第16話

 遠くで電車が走る音が聞こえる。

 私はいつもの屋上で桂吾を待っていた。


「よう。」


 桂吾は昨日の事がなかったように振る舞ってくれている。


「ねえ桂吾…。」


「ん?」


「美和さんね。きっと自殺じゃないよ。」


「……何で?」


 静かな声だった。桂吾はきっと私が想像でこんな事を言っていると思ってるんだろうな。でも違うんだよ。


「コジュリンって知ってる?」


「コジュリン?知らないな…何なんだ?」


 私はスマホを操作して『コジュリン』の画像を出して桂吾に見せる。


「スズメみたいな鳥だよね。ちょっとカラフルかな?日本では凄く珍しい鳥なんだって。」


「全然話が見えて来ないんだけど…。」


 スマホ画面から顔を上げた桂吾は困惑した表情で私を見る。


「美和さんの日記が最近見付かってね。日記帳じゃなくって普通のノートで本棚に入ってたから気付かなかったみたい。

 それで亡くなる前日の日記にこの近くでコジュリンを見たって書いてあるの。そして明日捜してみようとも書いてあったんだって。」


 桂吾は黙って聞いている。


「とても自殺する人の日記じゃないよね。

 そして私は思うの。美和さんはコジュリンを見付けたんじゃないかな?それで追って行ってここにたどり着いたのよ。そして何らかの理由で誤って落ちた。」


「誰に聞いたんだ?」


「あなたのお母さん。」


「…そうか。美和は鳥が好きだったからな。よく、大して興味のない俺に延々と語ってた。

 瑞穂の言う通りかもな。もっと近くで見ようとしたのか、カラスや猫からコジュリンを守ろうとしたのか…きっとそんなところだろ?」


「ねえ桂吾。…ごめんね。」


「何が?」


「いつか桂吾の正体を教えてくれるって言ってたじゃない?」


「ああ。」


「それまで待てなかった。」


「そうみたいだな。」


 桂吾はニコリと笑う。


 昨日、見せてもらった『神田桂吾』の写真に写っていたのは私の目の前の『桂吾』だった。私のあり得ない考えは当たってしまったのだ。


「写真に撮っても消えるなんて聞いてないわよ。」


「言うワケないし仕方ないだろ?」


「他の人には見えないの?」


「どうなんだろうな?前に瑞穂をからかったバカなカップルには見えてなかったみたいだけどな。」


「お母さんに会いたくない?」


「今更会って悲しみを振り返させたくないから会わない。」


「そう…。最初に会った時にさ『後悔してる』って言ってたじゃない?」


「ああ。」


「それは美和さんに対して?それとも自分に対して?」


「美和に対してだったよ。でも、美和が事故だったのならその感情はないかな。」



「……後悔…しなさいよ…。」


 気が付くと私の目から涙が溢れ出していた。それは次から次に頬を伝い顎から落ち、白いコンクリートを灰色に染め続けた。


「自分が…自分で…しん…死んじゃった事…後悔しなさいよ!!」


 嗚咽しながら押し出した言葉は恥ずかしいくらい無様な音だった。


「そうだな。ごめん。」


「また…毎日…ここ…ここに来ても…良いよね。」


 桂吾は黙っている。


「良い…よね?」


「多分、もうすぐお別れだ…。」


 遠くで電車が走る音が聞こえた。



 

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