十八世紀までの鑑定の手順 ③性交実証

 ああー! とうとう不能裁判が閉廷してしまうー!!! べつに惜しむような話題でもない気がしますけど、閉廷してしまう!!!

 と、いうことで、今回はまず性交実証コングレについて、より深く追求していきますね。ずっと性交実証コングレとルビを振ってきたけど、コングレが意味するのはソッチ関連だけではなかったのですよ。


 本によれば、そもそも「コングレ」とは「ふたりの人物が一騎打ちで闘うことによって、たがいに相手をひきつけあうこと」(カッコ内原文ママ)だそうです。まあ、なんというか意味深ですね。そりゃ、そういう意味も生まれちゃいますわな……。ただし使うのは鉄の槍ではなく肉の(以下はお下品なので自主規制します)。

 コングレのラテン語形「コングレスス」は、「出会い、攻撃、肉体関係」をも意味するそうです。古いフランス語になると、「コングレ」は性行為そのものとなり……。言葉は生き物といいますが、その変遷の過程が明白に表れていて興味深いですね。

 また、十六世紀のさる外科医は「コングレの信じがたいほどの欲求」といった使い方をしていたそうです。十七、十八世紀になるとコングレは「裁判所によって命じられた男女の性的関係」と言った意味に固まってきますが、未だに「戦闘」という意味を含んでいたのだとか。性交実証も一種の戦いであることは間違いではありませんから、これも正しい使い方でしょう。


 本で取り上げられている事例がフランスのものばかりなので、いままでこのまとめでもフランスにおける不能裁判、ひいては性交実証についてまとめてきました。でも、最初にそれらしきことが行われたのは、実はフランスではなくスペインなんだそうです。

 時は遡ること十五世紀。前夫と死別して二番目の夫と結婚した寡婦(当然結婚当初から処女ではない)と、体格は立派ながら不能者として訴えられた現在の夫にどんな判決を下せばよいか迷った教会法学者は、妻の要請に従って産婆を夫婦の寝室に招き入れた……これが概ね正しいと認められている性交実証の起源なのだとか。


 訴えられた夫自らの意志でもって(大方、上手いことやって損なわれたプライドや名誉を回復させようと目論んだのでしょう。ただし、大抵はやはりプレッシャーに負けて更なる汚名を被ってしまったようですが)始められたこともあった性交実証ですが、本当は裁判官に命じられた場合以外はやらなくても良かったのです。ただし、命じられたのに致さなかったり、拒絶してしまえば罪に問われたそうなのですが。やはり不能者裁判には仁義などないのですね!


 当事者の体調などを考慮してか、コングレの制限時間は二時間から数日と非常に多岐に渡っていました。コングレに望む夫婦は、まず性行為を促進したり妨害したりするもの(変な薬の類を指しているのでしょうか)を所持していないか調べられます。裸にされ、頭のてっぺんから足の裏に至るまで、ありとあらゆる箇所を調べられるそうです。その上で妻は、収斂剤(どこを収斂させるかは想像にお任せします)を使うことがないように、と座浴させられます。そして陰部を観察され、コングレの前と後で開き具合がどうのこうのと論議されるのだとか。


 準備が整ったらついにベッドイン! ということで、問題の夫婦は真昼間にベッドに横たわります。夜だと暗がりに紛れて色々不正ができそうだから昼なんでしょうか? でも、この時使用されるベッドは流石に良俗を考慮してかカーテンで囲まれていたそうなので、どちらせよ同じことでは……。

 ……何はともあれ、役者が舞台に揃えば観客は然るべき席について劇を観賞するのみ。ということで、鑑定者たちは部屋の中か、夫妻のどちらか(あるいは両方)からの要請があれば、脇の衣裳部屋や廊下で観察するそうです。もちろん、部屋から退出する場合は扉は半開きですよ! しかも産婆はベッドの側で待機しています。ですが、ベッドを囲むカーテンが降ろされたら、ついに待ちに待った劇の始まりです。ある者にとってはこれ以上はないという悲劇であり、またある者にとってはまたとない喜劇が。


 ベッドの上という極めて狭い舞台の上で役者が一時間か二時間を過ごすと、鑑定者たちは夫妻に呼ばれてか、または待ちくたびれて自分たちからベッドの側に近寄り、「鑑定」を始めます。そして報告書を作成し、別室で首をながーくして待っていただろう教区裁判所のお偉方や、姦しい見物人たちとあやれこれやと論議するのです。そして運命の判決が下される――


 これまで述べたように猥雑きわまりなく、行われていた当時から賛否両論を巻き起こしていた性交実証が三世紀の長きに渡って続いた裏には、教区裁判官や教会関係者の捻じ曲がった性への好奇心にあったそうです。聖職に関わるものとして常に潔癖でいなければならない教会関係者たち。彼らがどんなに不能者裁判や、性交実証にはつきものの女の裸体の話題について慇懃に顔を顰め拒絶してみせても、その裏には必ず抑圧されて歪んだ性欲が隠れている――というようなことが本に書いてありました。


 性交実証を命じる教区裁判官は、自分の中の良俗や羞恥心やらに煩わされることなく、頭の中で好きなだけエロいことを考えられる。だってそれが仕事だから。娯楽や性への好奇心を満たす機会や手段が乏しかった中世において、性に関わることをほとんど禁じられた者たちがおおっぴらに性に歩みよれる場こそ性的不能者裁判であった。この裁判はいわば、抑圧された性欲の発散のための一大エンターテイメントであったのです。


 と、前の章に引き続き人間の醜悪な側面がもろ出しになっていた今回ですが、次回はもう少し抒情的にいきたいと思っています。ということで次回から、


「これを読めばあなたもロシアの泣き歌を作詞できる!? ――読んで字のごとくロシアの泣き歌編」

 

 をスタートします。この章はさっくり纏められるはずなので、箸休めに丁度いいのだ……。

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