第13話 ある日の七島家の日常

「風音、猫飼いたい」


 クイーンがそんなことを言い出した。


「いやいや、うちのマンションはペット禁制だから」


 コンマ数秒で俺はクイーンのお願いを却下する、それも仕方ないことで、先も言った通り、うちのマンションはペット禁制、この前キングが猫たちを連れてきたときはそれはもうタップリと叱られたのだ。


 しかしながら、実は俺もちょっと最近ペット飼いたい欲が出てきているのも事実である。


「……お願い」

「上目遣いで言ってもダメなものはダメだ!」


 アカリ程ではないが、クイーンの上目遣いも割と破壊力が強い、何せクイーンは普通に美少女なのだから。


「……これでも?」

「おい、無言で俺の息子を撃ち抜こうとするな」

「猫を飼うか、息子を失うか、どっちがいい?」

「それはもはや脅迫だ!!」


 しかもどっちとっても俺の不利益になるだけじゃねえか、そんな選択肢は認めるわけがない。


「どうしても?」

「ああ、無理だ」

「……わかった」

「なんだやけに素直だな?」


 素直すぎて寒気がするレベルなんだが?


 しかし、次にクイーンがとった行動は俺の予想できないものだった。


「にゃー」

「……なんのつもりだ」


 現在の状況を説明しよう、俺の正面に猫がいた。

 いや、本物の猫ではないのだが、正確に言うと、俺の正面で四つん這いになって『にゃー』と鳴く、クイーンがいた。


「にゃんにゃん」

「なんか気持ち悪いからやめてくれ」

「今日一日私が猫の真似をして過ごす、風音はそれを見て可愛いと思ったら風音の負け、そして猫を飼う」

「簡単に言うとお前が猫を真似て猫の可愛さをプロデュースする、と言うことか?」

「うん」


 言ってくれるじゃねえか、俺がそんなことに屈するわけが……ない、多分。



 ******



 一戦目、膝の上は私の物。


「にゃー」

「……」

「にゃー」

「……」


 なんだこのカオスな状況は。

 これはあれだ、ただクイーンが俺の膝の上に乗っかって、にゃーにゃー言ってるだけの代物じゃないか。


「にゃー……むー」


 どうやら我が家の猫もどきはなにかが気にくわない様子。

 するとクイーンは、


「ちょ、おま……」

「にゃんにゃん」


 現在の状況、所謂対面座位。


「ちょ、待て待て!」


 俺は手遅れになる前にクイーンを引き剥がす、引き剥がされたクイーンは何か言いたげな様子。

 だって仕方ないじゃん、あんな体勢、色々やばいじゃん? 男ならわかるよね?


 と。言うわけで、第一戦は無し。



 ******



 第二戦目、ナデナデ。


「ふにゃぁー」

「……」

「にゃ、にゃん」

「……」


 何だこれ、ただ単に俺がクイーンの頭を撫でてるだけじゃないか。

 銀色の髪の毛を優しく撫でてあげると我が家の猫は気持ちよさそうに鳴き声をあげる。

 次は顎の裏を撫でてあげる、


「……」

「んっ、にゃ、にゃ、あっ」

「……」


 なんだか楽しくなってきた。

 勢いに乗った俺は両手で頭をわしゃわしゃと撫でたあと、我を忘れて猫に頬ずりする。


「ね、ねぇ風音……ち、近い」

「……」

「んっんんっ」

「……」


 ああ、我が家の猫の頰はとてもスベスベで気持ちいです。

 猫ってこんなスベスベしてたっけ?

 ま、いいか。


「か、かざ、ね? ……」

「……ん? ああ!! 悪い、調子に乗った!」

「べ、べつに、……いいけど」


 その後なんだかお互い恥かしくて俯いてしまった。

 ……俺はなんてことを。


 二戦目、無し。



 ******



 三戦目、一緒に昼寝。


「ん、んじゃ、おやすみー」

「にゃー」


 いやいや、おかしくないこれ? ただこれクイーンと一緒に寝てるだけじゃん?


「すー、すー、」

「いや、寝るの早!?」


 始まって数秒、我が家の猫はすぐに寝てしまった。その寝顔をじっと見つめていると、こっちまで眠くなってしまう。

 やば、本当に寝そうだ。


「お、おい、本当に寝ちゃダメだろう?」

「すー、すー、すー」

「こりゃダメだ」


 恐らく数時間は起きないだろう、なので俺も少しだけ眠ることにした。


「……」


 って寝れるか!


 目の前にはスヤスヤと眠るクイーンの顔、無防備なその寝顔はランク二の暗殺者だとは誰もが思うまい。

 そんな寝顔を見ていると少し悪戯心が芽生えた。


「おーい、起きろー?」


 頬をツンツンしても一向に起きる気配は無い。

 そんな事を続けていると、


「……んー、ジャック、……もうどこにも行かないで、ね……」

「……」


 そんな寝言に少し俺は心が痛む。

 俺は自分が引退する事を誰にも告げずに引退したのだ、理由は些細な事で、別れを告げるのが恥ずかしかったから。


 そんな下らない理由でクイーンはとても心配したのだろう。


「……もう何処にもいかねーよ」


 そう呟いてクイーンの頭を優しく撫でた。

 するとクイーンは満足げに微笑み、寝息を再開した。

 寝ているので今の俺の声など聞こえはしないのだが、何故だか俺の心はスッキリとした。


 因みに起きてからめっちゃ恥ずかしくて一人トイレで悶え苦しんだ。


三戦目、無し



 ××××××××



 余談



「はぁ、何かめちゃくちゃ疲れた」

「風音、次は……」

「まだやんのか!」

「勿論、次は、『ペットと一緒にお風呂』」

「やるか!!」

「ふふ、冗談」


 そう言って微笑むクイーンは年相応の女の子のそれで、俺はドキッとしてしまった。

 下手をすれば好きに……


 いや、無いか。だって……







 ――――俺にクイーンを好きになる資格なんて無いのだから。


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