性交実証《コングレ》はお祭り騒ぎ、なんだけど……
他人の不幸は蜜の味。これほど人間の本質を的確に表現した諺も少ないのではないでしょうか。
我が身に置き換えたら冗談じゃない、近しい人物だったら可哀そうと思ってしまう出来事でも、見ず知らずの他人に起きたら格好のエンターテインメントとなる世の不思議。ましてそれが普段は秘め隠されていて然るべき性の話題とくれば……現代よりはるかに娯楽に乏しかった中世で生きていた人々は、そりゃあもう一度噛みついたら雷が鳴るまで離さないと言われるスッポンのごとく食らいつくわけで……。さる編年歴史家の言を借りれば、不能者裁判が行われると知れば、人々は火事に駆け付けるように集まったそうです。こうなるともう、一種のお祭り騒ぎですね。
例えば十七世紀フランスでは、ある公爵は息子にかけられた不能の疑いを晴らすための裁判に、友人や宮廷人の一団を連れて行ったそうで……息子からすれば「何をしてくれてんだ、このクソ親父!」という感じだったでしょうね。いや、公爵の息子なんだからもっとお上品な言葉使いをしていたはずなのですが、それにしてもこの父は何をやっているのか……。
この公爵の息子の裁判には、父親の友人のみならず多くの著名人や高貴な方方が早朝から席を予約までして駆けつけていたそうです。やはり他人の不幸は蜜。人間は不幸と言う名の蜜に群がる蟻なのでしょうね……。
また、不能裁判では、裁判の訴訟事実の覚書が大衆の間に何千部と出回ったり、はたまた性器の鑑定書が外部に流出することがあったそうで……この時代にはプライバシーという概念すらも存在していなかったのだろうか、と何だか気が遠くなってしまいます。げ、現代に生まれて良かった~!!!
不能者裁判の人気の勢いは法廷だけには収まり切れず、果てには街頭やサロンまでにまでをも侵食してしまいました。十七世紀初頭、財務官エティエンヌ・ド・ブレの性器鑑定は、数多くのソネットの題材とされたそうです。中でも一押しの絶品として本で紹介されていた有名なソネット(作者は不明)を、以下でご紹介したいと思います。
「理を知り、楽あり、腕もある
あまたのパリの名医から
きずもの夫婦の鑑定に
ド・ブレと妻が選んだ面々
ド・ブレがけちって選んだは
コマイにヤワイにヨワイの三人
賢い妻は大家を四人
デカイにフトイにカタイにツヨイ
さて軍配はどちらにあがる
コマイはデカイに太刀打ちできるか
ヤワイとヨワイがフトイ、カタイ、ツヨイの敵たりうるか
ドブレのアソコにゃアレがない
お粗末亭主もいいところ
訴訟の勝負はあったも同然」
私は低俗な人間だから、こんな詩が歌われていたら吹き出す自信があります。皆さんはどうでしょうか?
……さて、不能者裁判はこれまでに述べたように滑稽な祭りと見做されていましたが、一方で淫らで恥ずべきものだと非難されてもいました。
夫が不能だと、自分は処女だと訴えるような女は淑女じゃない。だいたい、処女ならば夫が不能かどうかなんて分かるはずがない。もしも分かるのなら、それは夫でない男と淫らなことを経験した証だ――なんて、不信の目が訴えを起こした女性に注がれることがほとんどだったそうです。この女は肉欲に屈した、自分を抑制することができない女なのだと。たとえ現在の夫と離婚できたとしても、そんな女の貞潔を信頼するような男など現れるはずがないと……。
うるせえ! てめえらは伝聞という知恵の獲得手段を知らんのか! 耳年増という言葉を知らんのか! 女のネットワークで飛び交う知識を舐めてるのか! と声を大にして叫びたくなってしまいますね。たとえ経験がなくとも、夫のアレが役に立つかどうかなんて、母親か頼れる年上のお姉さん(経験済み)に訊ねれば一発で分かるんじゃ!
満たされない欲望となりたくても母親になれないという悲しみに耐えきれなくなり行動を起こした不能者の妻は、しかし今度は世間から恥知らずのレッテルを押され苦しむことになる。世に蔓延する女性嫌悪の砲火の的とされ、心がボロボロになってしまう……。
ですが不能と訴えられた夫が舐める苦しみもまた妻が味わったそれに勝るとも劣らない惨憺たるもの。なぜなら他者の立ち合いの許でのエレクチオンの検査や
もちろん、世の中には善意と良識を兼ね備えた人もいて、そういった人々は不能者裁判や、裁判を起こした女性たちを擁護していました。ですが世の大半は追い詰められた妻たちに非情な人々で成り立っていて、不能者の妻はあらゆる非難を受け、あらぬ中傷をぶつけられた末にやっと離婚できたのです。
不能者を社会の晒しものにするために行われていたといっても過言ではない不能者裁判は、実は不能者の妻たちをも社会ののけものにしていた。次回からは、そんな不能者裁判の詳細に更に踏み込んでいきたいと思います。
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