絶対王制時代 その②

 娼婦をより効率的に管理するためか。それともより効率的に搾取するためかは分かりませんが、フランス当局は1778年に新たな法律を公布しました。こうして、娼婦が通りや広場、船着き場にパリの大通りで客を拾うことは禁じられたのです。

 また下宿屋は、結婚証明書を持たない男女を同室させることができなくなりました。ただしこの法律の本当の意図は、売春の管理よりも嫌がらせすることにあったらしいそうです。唯一の効果と言えば、一時的に街娼の競争がなくなったことぐらいなのだとか。

 売春はフランス以外の国でももちろん、フランスと同じように広まっていました。例えばイギリスのエリザベス女王の時代は、宿屋では四十歳未満の洗濯女と給仕女が男性客の部屋へ立ち入ることを禁じられたそうです。加えて、その他の女性の使用人は、どんな理由があろうと男性客の部屋に入ってはならなかった。それでもあからさまな瞬間を抑えた場合は、男性客の方が罰せられたそうです。ただし売春関係の法律の常として、この法律が適応されることは滅多になかったそうなのですが。


 以前から旅芸人は売春とは無縁ではありませんでしたが、十七世紀になると「舞台」という新しい場所が娼婦の前に開かれました。女優になって舞台に上がる。これこそが、平民にとって王の愛人になって爵位を得る最も手っ取り早い手段だったのです。

 一般の娼婦は職業が露見すれば笞で打たれてロンドンから追放され、売春宿でさえ良俗を守るという保証書を提出しなければならなかった、十七世紀のイギリス。そんな状況では、女優業は法の目をかいくぐる有効な手段でもありました。

 娼婦は自分の家で商売をすることもできたけれど、そのためには周囲から娼婦だというレッテルを張られないように、遣り手婆を雇っていい客を連れてきてもらわないといけない。でもそれには稼ぎの何割かを支払わないといけないから、成功したトップクラスの女でないとなかなかできることではなかったのです。


 十八世紀には売春がますます盛んになりました。イギリスでは売春婦の案内書というものがあって、ほとんど毎年発行されていたぐらいです。という訳で? 以下からは十八世紀のイギリスにおける売春に関する世論をかいつまんで述べていきます。

 十八世紀に売春が盛んになったのには、産業資本主義が登場によって都市が急激に膨張し、従って都市部の男性の人口が過剰になったということが関係しています。また、かつて猛威を振るった性病への恐ろしさが薄れ、結果として放埓や売春をよしとしない伝統的な道徳観が弱まったことも。

 性の自由化や、それに伴う私生児や売春の増加の徴候を感じ取った伝統派の改革者やモラリストは、「善良な女性」を守るために売春を公認しようと考えました。ま、古代オリエント編からずっと主張されていた、売春は必要悪であるという思想がまた登場してきたということです。もっとも、この問題についての議論は中々進まなかったそうなのですが。


 なぜ売春に関する議論が中々進まなかったのか。その一因は、将来もしくは現在の娼婦の多くが属する下層階級の女性はふしだらな存在であると、上流階級の人間が声高に主張していたことにあります。上流階級の男達の多くは自分の愉しみや友人を楽しませるため愛人を囲っていたというのに、です。

 そもそも当時の社会評論家の多くは、下層階級の娘たちが売春に奔るのは目上の人間の偽りの善意によって甘やかされたためだと、固く信じていたそうです。

 上流階級の女性は召使の娘に着なくなった自分の衣服を与える。すると令嬢や奥様の服を着た召使の娘は、自分も偉くなったつもりで気取るようになる。そしてそれが売春に繋がるのだ、と。……ちょっと、いやかなり論理が飛躍しすぎていて、私の頭ではなぜ召使が主から服を貰う→召使が売春するようになる、となったのか理解できないですね。したくもないけれど。

 売春するまでに追い込まれる女性を無くすため。また今現在売春している女性にそれ以外の自活の手段を身に付けさせようと、下層階級に教育を施そうと意見する者ももちろんいました。でも、そんな現代的な考えでは真っ当な考えも、「甘すぎる」と非難されることがあったそうです。なぜなら当時の人々の多くは、売春という悪行にはそれなりの苦痛が伴って当然、娼婦の境遇を改善しようとするのはそのように仕向けた神の意思に逆らうことだと信じていたから。

 この様々な意味でひどすぎる十八世紀イギリスの売春観、いっそのこと古代オリエントの売春観のほうがまだましなんじゃないですかね?

 

 結局のところ、絶対王制時代において売春は女性だけの問題に帰せられていました。売春を階級の問題として捉え解決するには、社会の根本的な改革が必要になるからです。ですがそれは中流~上流階級の望むところではなかった。高級娼婦や王の愛人にまで上り詰めることができた一部の例外を除けば、この時期の娼婦とは男性が好きなようにできる道具でしかなかったのです。


 という訳で絶対王制時代の売春事情のまとめを終わりますが、今回は結構なエピソードを割愛した(本ではこの章は65ページある)ので、興味を持たれた方はぜひ「売春の社会史」の下巻を手に取られてみてください。

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