えという名の弾丸を発射した、
それに対してアカリは、
「ま、そうだよね。ごめん風音君、この事は忘れて?」
そう言うとアカリは立ち上がってどこかへ走り去ってしまった。
立ち上がる際に落ちた雫に気づいた時には、もうアカリは手の届かない場所へと走り去って行った。
「……はぁ、勿体無い」
今思えば大分勿体無いことをした、いくらキングの頼みを守ると言っても、そんな、
たかが口約束の為に女の子の告白を断る何て、
いや、ホントにそれだけが理由でアカリの告白を断ったのか?
その筈である、俺が断ったのはキングの言葉が脳裏によぎったからであって、決して、それともう一つ浮かんだクイーンの姿のせいではない。
「……なんでこんな時にクイーンの事が」
そうして一人パラソルの下で項垂れていると、他の四人が丁度戻ってきた。
「おーい風音、焼きそば買ってきたぞ!」
そんな元気のいい誠の声を聞くと、少し元気が出た気がした、やはり誠はこのメンバーに必要な存在だ。
無くてはならない、
「あれ、アカリンはー?」
右手にラムネを持つ南部は相変わらず眩しくて、目がくらんでしまいそうだ。
やはり南部もこのメンバーに必要な存在だ。
「トイレとかじゃない? それとも一人で泳ぎに行ったとか?」
イカ焼きを頬張りながらそんな事を言う真奈もいわゆる仕切り役で、このメンバーに必要な存在だ。
アカリもメンバーの中心的存在であり、メンバーの花である。アカリがいないこのメンツなど、もはや萎れた花に等しい。
誰一人欠けては成り立たないこのメンツの中で、俺の役割といえば?
……アカリを泣かせるクズ男、か?
自分で言って笑えてくる、そんなメンバー何て要らないのだ、リア充というメンツの中で一人混じった元暗殺者、任務に忠実で、約束事を破らないだけが取得のこの俺、
そんなやつ何て、
「悪い、……ちょっとまだ頭痛いから別荘に戻ってる」
「大丈夫か風音? すんげーやばげな顔してるけど」
「少し眠れば大丈夫だよ」
心配してくれる誠に、素っ気ない言葉で返して、俺は三人に背を向けて一人別荘へと歩き出した。
「……あれ、そう言えば美月ちゃんいなくね?」
その中にクイーンがいないことに気づきもせずに。
××××××××
私と言う人間はかなり嫉妬深い、それこそ所有物に群がる蝿を瞬時に握り潰してしまう程に、
だから私は、八島美月という名前を授かった私は、風音とアカリのやり取りの一部始終を目の当たりにして、アカリに殺意が沸いた。
仕事を通しても、こんなに人に殺意が湧いたのは初めてだった。
恐らくこれが『ヤンデレ』というやつなのかも知れない。
「でも風音はアカリの告白を断った」
そう、確かに風音はアカリを振った、その筈なのに、
「どうして涙が出るんだろう」
こんな気持ちなど知りもしない、ただわかるのは私が風音を大切だと思っていることだけで、それ以外の事など精神的に厳しい生活を送ってきたせいで知り得ない。
人一人いない波打ち際で私は一人風に吹かれていた。
水平線を眺めて、張り裂けそうな心臓を憎みながら。
そんな時に、
「あれ、……美月ちゃん?」
ふらっと私の前に現れたのは、目元を赤く腫らした私の憎むべき人間、アカリだった。
××××××××
別荘で自分に割り当てられた部屋の中心で寝そべりながら、いかに自分が最悪だと言うことをひたすら自分に言い聞かせていた。
所詮、引退した身であっても俺は何処までも暗殺者だったのだ、こんなにも汚れて、もはや人としてのあり方すら偽って、
そんな偽りという名の皮を被って、青春という名の巣に立てこもり、過去という名の地雷によって全てを失いつつある。
「ほんっと、馬鹿だよな……」
昔から人の気持ちを理解することにかけて、俺は天才的だった、しかしこれが色恋沙汰となればその才能は全く機能を果たさない。
そんな欠点を見過ごした結果がこれである、
「アカリが暗殺者とか、キングの妹だとか、俺の事を好きだとか、もう意味わかんねぇよ……」
気づいたら声が大きくなっていて、別荘内には俺の声が響いていた、
そうして自己嫌悪に苛まれた俺は、気分転換に外の空気を吸おうとカーテンで外が見えない部屋の窓に近づく、勢いよくカーテンを開けるとそこには、
「ハロー! 風音君。恋に悩める若者よ!」
アロハシャツにサングラス、仕上げに麦わら帽子という古き良きスタイルのキングがいた。
「……タイミング悪いっすよ」
「あらま、ひどい顔してるね風音君」
「ほっといて下さい」
「んー、ぶっちゃけると放っておきたかったんだけどさ、そうもいかなくてね」
そう言うとキングは、窓淵に体重を預けて俺に背を向ける。
「……多分このままだとアカリとクイーンが拉致される」
「……ハイ?」
数秒思考が停止した。
「詳しくは言えないんだけどさ、僕を狙う始末屋的なのがここまで来てる、んで、最近僕の妹だと発覚したアカリをねらってる」
「十割がたアンタのせいじゃないですか!」
「まぁまぁ、落ち着きたまえ若者よ」
そんなイラッとくる声音でキングは俺を諭す、そして鉄の何かを俺に手渡した、そいつは俺にとってかつての商売道具。
「頼りになる大人から、君に、悪党から美少女を救う、と言うシュチュエーションをプレゼントしよう」
……いや、それただ厄介事を俺に押し付けてるだけじゃん、とは言えなかった。
「それじゃ、頑張ってくれよ? ジャック」
それだけ言うとキングはヤケにカッコつけてどこかへ消えていった。
「……どちらかと言えば悪党はアンタですよ」
そんな愚痴を零した俺は、せめて最後に始末を付けようと行動に移す。
……今から俺は暗殺者ジャックだ。
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