第3話 猫とキムチ鍋とキング

 依頼された仕事は数しれず、対象を速やかに殺す。痕跡などは髪の毛一本も残さない。


 付いた二つ名は金色の死神。


 完璧なる暗殺者、それがキング。




 ……加えて、女装趣味で猫好きな美男子。


「猫がいる時点で嫌な予感はしてたけど……」


 俺の正面で上目遣いで見上げてくる猫を一匹拾い上げて俺は目の前の男にそう言う。

 しかし当の本人はそんな事など気にせず、どこから拾ってきたのやら分からない猫とじゃれ続けていた。


「にゃーお? にゃー!」

「何話してるんすか?」


 どうやらキングは猫と会話が出来るらしく(本人談) 俺が現役時代の頃から仕事の時以外は肌身離さず猫をそばに置いていた。

 それ位生粋の猫好き。


 まぁ、本当に会話が出来るとは信じてなどいないのだけれど。


「んー? この子はこの家が気に入ったみたいだね、よし。構わない、ここに住みたまえ」

「おい! 俺の家はペット禁制っすよ!」

「そんなの組織に言えばどうとでもなる」


 長い髪をかきあげながらキングは俺を見つめながらそう言う、猫を片手に。

 凡そ男とは思えない程完成された顔に、俺は少しだけ性別の壁を壊されかける。


 因みにこれが一度ではない、初めてあった時なんかはヤバかった。


「そんな下らない事組織に頼めませんよ……」


 目を逸らしてため息をこぼす、そんな俺をキングは笑いながら、


「まぁまぁ、ジャックは相変わらず頭が硬いな? そんなんだから彼女も出来ないんだよ?」


 全く持って余計なお世話である、


「と言うか、アイツはどこいったんですか? 荷物があるって事は出ていったってのは無いと思いますけど」

「あー、クイーンなら君に料理を振る舞いたいとか言って買出しに出かけたよ」


「……はい?」


 今彼はなんと?


「いや、だから買出しにいったって……」


「はいぃぃぃぃいいい!!!」


 近所迷惑など気にせずに雄叫びをあげる俺、腕の中の猫は驚いたのか俺の腕から逃げ出して行った。


「何でジャックはそこまで憤っているんだい? あ、美少女が一人で出歩くとか危ないってか! もぅ、ジャックってば以外と亭主関白?」

「黙れこの女装男!!」


 なぜ俺がこんなにも憤っているのか、その理由は、


「あのねぇ、あいつは!」


 ガチャり ←リビングのドアが開く音。


「極度の方向音痴なんですよ!?」

「ただいまジャック」


 チラ、と、リビングの扉の方へと振り返ると、そこにはすました顔で片手にスーパーの買い物袋を携えた我らがクイーンがいた。


 頭に猫を搭載して。


「僕特製の猫ナビを貸してあげてるから心配無いって言おうとしたんだけど」

「……はァ」


 ため息が、止まらない。


 ×××××××



 凡そ、実に半年ぶりに三銃士が揃った。


 巷では三銃士が揃うと異世界への門が開く、とか、隕石が音速で落ちてくる、とか。


 そんな非現実的な噂が流れる程危険人物扱いされている三銃士、いや、俺は元、とつくが。


 兎にも角にも、現在そんな危険極まり無い暗殺者二人と元暗殺者の俺は、誠、呑気にリビングにて鍋をつついていた。


 ついでに何匹いるか分からない猫と、


「いやぁー、まだ少し寒いから鍋をするには持ってこいだね、流石クイーン!」


 取り皿片手にキムチ鍋をつつくキングは膝の上に猫を乗せながら笑をこぼしていた。


「やはり鍋はキムチ鍋に限りますね、ジャックも好きだったよね? キムチ鍋」


 とは頭に猫ナビを搭載しているクイーン、よくそんな状況で呑気に鍋をつつけるもんだ。


「まぁ、……嫌いでは無いけど」

『にゃァ』


 と言う俺の状況が一番ヤバイのだが、


「それにしても……随分猫達に好かれたもんだねジャック」

「確かに、ジャックは前と比べると大分落ち着いた様に感じます」


「いやまずお前ら俺に群がるこの猫達をどうにかしろ!!」


 俺は現在四方八方を猫に囲まれ、右肩に黒猫、左肩に白猫、そして膝の上に価値の高い三毛猫と、猫好きの方にはたまらない状況だった。


「とは言ってもね、その子達はジャックから離れたく無いって言ってるニャン?」

「ニャン?」


 何故いきなり語尾にニャンを付けるこの男。


「そうですよジャック、変わって欲しい位です」


 頭の上に乗る猫ナビの頭を撫でながらクイーンは俺の顔を羨ましそうに見つめてくる。


 と言うか、


「お前らもうほとんど鍋残ってねーじゃねーか!!」


 猫に動きを防がれ、まだ一口も手をつけていなかったキムチ鍋は、暗殺者二人の手によって平らげられた。


「ふぅ、ご馳走様クイーン、んじゃ、僕はこれから仕事何でね。……ほら行くよ猫達!」


 キングがそういうと俺にまとわりついていた猫が一斉にキングの元へと集まっていく、それはクイーンの頭の上の猫ナビも例外では無く、去っていく猫ナビをクイーンは悲しそうな目で見つめていた。


 いや、何だよ去っていく猫ナビって。


「……仕事、すか」


 となるとキングは今から誰かを暗殺しに行くのだろう、その道から身を引いた、今や一般人である俺からすれば少し悲しい事だが。


「そうだね、引退したジャックとは違って僕は現役なもんでね、あ、今はこういった方がいいかな? 七島 風音君」


 かつての元同僚に名前で呼ばれる事に少し違和感と寂しさを覚えながら、俺は猫を連れて去っていくキングを見送った。


「ふぅ、……やっと帰ったか」

「お疲れの様子ね、ジャック」

「だからそのジャックってのは……」


 止めてくれ、という前にクイーンは俺に昨日手に持っていた黒い手紙を差し出す。


「……なんだ、俺は何回言われても」

「気が向いたら中を確認して欲しい、風音」


 俺を風音と呼んだその声は、まだ俺とクイーンの手が汚れていなかった時のような、純粋で澄んだ声だった。


 俺は何ともなしにクイーンの差し出した手紙を受け取って、その手紙と睨めっこする。

 前と少し違うデザインの黒い手紙に俺は少し胸を締め付けられた。


「キムチ鍋の残り汁でリゾット作るけど風音も食べる?」


 いつの間にかキッチンでご飯を皿にもり付けるクイーンが俺の方を見てそう言う。


「……食う、てかお前まだ食うつもりか!」

「てへペロ」


 そんな、今は遥か昔に感じる死語を吐きながらクイーンは笑っていた、確かに。


 初めて依頼をこなしたその日から一度も見なかった、俺が一目惚れしたクイーンの笑顔を。


 あの日奪われたクイーンの笑顔を見て何だか俺はホッとした。


「……何だ、笑えんじゃん」


 誰にも聞こえないように吐いたその言葉と共に、俺はキムチ鍋の残り汁で作るリゾットを今か今かと待っているのだった。

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