第9話 素晴らしかな青春の日々1
すっかり陽が落ちた高級住宅街を俺は必死に走っていた、目的地はアカリの家。
理由としては、今日の放課後から今までの出来事までを推測して、今から一番クイーンが行きそうな場所だと予想したからだ。
「だとしても何で……」
キングは、クイーンは銃を所持して出かけたと言った。
もしかしたら、何て事を一瞬考えてしまったが、クイーンに限ってそんな事は無いと信じたい。
なんせ、アイツは暗殺者の中で恐らく一番殺しが苦手なのだから。
今でも殺しに抵抗があるのかは分からないが、少なくとも任務外の殺しは絶対にしない奴なのだ。
「……クソ!!」
そんな言い訳の様な言葉を延々と並べながら。俺は走るスピードを少し早めた。
……懐にしまい込んだ一丁の拳銃に意識を向けながら。
*******
先ほども通った道を走ること数分、すっかり鈍ってしまった体は長時間のランニングに耐えられるはずもなく、悲鳴をあげていた。
「こりゃ流石に運動しないとまずいな……」
先日クイーンに強制された早朝ランニングの時も思ったが、現役の時とは違い現在の体力は自分でもびっくりするほど落ちている、これはリア充生活を謳歌している俺にとっては割と死活問題かもしれない。
今日の朝テレビで『肥満増加中』のニュースを見て少し恐怖する俺だった。
さて、
「現実逃避もここまでにして行動に移さないとな」
そう呟き人差し指に力を込める、少し力を入れれば良いなずなのに何故か俺の指は動いてはくれなかった。
俺は今恐るべき敵と対峙していた。
そいつは色黒で少し光沢のある、
……呼鈴という名の敵と。
何だお前、びっくりさせるなよ! 何て思われた方には謝罪しよう、しかし俺にとってコイツはかなりの強敵である。
何せコイツはそんじゃそこらの呼鈴では無いのだから。
「あの五月雨アカリの家の呼鈴だぞ、そんな簡単に押せるわけないだろう……」
説明してなかったが、アカリはその圧倒的な美貌で高校のマドンナ的存在なのだ、そんな彼女の家の呼鈴を押す、それはかなりの覚悟がなければ出来ないことだ。
少なくとも俺にとっては。
「あれ、風音君? 何してるの?」
「……」
人差し指を呼鈴にタッチしながら俺は絶句した。
ギギギ、とまるで錆びついたロボットの如く声の持ち主の方へ首を曲げる。
「や、やあ、アカリさん、さ、さっきぶり」
ヤバイヤバイヤバイ。
どうしようこの状況、普通に気持ち悪さ全開じゃないか。
夜中に自分の家の前で呼鈴押すのに戸惑っている奴を見かけたら俺だったら即通報するわ!
「そんな空き巣中にバレた犯人みたいな顔してどうしたの?」
「そ、そんな顔してた俺?」
結構傷つくんだけど、
「うん、モロそんな顔してたよ」
そう言ってアカリは微笑む、それに釣られて俺もなんだか笑ってしまった。
よく見るとアカリは右手にコンビニの袋を持っていた。
「あ、もしかして美月ちゃんに会いに来た?」
「え、今アカリの家にいるのか?」
恐らく居るとは確信して居るため俺は、『フーン、全然知らなかった』と言った感じで惚けて見せる。
しかしそれが逆効果だった。
「へ? 私てっきり美月ちゃんに会いに来たと思ったのに、じゃあ何で私の家に来たの?」
デスヨネ、そうなるよね、自分で墓穴掘ってたよ。HAHAHA!!
「それはその……アカリに会いに来た、とか?」
「何で疑問形なのさ! ……まぁ、それが本当なら嬉しいけどさ」
「お、おう、嘘じゃないよ」
背に腹は変えられない、この嘘で突き通すとしよう。
まぁ、ぶっちゃけそんな気持ちも無きにしもあらずなんですけどね。
「折角だから上がっていってよ、中に美月ちゃんも居るからさ!」
そんな風にアカリが半ば強引に俺を家の中に進めるもんで、俺は表向きはイヤイヤ、しかし内心ノリノリでアカリ邸へと踏み込むのであった。
この時の俺は、目の前のアカリに夢中で本当の目的を忘れると言う、元暗殺者とは思えないミスを犯していた。
********
アカリに促されるまま家に入るとやけに静かだったので、アカリに聞いてみると。どうやら両親は仕事の都合で海外に居るらしく、今この家にはアカリ一人だけで住んで居るらしい。
「一軒家に一人って寂しくないの?」
「んー、慣れた、かな? ……何なら風音君が一緒に住んでくれる?」
「喜んで、と言いたいところだけど、常識的に考えてね」
本音を言うと今すぐにでもここに移り住みたいのだがそんな訳にも行かないので俺は苦笑いで返す。
そんな雑談を交えながら二階へと上がる、アカリが先頭を歩いており、その後ろを俺が歩いている、何が言いたいかというと、
「(……太もも綺麗すぎだろ)」
アカリの履いている短パンからこんにちはしている太ももに俺は釘付けだった。
変態とか言わないでほしい、これは男なら仕方無いことなんです。
そんなパラダイスタイムも終わり、アカリが部屋のドアを開ける、俺は少し遠慮がちに中に入ると、そこには騒ぎの元凶たるクイーンが何の悪びれもせずに、ちょこんとベッドに座っていた。
「あれ、何で風音が居るの?」
「……それはこっちのセリフだっての」
俺はクイーンをジト目で睨みつける、まぁしかし、コイツのお陰でいい思いもできたし許してやるとする。
「ごめんね風音君、私が美月ちゃんを呼んだんだ」
「え、そうだったんだ」
「そう、アカリはライバルだけど、友達でもあるから」
友達、ねぇ。コイツの口からそんな言葉が出るとは。
俺がいた時なんかは組織のやつを友達と口にしたことは無かったのに。
「あ、そう言えば」
何かを思い出しかのようにアカリが俺に向かって、
「風音君と美月ちゃんって一緒に住んでるんだって?」
そんな爆弾をぶっ込んで来た。
「は、はい? そんなことあるわけ無いじゃん」
「もー、誤魔化さなくてもいいよ、だからここにも来たんでしょ?」
「だから誤解だって、ったく、誰がそんなデマ……」
「私」
いつだって裏切りは身近に存在する、と。かつての師が教えてくれた。そしてどうやらその言葉に偽りは無かったらしい。
「……お前な」
「別に隠すようなことでも無い」
「はぁ、」
結局全部最初からバレてたってことか、つまりアカリはそんな事実を知っていながら俺の嘘に付き合ってくれていた、ということだ。
なんだか凄く恥ずかしい、今すぐ自害したい気分だ。
「と言うか風音は今日どうするの? 私はアカリの家に泊まっていくけど」
「折角だから風音君も泊まっていきなよ、部屋は隣の空き部屋使っていいからさ」
「いや流石に……」
俺は断ろうとするも、今の今まで忘れていたキングの言葉を思い出した。
『クイーンは拳銃を持っていった』と。
「……いや、そうだな、俺も泊まって行こうかな」
「うん!」
「いやでも待てよ、明日学校じゃ……」
「もう、風音君聞いてなかったの? 明日は創立記念日だよ?」
普通に聞いてなかったことを反省したい。
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