医学と性行為と女性 その④

 前回はティソの現代的な視点からみたらトンデモ理論の影響により、十九世紀から売春を含めた人間のセクシュアリティが危険視されるようになった、と後半でちらと触れました。今回は、「どのように」危険視されるようになっていったかをご紹介していきたいと思います。


 まず、マイケル・ライアンという人は1839年に著した研究書で過度なおセッセの危険性について述べました。つまり、娼婦と交渉を持つ者は性病の危険にさらされるだけでなく、度が過ぎたおセッセのために身体が衰弱し、場合によっては正気を失うことがある、と。うーん、令和の日本に生きる私には、正気を失う云々は正直理解できません。ですが、これもまたティソの理論の影響を受けているので、仕方がないと割り切っていくしかないですね。


 ライアンさんの他のティソに影響された人に、グラハムさんという人がいます。どうでもいいことですが、この方、グラハムクラッカーの生みの親なのだそうです(本に載ってた)。グラハムクラッカーといえば、ケーキ作りの本によくチーズケーキの土台として登場しますよね。私はいつもリッツで代用しているけれど!

 ……まあグラハムクラッカーの話題は置いておいて、グラハムさんは著作の中で、


 行き過ぎた性行為は人間の動物的な能力(感覚、動作、決断力など)も生体器官の働き(呼吸、消化、循環、吸収、排泄など)も衰える。そのため、皮膚や肺の病気、頭痛、神経過敏、知能の低下といった諸症状に悩まされることになる。


 と述べたのだそうです。本当は、なぜ性行為をし過ぎると身体に不調が生じるかのグラハムさんの理論とかも詳細に書いていたのですが、別にいいかと思ったので割愛させていただきました。

 またグラハムさんは、子供を作るためには性行為が必要だと認めていたけれど、夫婦間の交渉は月に一度で十分で、決して週一回以上行ってはならないとも考えていたのだそうです。結婚している男性についてさえこのように考えていたのですから、未婚の男性は性行為を全面的に控えるべき、とグラハムさんが説いていたと言っても、驚かれる人はいないだろうと思います。曰く、性行為には痙攣性発作特有の興奮と激しさが付きまとうため、有害なのだそうです。

 他にもグラハムさんは、たとえ夫婦間の営みでも慎み深さから逸脱したら、諸々の症状(無気力に倦怠や抑鬱状態から、視力や肺機能、記憶力の低下、更には虚弱で早死にする子孫が生まれるなど、多すぎたのでこれまた割愛させていただきます)に見舞われると説いていました。まあとどのつまり、一オンスの精液を失うのは数オンスの血液を失うのに等しく、男性は射精するごとに生命力が低下し、結果として病気になったり若死にしてしまう、と信じられていたのです。

 そんなグラハムさんの理論は、ラルマンさんという人によっていっそう強固なものとなりました。ラルマンさんは男性が自分の意思と無関係に精液を失うことを懸念し、そういうことが度々起ると狂気に至ってしまう、と述べていました。だから親たるもの、息子がエロ本に手を出したり、エロ妄想をしたり、自分で自分を慰めたりしないように気を付けるべきだ、と語っていたそうなのですがぶっちゃけそれほとんど不可能じゃないっすかね。流石に頭の中までは取り締まれないからなあ……。


 でもまあ、ラルマンさんの理論は結構な支持者を得たらしく、ラルマンさんの理論に従って、自分の意思と無関係に精液を失うよりは売春婦の許に行った方がよい、と若者に勧める医者まで現れたのだそうです。なぜなら、自慰や同性愛に比べれば娼婦を買う方が危険が少ないと、当時の医学評論家たちの多くが信じていたから。

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