性的不能者の結婚

 ここで突然前回までのおさらいを……。

 不能者が結婚するって大変だ! 結婚しても大変だ! バレても大変だ! というか不能者じゃなくても結婚するのって大変だ!

 

 分身が役に立たない男は、まるで本体(まあ、ある意味では分身の方が本体なのかもしれませんが)までもが不要の長物なのだとばかりに蔑まれる。その背景にはキリスト教の産めよ増やせよの思想やらファルス中心主義やらが潜んでいたのですが、もう一つの重要なファクター「契約」についてもお話しなければなりません。


 こんなことを明言するのはいささかロマンに欠けるのですが、結婚とはそもそも契約に過ぎません。いつの時代まで行われていたのかは明確にされていなかったのですが、本には「ブルゴーニュ地方やザクセン(現在のドイツのニーダ―ザクセン地方を指す)では、花婿は花嫁の両親や保護者から彼女を買う・・」と述べられていました。こういった形の婚礼はヨーロッパのみならず世界中で確認されています。私は、「婚資」や「結納金」の起源もここにあるのではないか、と密かに思っています。旧約聖書の創世記でも、ヤコブは妻を得るため七年間の労働を余儀なくされていますし。これ、娘がいなくなって不足する分の労働に、また娘を育てるためにかかった費用につり合う代償を払う、という一種の売買契約ですよね。ヤコブは労働することによって妻を買ったのです。


 結婚を買い物で例えると……。例えば、あなたは家で一人カラオケを楽しむためにマイクを買ったとします。でも、そのマイクが壊れていたら? 当然返品なり、またクレームを入れるなりの対応をしますよね。更に、店舗側が不良品だと分かっていてマイクを販売していたのだと分かったら……? これは一種の詐欺。ヘタしたら訴訟モノの事件ですよね。

 不能者の結婚も上記の例えと同じです。彼らは自分が「不良品・・・」だと分かっていながら、さも問題のない商品・・のように偽り結婚した。これはもう詐欺を働いたも同然なのです。返品・・されても、また訴えられても、全て彼らの自業自得なのです。……あくまで、契約という側面から論ずれば。


 不能者の結婚とは、神の秘蹟を踏みにじる冒涜であり、卑劣極まりない犯罪であった。だからこそ不能者は蔑まれていたのです。

 不能の夫が騙したのは妻となった女性だけでなく、彼を信じて娘を託した妻の両親までをも騙している。しかも、夫が不能であったために離婚を命じられた女性と結婚する男は稀だった、とくれば……これはもう慰謝料を請求されてしかるべき案件だったのですよ。


 キリスト教において結婚とは、子供を作るためだけに行われる行為ではなく、肉欲の炎を鎮めるための最小限の罪でもあった。とすれば、夫が不能であった妻は、その満たされぬ欲望をどうやって癒せばいいのでしょう? 

 また、自分が不能だと周囲にバレたくない夫は、妻との初夜との際に拳やら鉄具を使って、中世西洋社会においては大変重要だった膜(※1)を破ろうと試みたそうです。これ、言うまでもなく危険な行為ですよね。ヘタをすれば局部に重傷を負って……。最悪の事態を招きかねない。だから不能者の結婚とは、一人の女性を苦しみと危険の渦の中に放り込むに等しい虐待・・でもあったのです。


 ※1 

 本筋には全く関係がないのですが、私は処女厨という生き物はこの世で最も下等な生物の一つだと見做しています。

 全世界の処女厨に告ぐ! たかだか膜のあるなしにつべこべ言うな! だいたい、そんな膜は日常生活を送っていても裂けることがあるんじゃ!! 

 全世界の処女厨に問う! てめえらは何に惹かれたんだ? 膜か? 女そのものじゃなくて膜なのか!!? だったら一生膜だけ妄想して自分の利き手で……以下、下品すぎるので自主規制します。

 ……上記の意見は全て個人の独断と偏見に基づく主張なので、生ぬるく読み流してください。取り乱してしまったことを謝罪いたします。


 涜神であり、詐称であり、虐待であった不能者の結婚はもちろん禁じられていた。ですが、妻となる女性が夫となる男性の事情をきちんと知らされた上で彼を望んだのなら。心は交えても肉体は交えない、きょうだいのような関係を望んでいるのなら、二人の結婚を止められるのでしょうか。


 またしても結婚を売買で例えれば、そのバナナは傷んでいると説明された上で、生食ではなくジャムにするために購入するのなら。これは返品できない事例なのですが――残念ながら、きょうだいのような結婚が認められていたのは、十三世紀までという非常に短い期間でした。ぶっちゃけ教会の方針はブレブレで「きょうだいみたいな夫婦生活神聖だね」「夫が不能だった奥さんはできるだけ禁欲しようね。どうしても耐えきれなくなったのなら離婚しようね」とする一方で、「不能は離婚で当たり前だよな~」なんて認めちゃっています。とっても雑な要約すみません……。

 不能者にとっては酷なことに、時代が下るにつれて教会の意見は「不能は離婚で当たり前」の方に傾いてしまったのです。そして十八世紀になると「不能とその妻がきょうだいみたいに仲良く生活? 無理、無理!」と述べられるまでになり……。不能者にとっての暗黒時代ですな。


 不能でありながら結婚を決意した勇者は、結婚に反対する外部からの告発、事情に通じた神父からの摘発、あるいは婚姻公示(※2)の拒否などのトラップ満載のダンジョンをクリアしなければなりません。

 ※2

 私たち結婚します! と一定期間公共の場でお披露目して、異議を唱えられなかったら結婚できる、という制度です。婚姻公示はカトリック圏の国(フランス、イタリア等)では現在も行われています。公示することによって、重婚や近親者の結婚を未然に防ぐことができるのだとか。


 トラップを無事回避しても、事情を知った婚約者の密告という落とし穴にはまることもあります。冒険に疲れたのか、それとも待ち受ける冒険後の生活に恐れをなしたのか、自ら不能であると明らかにして婚礼を取りやめる事例も。まあ、中には妨害・・をさくっと無視していた夫婦も結構存在していたそうなのですがね。


 次回からは、不能者の結婚生活という前途多難な物語におけるボス……不能者裁判についてまとめていきますので、どうかよろしくお願いします!

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