第13話 

 あの日からあの話題は出していない。

 気もそぞろだったけど、短く読みやすい文体だった事もあって「人形の家」を読み終える事が出来た。


「…で、どうだった?」


 桂吾は読み終えたと伝えた私に感想を求める。


「う~ん。一言で言うとヘルメル腹立つって話ね。」


「ずいぶんとざっくり一言だな。」


 桂吾は笑う。


「物語には必ずテーマがあると思うんだけど、私が思うに作者は『女性の自立』的なモノを書きたかったんじゃないかしら?」


「意見は別れるかもしれないけど大まかには賛成だね。」


「この時代の事は分からないけど、今でも妻を愛の名の元に支配している夫がいるわけじゃない?」


「逆も有り得るけどな。」


「そうね。ヘルメルもノーラを溺愛してるけど、その実は自由のない支配だったでしょ?それを分かっていながらノーラもそれに甘んじていた…ここまではいいわよね?」


「うん。」


「…で、ヘルメルの部下のクロ…クロ…何だっけ?」


「クロクスタ。」


「そう、クロクスタがクビになりそうだからヘルメルにクビにしないように頼んでくれって言うじゃない?」


「ああ、ノーラの弱味を握っていたから頼んだんだよな。」


「それよ。その弱味っていうのがヘルメルが重病になった時にお金が足りなくなってクロクスタからノーラがヘルメルに内緒で借金した事でしょ?」


「まあ、それよりもその借用書を父親名義で捏造した事が脅しの材料だったわけだな。」


「何で捏造する必要があったのよ?ノーラ本人が借りれば良かったじゃない?」


「う~ん。確かに…。あれじゃないか?誤解を招くかもしれないけど当時借金は社会的信用のある男性しか出来なかったとか?」


「ノーラには貸せないけど重病で死にかけている父親には貸せるって事?」


「うん。」


「でもよく考えてみてよ。借金の相手は銀行とかじゃなくてクロクスタなのよ?本当はノーラが借りる事はクロクスタも知っていたのよね?意味が分からないわ。」


「言われてみればそうだな。」


「…で、ノーラが頼んだけど結局クロクスタはクビになって手紙でその事実をヘルメルにばらすでしょ。そしたらヘルメルは怒ってノーラを罵倒する。妻が犯罪を犯した事よりも妻が犯罪を犯した事で自分の立場が悪くなる事で怒っているのよ。自分の為の借金だったのに。腹立つわ。」


「お怒りはごもっともだな。」


「そしてなぜか突然クロクスタが改心して犯罪の証拠の借用書を送ってくるよね。それで犯罪の証拠がなくなった事に安堵してヘルメルはノーラに急に優しくなる。その豹変ぶりにノーラはヘルメルに自分は1人の人間として見られてないんだって絶望してヘルメルが止めるのを振り払って家を出るって話。ヘルメル気持ち悪いわ。最低ね。クズね。」


「それは同意するよ。」


「でもね。ヘルメルがそんな人間だって事はノーラも最初から分かっていたじゃない。何を今更って感じよね。もしこの事件がなかったらきっとノーラは夫に溺愛されながら自由のない生活に甘んじていたに違いないと私は思うのよ。」


「うんうん。」


「…で、自立して自由を手に入れたノーラって事なんでしょうけど、そのきっかけが夫への絶望っていうのも何か嫌ね。夢も希望もないじゃない。」


「そのくらい大きな事でもなければ自立出来なかったって事じゃないのか?」


「そうかもね。でも、自立と自由が幸せとは限らないわよ?この後ノーラが幸せになれるとは私は思えないもの。」


「そうか。瑞穂が自立を考えるかなと思って読んでもらったんだけど、逆効果だったかな。」


「そんな事だろうと思ったわ。でも私はしっかりと自立…とは少し違うかもしれないけど、してるわよ。自分の意思でしっかりと落ちぶれているんだから。」


「それは頼もしいな。」


 桂吾が笑う。私もつられて笑った。しばらくの沈黙が流れる。


「なあ、瑞穂。」


 桂吾は真剣な顔で言った。


「なに?」


「いつまでもこんな所に来ない方がいいんじゃないかな…」


 突然の言葉に私はすぐに返事をする事が出来なかった。


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