第2話
次の日から僕は、近隣の小学校に通うことになる。全校生徒合わせて100人程度の小さな学校。僕の入る4年1組も4年生は一クラスしかなくて、20人程度。
「今日からみんなの仲間になる加藤陽一君です。仲良くしてね」
という担任による紹介が終わった後、促された席につこうとした僕はセオリー通り足をかけられて顔面からすっ転ぶ。湧き上がる笑い声。恥ずかしさといたさで赤くなった顔を上げると、そこにはいかにもガキ大将って感じのやつがにやにやと笑っていた。でもそいつは、昨日会ったあの男の子よりもずっとずっといやらしい顔をしていて、その時から僕の中でのそいつのあだ名はジャイアンになる。僕は何も言うことができずに、ただただ怖くて口を結んだまま席に着いた。
やばい、目ぇ付けられたという僕の直感は100%当たっていて、それから僕の受難の日々が始まる。体育のドッジボールの時は有無を言わさずにクラス全員の標的になり、給食のときも休み時間も僕はひとり。僕は寂しかった。でも、なにもいえなかった。僕にはそんな受難を打ち破るほどの心意気もポジティブ性も持ち合わせていなかったし、転校生のくせにそんなことをいうなんていくらなんでも生意気すぎるという理由で余計ぼこぼこにされるのがオチだ。それで、泣きそうになりながらぽてぽてと一人きり帰り道歩いていると、いつの間にか昨日の河原に来ていることに気がつく。僕は靴下を脱いで澄んだ水に足をつけて岩場に腰掛けて、足を抱えて泣いた。
「陽一」
顔を向けると、ヤクモが高い木の上から僕のことを見下ろしていた。僕はぐしぐしと涙を拭いて頭を上げる。ヤクモは例の如く、ひらりと猿のように木から下りると、ぴょんぴょんと跳ねるようにして岩場を蹴って僕の所にやってきた。
「なにしけた顔してんだよ。学校でいじめられたのかよ」
僕は何もいわない。ただ、目の奥がもう一度じんわりと熱くなってきて涙が出そうになる。そんな僕を見てヤクモは何を思ったのか、僕の腕を引っ張った。僕は腕に感じた圧力に驚いて目を点にする。それから、僕の腕を掴んだまま岩を渡り川の中を歩いて、山の中を進んでいく。
「な、なんだよ! どこにいくんだよ!」
急な展開についていけない僕は、転ばないように滑らないように気をつけながらヤクモの後を付いていく。ヤクモは僕の腕を掴んだまま後ろを振り向くと
「いいから黙ってついてこい」
と、有無を言わさぬ口調でいわれ、僕は何も言えなくなる。それからどんどんどんどん緑の山道を歩いていき、僕の足ももういい加減くたくたになってきた頃、目的らしいその場所に到着する。なれない山道と坂道を一時間以上歩き続けた僕の足はまるで棒のようで、はあはあと全身で息をしながら膝に手をついた。ついたぞ、というヤクモの声と共に顔を上げると、そこは絶景の夕焼けで、この村一面が見渡せる。緑色の山の後ろから真っ赤で丸い太陽が顔を出して、緑に染まった街を真紅の色に染めている。その時見た一瞬の風景は間違いなく僕の胸に溶け込んで染み込んで、頭の奥から足の先まで体の中にある全神経が夕焼け色に染まった。ピカーと輝くその色は美しく清らかで、そのとき神秘なんて言葉をしらなかった僕でさえも間違いなく神の力を感じていた。神々しく神秘的で、気を許したその瞬間に飲み込まれてしまいそうな危うささえある。その力に溺れかけていた僕は、ヤクモの『どうだ』という声で現実に引き戻される。
「すごいだろ」
にこにこと歯を見せるヤクモに僕は、ただただこくこくと首を動かして応答する。言葉にならない、言葉にできない。スゴイ、すごすぎる。顔を真っ赤にしてただ首を上下させる僕の反応に満足したのか、ヤクモはひどく嬉しそうに笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます